第百十話 ケーワイド
いまだ火山の様子を眺める村人が周囲をうろついている。常の夜より空気がざわついていた。お互いから目をそらさず、アイレスとケーワイドは立ったまま風に吹かれていた。
「アイレス、やはり聞いておったのだな。そんなつもりではないのだ」
「そんなつもりって? あたし、このままデ・エカルテまでついていかない方がいいですか?」
アイレスの瞳は揺れているが、ケーワイドを食らいつくようにまっすぐ見つめている。ケーワイドはフッと微笑んで、杖を持ったままアイレスをそっと抱きしめた。
「いいや、これは私の問題なのだ。共にデ・エカルテへ行くぞい。アイレス、お前を信頼しておらんはずがなかろう。私が信じられないのは、……己自身なのだから」
顔を上げたアイレスの目に入ったのは、今にも泣きだしそうなケーワイドの悲しい表情だった。
ケーワイドの家の裏手にある畑の側に、休憩用の小屋がある。三方しか壁がなく、小屋ともいえないような簡素な作りであった。ふたつしかない椅子にケーワイドとアイレスは座り、ケーワイドが魔法で出した甘い茶をすすった。
「さて、何から話そうかのう……」
アイレスはゆっくり茶を飲みつつケーワイドの様子をうかがった。泣きそうな目をして、しかし微笑みながら、ケーワイドはこの小屋までアイレスを誘った。
(何を話すつもりなんだろう……)
月明かりで影ができてケーワイドの表情がよく見えない。ウェール村を出発してから初めての夜、石に腰かけてふたりで話した時と同じだ。ケーワイドは椀の縁を指でなぞってもてあそんでいる。
「…ここは私の故郷だが、私はここの村人から遠巻きにされておる」
出し抜けな話にアイレスはケーワイドの指から顔に視線を移した。ケーワイドは相変わらずぼんやり手元を見ていた。
「私の杖はな、魔法の補助であると同時に、制御するためのものでもあるのだ」
「…エッセル町に入る前に言ってましたね」
「よく覚えておるな」
少し顔を上げてケーワイドはニコッと笑った。つい先ほど「信頼できない」などと言い放ったとは思えない親しげな笑みであった。
「私は生まれつきとんでもない魔力を有していて、母の腹から出る時にその力のせいで、……母を死なせてしまったのだ…」
アイレスはハッと息を飲む。火山灰の量が増したか、月明かりが陰った。小屋は暗闇に包まれた。
「魔法使いであった祖父に魔力を制御され、まあ、子どものころは腕輪などでだな。それから自分で抑えることができるよう弟子入りして修行した。苦手な分野もあるにはあったが、しかし兄弟子はおろか、10歳を迎えるころにはすでに祖父の魔力を超えておった」
「へえ、すごかったんだ…」
「だが、村中から嫉みを受け、ポルテットぐらいのころには村を出て放浪し始めたのよ。魔法を使えば不自由はなかったし、滞在地の住民の助けを借りることなどほとんどなかった。むしろ行く先々で魔法で難事を解決して重宝がられたぐらいだ。いや、ルリの森では小火を起こして迷惑かけたがの」
「ポルテットくらいの歳で? やっぱりすごいですよ」
「自分の力を必要としてくれることは単純にうれしかったから、人助けをしてあちこち回っておったよ。しかしの、自分の魔法で何でもできると、かえって『あいつは何でもできるから』と人が寄りつかなくなるのだ。人間離れした魔力が畏れられてもいたのであろうな」
ケーワイドの声がだんだん低くなっていく。
「誰かに助けを請うこと、誰かを必要とすること、誰かを……愛すること。それを求めれば求めるほど、人は私から離れていったのだ」
両手でギュッと杖を握り、ケーワイドは肩を落として言葉を切った。アイレスが思わず手を伸ばしケーワイドの腕に触れると小刻みに震えていた。




