第百一話 優柔不断2
人質であったセプルゴが小刀に喉元を押しつけ自害を図り、そのセプルゴと白い人たちを囲んでいる防壁魔法の内側は鮮血に染まっていった。
フィレックは小さく舌打ちをし、
「チッ、死なれては人質の意味がない。フーレン、治癒魔法を使えるか?」
と問うたが、フーレンはゆっくり首を横に振った。
「そうか、しかし喉を切ったのなら事切れるのも時間の問題だろう。ケーワイド、いいか。さっさと『ワールディア』を渡さねば、また同じことが起こるぞ」
「………」
「フーレン、一旦退却する」
フーレンが一言呪文を唱えると、白い人はセプルゴを押さえていた人も含め、見る間に姿を消した。しかしセプルゴたちを覆っていた防壁魔法はそのままだ。殴っても蹴ってもびくともしないフーレンの防壁魔法の内側で、セプルゴは血の海に沈んでいくかのように静かに横たわっていた。
「セプルゴ! セプルゴ!」
「聞こえるか!」
「ケーワイド、この壁どうにかならないんですか!?」
真っ赤な鮮血は脈動に合わせてドクン、ドクンと噴き出している。一刻の猶予もない。
「防壁魔法を解けるのは普通はかけた本人だけだ。これを打ち壊すにはフーレンの魔力を削ぐか、これに相当の魔力で攻撃し破壊するしか……」
ドゥナダンは拳を固く握り、
「じゃあ中にいるセプルゴも巻きこまれるのか。なんてこった…!」
と防壁魔法を殴ってつぶやいた。フォアルも心配そうに防壁魔法の周囲を旋回している。ふと、アイレスの目にフォアルの輝きが目にとまった。
(……自分自身の白い翼を両方失ったフーレンは、どこから魔力を得ているんだろう? この防壁魔法の色、フォアルの色に似ている……?)
「………」
「アイレス、どうした?」
似ているどころではないような気がする。この半透明の防壁魔法の色がフォアルの輝きと同じ色というのはどういうことか? フーレンがフォアルの兄弟の魔力を受け継いでいるとしたら?
「…フォアル、力を貸して」
アイレスはスラリと短剣を抜いた。フォアルは得心したようにアイレスの剣に慎重にとまって一声鳴いた。刀身がフォアルと同じ緑色に輝き、アイレスはスーッと呼吸を整えて防壁魔法に向かい正面から剣を構えた。
「アイレス、無茶をするでない!」
「やってみるしかないじゃない…!」
「よさんか、剣が折れるぞ!」
アイレスはケーワイドの制止を無視し剣を振りかぶった。
「アアァァァァッッ!!」
太刀筋が一瞬光り、いとも簡単に防壁魔法は崩れ去った。
「え!?」
まったく手応えひとつなく、アイレスは勢いがつきすぎてつんのめってしまった。ドゥナダンとファレスルが素早くセプルゴに駆け寄った。かろうじて息がある。
「セプルゴ!」
「ケーワイド、治癒魔法を!」
「………」
「早く!」
「…ああ、すまない。【ローコ、チーラク】!」
ケーワイドが差しのべた杖から淡い光が現れ、セプルゴの喉元に集まっていった。完全にケーワイドは判断を誤っていた。素早くフーレンの今の魔力の根源と弱点を見抜けば、もっと早く治療することができたのだ。ケーワイドは呪文を唱えつつ渋く沈痛な表情をしていた。
「これ以上は無理だ。私の魔力がもたん」
傷口はふさがったものの、生乾きでジクジクと血がにじみ出続けている。
「一安心…、なのかな?」
「脳に血液が行ってなかったらまずいな。大丈夫だろうか…」
先の争いで負傷し同じように横たわっていたポルテットも少し頭を起こした。
「セプルゴ、大丈夫ですか? 目ぇ覚ます?」
トールクがポルテットの側に行きその肩をなでる。
「『心配するな』と言える状態ではないが、あとはセプルゴの体力を信じる以上にできることはない」
「私の魔力が回復したらもう一度治癒魔法をかけよう」
それに何日かかるのか。ケーワイドはこちらに表情を見せずに水を汲みに行ってしまった。
「………」
アイレスは、ケーワイドの判断力の低下を危惧していた。