第百話 優柔不断
セプルゴを人質にとられ、ケーワイドたちとフィレックたちは膠着状態で対峙していた。
「『ワールディア』を渡さないつもりならば、この男はここで消えてもらうだけだ」
「そんなことして何になる!?」
ファレスルがトールクに押さえられながら叫んだ。
「そちらの戦力が削がれる。大きな利益だ」
「………」
ケーワイドは服の上から懐の『ワールディア』を握り、答えを出しあぐねていた。
「ケーワイド! 渡しては駄目です!」
白い人に馬乗りで組み敷かれているセプルゴが、フーレンの防壁魔法の内側から呼びかけた。
「こいつらが『ワールディア』を手にしたら、この星がどうなるか分からないんだ!」
「黙ってろ!」
セプルゴは頭を地面に強く押しつけられ、さらに頬を思いきり蹴り上げられた。
「…グッ! ケーワイド! 私はいいから攻撃して…」
「口を閉じろ!」
「人質らしく大人しくしてろ!」
髪をつかんで首を無理やり持ち上げ、白い人はセプルゴの首元に小刀を当てた。
「さあ、どうするというんだ、ケーワイド? 我々はお前らをひとり殺そうがふたり殺そうが同じだ。こいつの喉をかっ切るのは訳ないんだぞ」
「………」
「そもそもケーワイド、お前は常に私たちを殺さないようにしてきたな。妙な魔法をこいつらの武器にかけて、手を汚させないようにしてきたな。違うか? お前たちは『ワールディア』を守るために手を汚す覚悟はしていないようだな。いや、ケーワイド。こいつらに手を汚す覚悟をさせたくないのだろう?」
「……だからどうした?」
意外な質問と意外な回答にアイレスたちは固唾を飲んだ。
「このちっぽけな石のために命を奪い合うこと自体が馬鹿げておるのだ。つつがなく平穏に暮らすには、何の混乱も生じさせずにこれを封印するのが一番なのだ。手を汚す? それに何の意味がある? 『ワールディア』は、ワールディアはな、奪い合うようなものではないのだ。そりゃあ私の魔力をもってすれば、フィレック、お前たちを殺すことなぞ容易い」
そう言ってケーワイドが左手の人差し指をフィレックに向けると、指先から稲妻が走りフィレックの顔面にまっすぐ向かって頬をかすめた。フーレンがそれを防ぐ暇すらなかった。血がにじみ、顔に巻いた布はパラリとほどけ、フィレックの顔や髪が露わになった。
「私がお前たちを……、…うむ? フィレック、お前その髪…?」
ケーワイドのその言葉に、アイレスたちも目を凝らした。隣にいるフーレンや車椅子を押すゾーイの艶のない白髪とは違い、フィレックの髪は日光を反射している。まぶしいほどの銀髪であった。今まで布で隠れてよく見えなかった目も、ほんの少し灰色がかっていた。
「お前のその髪は……」
「何が言いたい? いいから10数えるうちに『ワールディア』をこちらに寄越せ。1、2…」
フィレックは急かすように数を数え始めた。
「………」
ケーワイドは懐に手を入れてふたつの包みを取り出した。
「3、4…」
そのうちひとつを開き、現れた小石を自分の頭上に放り投げ、念をこめて粉々に破壊させた。ゾーイが、
「そちらは偽物というわけか。もう片方が本物だという証拠を示せ」
と淡々と告げる。
「5、6…」
ケーワイドはもうひとつの包みを開いた。偽物とまるで輝きが違う。魔法で柔らかい布を出し、ハーッと息を吐きかけて丁寧に磨いた。すると荒れた大地はしっとりと湿った土に変わり若葉が顔を出した。
「7、8、9…」
(いったい何が起こっているの?)
アイレスは自分の目を疑った。
(あの『ワールディア』を磨いたら土が豊かになった? 何なの? ケーワイドが魔法でそうしてるんじゃないの?)
「これで証拠になるかの? 傷つけるわけにはいかんしな」
「まあ、いいだろう。持ってこい」
白い人に口を押さえられたセプルゴは暴れ始めた。
「じっとしてろ!」
口元の手を振りほどく。
「…プハッ、ケーワイド! 渡しちゃ駄目です!!」
そのセプルゴの叫びに耳を貸さず、ケーワイドはまっすぐフィレックたちの方へ歩を進めた。「渡してはならない」、「セプルゴを助けて」。アイレスたちはどちらも言うことができず、ギュッと拳を握ってケーワイドを見つめていた。
「…渡すなと言ってるだろうが…!」
セプルゴは目を血走らせて「クソッ!」と叫び、喉元にあてがわれている小刀に自分の首を押しつけた。
「…何っ!? 何のつもりだ!」
白い人の持つ武器はケーワイドの魔法がかかっていない普通の刃物だ。喉元を切りつければ当然大量の血が流れる。
「…『ワールディア』を…、渡…す、な…」
セプルゴは首から鮮やかな色の血を噴出させながら、自分を組み敷いていた白い人の膝に倒れこんだ。
「セプルゴ! セプルゴ!」
ドゥナダンとファレスル、少し遅れてアイレスが白い人たちを囲む防壁魔法へかけつけた。ケーワイドとフィレックたちは立ちつくしている。防壁魔法は手でたたくぐらいではびくともせず、そうしている間にもセプルゴはこちらの呼びかけにも反応しなくなっていた。