第百八話 再度の噴火
しばし無言でいると、
「…あれ?」
ふとローヴィスが宙を見上げた。
「何?」
「どうした、ローヴィス?」
他の全員もキョロキョロとしてしばらくの後、地を這うような地響きが聞こえてきた。
「何だ? 地震か!?」
「危ないぞ、伏せろ!」
「ポルテットはどこだ? 寝ておるのか?」
ケーワイドはポルテットの寝ている部屋へ飛んでいき、トールクは意識の戻らないファレスルをかばいながら毛布で身を守った。
「アイレス、机の下に行け!」
ドゥナダンは一声叫び、トールクと同じようにセプルゴをかばった。アイレスもランテリウレとローヴィスを支えながら机の下に潜りこんだ。次の瞬間、一際大きな地鳴り、それを追うように爆発音が聞こえた。カタカタと長い地震が続く。部屋の小物は音を立てて、いくつか床に散らばった。家具が倒れるほどではないが、いつまでもやまない。ローヴィスが耳を澄ませるように何かに集中しているのにアイレスは気づいた。
「ねえ、何か聞こえるの?」
「……キリ山が噴火しています」
ポツリと告げたその言葉に驚き、揺れが収まってすぐにアイレスは外を確認しようと部屋から飛び出した。嫌な胸騒ぎがアイレスをとらえて離さなかった。
「アイレス、どこに行くんだ!? また地震が来るかも知れないぞ!」
ドゥナダンも追ってきた。外に出ると、周囲の家々からも何人か出てきていた。皆西の方を見てあっけにとられている。ローヴィスの言った通り、二の月に照らされたキリ山は噴煙を上げていた。火山灰が煙と一緒に噴き出されているのであろう、周囲に広がっていく煙は淡く光っていた。ウェール村まで流れて来ていた光の帯を思い出す。ドゥナダンは立ちつくしているアイレスの両肩に手をかけ、
「冷えるよ。アイレスまで体調を崩したらことだ」
とささやいた。幻のように非現実的な光が夜空でうねっている。火口からとめどなくあふれている火山灰は、意思を持っているかのごとく周囲を飲みこみつつあった。それを無心で見上げ、アイレスは感覚が麻痺してきた。
(この光景は……、もう何に驚いて何に疑問を持ったらいいかも分からない…)
ケーワイドの家の裏口からトールクがふたりを追ってきた。
「ケーワイドが呼んでいるよ」
さすがのトールクも疲れた顔をしている。
「はい、すみません」
食堂に移ると、ケーワイドとその家族、そして長椅子に寄りかかってセプルゴも3人を待っていた。
「ポルテットとファレスルは寝ておるが、早急に決めたいことがあっての」
ケーワイドは陰のある目元を少しだけ上げてアイレスたちを見た。ローヴィスが灯りをひとつ増やす。ランテリウレが熱い茶を入れてくれた。窓の外ではキリ山の噴火で村人が色めき立っていたが、その騒ぎとこの家は一線を画しているかのように陰鬱な雰囲気であった。アイレスたちも無言で椅子にかけた。
「……見ての通り、キリ山がまた噴火しておる」
「デ・エカルテは大丈夫なんですか?」
ドゥナダンの問いかけにケーワイドは重い口調で答えた。
「分からん。無事を確認するためにも一刻も早く出発したいのだが…」
「ファレスルはまだ動かすわけにはいきませんよ。ぶり返す可能性があります」
セプルゴがしんどそうに言った。
「そうだな」
ケーワイドはゆっくり茶を飲みほして、ドゥナダンを見た。
「相談なんだが、ドゥナダン。デ・エカルテへ様子を見に行ってくれんか?」
「え…? ひとりでですか?」
ドゥナダンは無意識にアイレスをチラリと見た。アイレスは自分の方でなく、ケーワイドを穴が開きそうなほどまっすぐ見つめている。
「ああ、すまん。もちろんフォアルをつけるし、ファレスルが動けるようになったらすぐに追いかける。フォアルを通じて私に様子を知らせてくれ」
実際、この状況下で様子を見に先行できるのはドゥナダンかトールクしかいなかった。
「あ、あたしも一緒に…」
とアイレスが言うと、
「いや、セプルゴたちを支える手が足りなくなるのも困る」
とドゥナダンがその提案をさえぎった。一理ある、とアイレスも思った。
「分かりました。俺が行きましょう。すぐ出た方がいいですか?」
「そうしてほしい。偽の『ワールディア』も全部なくなってしもうたから、灯りも防壁魔法も持たせられんのだ。フォアルを側から離すでないぞ」
ケーワイドがピュイッと指笛を吹くとフォアルが廊下から入ってきて、心得たようにドゥナダンの肩にとまった。
「頼むよ、相棒」
長い尾をなでられたフォアルはチチッと鳴いて、頭をドゥナダンにすり寄せた。ドゥナダンは荷物と外套、そして長槍を持ち戸口を出て、すぐにケーワイドの移動魔法の心構えをした。
「じゃあ、お願いします。アイレス、無茶するなよ」
「行くぞ。【イーリン、ログミ】!」
ケーワイドが杖をドゥナダンに向けると見る間に姿を消した。
まだ周囲にはもうもうと煙を上げるキリ山を不安げに眺める村人がいる。ドゥナダンをひとりで行かせることは、アイレスはもちろんのことケーワイドたちも憂慮していたが、それどころではない危機感が背後から迫っている気がしてならなかった。




