第十話 魔法使い
風と共に現れた大群におののき、アイレスは少しよろけてしまった。ケーワイドはそのまま前に進み出た。トールクが止めようとしたがケーワイドは気にもとめなかった。長い外套をひるがえし、悠然と大群に向かって問うた。
「大勢で何のご用かな?」
車椅子の男が自分で車輪を進め少し前に出て、ケーワイドと対峙した。顔を覆う布が影を作り表情が読めない。
「……私は、サブラ・フィレック。そなたは、ガダン・ケーワイドだな?」
「いかにも。ところで私は白い人に知り合いはいなかったはずだが、私はあの山の向こうでそんなにも知られておるのかの?」
フィレックと名乗った男は、右手を伸ばしながらさらに進んできた。
「よくもこの人数を前にそのような軽口を言えたものだ。『ワールディア』を持っているな? それを渡してもらいたい」
ケーワイドの動きが止まった。顎ひげと長い白髪が風にそよぐ。
「……断ったら?」
「この人数を前にそう答えるとは、正気の沙汰とは思えない」
ずらりと並ぶ数千人の白い人たちの無表情な顔は、何やら空恐ろしさを感じさせる。眉ひとつ動かさずに剣を構えるのに戦慄し、アイレスたちも剣に手をかける。
「我々も無益な殺生はしたくない。おとなしく…」
「【ローメンヌーウ、チルソ、ジュールフ】!!」
ケーワイドが杖を空に掲げ、耳慣れない言葉を叫んだ。その瞬間、白い人の大群は全員フワリと浮かんだ。慌てふためき剣や荷物を落とす者もいる。ケーワイドの髪は逆立ち、眼光鋭く、全身から朽葉色の光を発している。杖の先端からは一際強い光が伸び、空中に浮かんだ白い人たちを取り囲んでいた。
「…これが魔法……!」
「アイレス、危ない。近づくな」
アイレス、ドゥナダンたちはケーワイドの魔法に圧倒されていた。ユーフラだけが師の一挙一動を見逃すまいとケーワイドを凝視している。
「…ヤアアアアアァァァァッッ!!」
かけ声に力を込めてケーワイドは杖を振り抜いた。鈍い色の光に包まれたまま、白い人の大群はウェール村の方角へ吹き飛ばされていった。飛ばされながら翼をもった女が力に抗おうとしていたが無駄であった。
空に吸い込まれるように飛んでいった大群を眺め、ケーワイドは満足そうな笑顔でアイレスたちの方を振り返った。まだケーワイドは全身に淡い光をまとっており、とても気安く近づける存在には見えない。人を超越した力をやはり魔法使いは持っている、アイレスはそう思った。しかしこのケーワイドの平凡な笑顔はどうだろう。
ユーフラが小さな布を取り出しながら師ケーワイドへ駆け寄った。
「ケーワイド、やりすぎです。お身体に障りますよ」
杖を振りきった拍子に舞った木の葉がケーワイドの頭や肩に乗っかっている。それを布で払いながらユーフラはケーワイドに心配そうにつぶやいた。
「…最初だからな、派手にやってしもうた。なに、衝撃を吸収するようにしておるから、怪我ひとつするまいよ」
「彼らの身体のことではありません」
文句を言う弟子と笑う師のそばに、フォアルがキラキラと光を放ちながら舞い降りて小さく鳴いた。先ほどの凄まじさはどこへ行ったのか。ケーワイドは再度こちらを振り返った。
「さあ、食事が冷めてしまったな。ファレスル、温めておくれ」
そう言いながら人差し指の先に火を灯して、石で組んだかまどに向かって指先を振り、小さな火の玉をかまどの薪に投げ入れた。