第百五話 危うい緊張感
様子のおかしいアイレスにドゥナダンはすぐに気づいた。ケーワイドの家族に迎えられ束の間の休息となったが、のんびりしてはいられない。不安の芽は早々に摘みとってしまうのが良策であった。
「アイレス、元気ないな。具合悪いのか?」
ドゥナダンたちのように怪我人や大荷物を背負っているわけでもなく、ケーワイドのように老体に鞭を打っているのでもない。アイレスは無理に笑みを作った。
「全然、全然。大丈夫だよ。ドゥナダンたちこそ大変だったじゃない、ゆっくり休んで」
「…多少無理しないとやっていけないけどな、アイレス、無理と無茶は別物だぞ」
「ありがとう……」
そう言っても、ドゥナダンはアイレスから目を反らさず、離れようとしなかった。ドゥナダンのまっすぐさにはかなわない、とアイレスは思った。
「…ユーフラがいなくなって、セプルゴたちが大変な目にあってさ、あたしも気疲れしちゃって。ここで休ませてもらえば大丈夫よ」
「本当にそれだけか? なあ、ケーワイドと…」
「あら、こんなところに、おふたりとも。夕食ができましたよ」
ケーワイドの娘のランテリウレから声をかけられた。
「あ、ありがとうございます」
「たくさん食べて、身体の垢を落として、ゆっくりお休みになるのが一番よ。さあ、どうぞ」
危なかった、とアイレスは図らずも安心した。「ケーワイドと」。ドゥナダンはこの続きに何と言おうとしていたのか。アイレスはケーワイドへの疑念を知られてはならないような気がしていた。
ローヴィスの提案の通り、食卓には精のつきそうな料理が並んだ。ファレスルが物珍しそうに食材についてランテリウレにたずねている。
「これは変わった豆ですね、裏ごしして携行食に添えたらうまそうだ」
「少し持って行かれる?」
「それはありがたい、ぜひお願いします」
セプルゴもポルテットも食欲が増して半人前ぐらいの量を食べることができた。しかしアイレスは食が進まない。
「お、アイレス、珍しいな。これ食べてもいいか?」
「もちろん。セプルゴ、体力つけて」
弱視であるローヴィスもアイレスの様子を敏感に察した。
「お疲れですか? デ・エカルテが近いこの地は、大地そのものが魔力をはらんでいるのです。合わない方もいるかも知れませんね」
ローヴィスの声はこだまのように脳に響いてくる。
「デ・エカルテの魔力をもってしても、『ワールディア』の封印は容易ではないでしょうね。この星の持つ未知の……」
カチャン、と音をたててケーワイドが皿を置いた。針のような視線を孫に投げかける。空気が凍りつき、沈黙がその場を支配した。
「皆疲れておろう。余計なことは気にせず早く休むようにの」
そう言ってケーワイドは席を立った。ピンと糸が張りつめているかのようだ。
(今ローヴィスは何を言いかけたの? 『ワールディア』のことよね。ケーワイドは知られたくないと思ってる?)
ドゥナダンたちは知っているのだろうか。それを知ればケーワイドがどれほどのものを抱えているか理解できるのだろうか。ケーワイドの本質に触れることができるのだろうか。
「ごちそうさまでした。ランテリウレさん、早速ですが、この村の料理を勉強させてください」
「熱心だな、ファレスル。あ、ドゥナダン、包帯を換えるのを手伝ってくれるか?」
「もちろん。ポルテットも換えようか?」
「身体ふいてからにするよ、ありがとう」
「じゃあポルテットは私が手伝おう。背中はとどかないだろう」
男たちはくつろいで各々の行動に移る。
「アイレスはどうする? もう休むか?」
ドゥナダンにたずねられたが、
「うーん、とりあえず部屋で荷物の整理をしようかな」
と曖昧に答え、アイレスはローヴィスの姿を探すことにした。