第百二話 いらだち
翌日、1日中動かずにいた。セプルゴの様態が好転しているのかどうか判断できなかったからだ。ポルテットも重傷であったが一時高かった熱はひいている。すべてはセプルゴ次第、という状況であった。予期せぬ時間を得て、ファレスルはドゥナダン、トールクと共に保存食の作り溜めで日がな1日過ごし、アイレスとケーワイドは湯を絶やさないようにしながらセプルゴとポルテットの側にいた。
「………」
「………」
ケーワイドは何も話さない。
「……あの…」
アイレスは徐々にケーワイドが目から光を失っていくのを感じていた。声をかけても反応が極端に薄い。
「……どうした?」
「いえ、その…、セプルゴの意識が戻らなかったら…」
石で組んだ簡素なかまどにケーワイドは乾いた枝を突っこんだ。
「…植物状態になるやも知れんな。脳細胞が壊死していたら危ない」
「そんな……」
温かい湯気が上がる。
「あの一刻を争う瞬間、もっと早く私が防壁魔法の根源を看破していれば…」
「でも、あたしが気づいたのも、ただの勘だし…」
ケーワイドの眉間のしわが深さを増していた。
「…ポルテットが負傷したのも私が…」
「ケーワイド……」
いつも何を考えているか分からないケーワイド。
「…ユーフラが…、死んだ、のも……」
「ケーワイド、やめてください。自分を責めるのは…」
ケーワイドは何をこらえているのだろうか? 思えば、ユーフラが死んだ時ケーワイドは泣いただろうか? 自分の中で何を殺しているのか? しかし…。
「悲しいのは、苦しいのは、みんな一緒です、ケーワイド。あなただけじゃないんです」
ケーワイドは目を伏せて地面だけを見つめていた。何かを言いたそうな、何も言いたくなさそうな、沈痛な目元には暗い陰がある。しかし………。
「…私が負うものがどれほどのものか、アイレス、お前に分かるか…?」
「え……?」
「いや、なんでもない…」
アイレスはケーワイドをまっすぐ見つめたが、ケーワイドはこちらを見ない。
「どうして…、どうしていつもそうなんですか…? 大事なことは何も言わない。どうしていつも……」
ケーワイドは視線だけアイレスに向けた。その目は白い人よりも重く濁っている。
「……ぅう…」
セプルゴがうめき声を発した。かすかに指も動いた。
「セプルゴ!」
遠くで鳥やねずみをとっていたドゥナダンたちにもアイレスの呼びかけが聞こえた。
「おい、セプルゴ気がついたのか!?」
「ううん、でもちょっとうなったの」
それからトールクの提案で、側で大きな声で話すことにした。
声がけが功を奏したか、2日後、セプルゴは目覚めた。さらにその3日後、魔力の戻ったケーワイドが首の傷を再度回復させ、セプルゴは頭を起こすまでになった。奇跡的に後遺症はない。
「ケーワイドの治癒魔法は実際あてにしていたけど、胸鎖乳突筋と総頸動脈の位置を計算して、それを避けるように小刀を押しつけたからね。ずんぐりした首で助かった」
そう言ってのけたセプルゴの胆力に今回の危機は救われたと言えよう。
ただセプルゴとポルテットの世話に気をとられていたが、アイレスの心中にケーワイドへの懐疑だけが残った。ユーフラの死、ポルテットとセプルゴの負傷、『ワールディア』争奪の激化。皆が皆苦しんでいる中、ケーワイドは何を思っているのか相変わらず明らかにしない。
(そもそも、あたしは『ワールディア』とは何なのかよく知らない。ケーワイドが何を背負ってるか分からないけど、ケーワイドはそれを知らせようとしない。ううん、自分が背負えばいいと思ってる。感情も、責任も、信頼も……)
ケーワイドが見えない。アイレスは何がケーワイドの本質か分からなかった。胸の奥がもやもやする。
この荒野を抜ければ、ケーワイドの故郷タウロン村だ。