第一話 平凡な幸せ
死火山とされていたキリの噴火から、10日間に渡り西の空は黄金色に輝いたという。昼夜を問わないその光の帯は、折りしも吹いていた西寄りの風に乗って、どこまでも延びていくように見えた。
地の果てにある、白い国を除いて。
***
柔らかい日差しの中、ミドレ・アイレスは足を速めた。両腕で抱えた包みはかなり大きくて人目を引く。
「アイレス、ごきげんよう! 大変な荷物だね。どこへ持って行くんだい?」
「おじさん、こんにちは。衣装ができ上がったから、ドゥナダンに見せに行くの!」
アイレスは軽やかな足取りで一回転し、包みを少し開けてみせた。鮮やかな緋色がのぞく。
「そうか、もう20日後だったな。晴れることを祈ってるよ。幸せになるんだぞ!」
「ありがとう、おじさんもね!」
大切な婚礼衣装をギュッと抱きしめ、アイレスは再び道を急いだ。新郎の笑顔を想像しながら。
鍛冶屋の次女ミドレ・アイレスと、花農家のひとり息子スウェロ・ドゥナダンの結婚式を目前に控え、小さなウェール村は沸き立っていた。アイレスは自警団の期待の星で、ドゥナダンは狩猟の中心的存在だ。このふたりが結婚し子どもが生まれたら、どれほど将来有望な子になるか楽しみにしながら、しかしどれほど周りを手こずらせる子になるかと、皆は戦々恐々としていた。
「こんにちは! ドゥナダン見て、やっと衣装出来たの!」
「アイレス、母さんを驚かすなって。ほら母さん、肥料落としたよ」
「いやだ、お義母さん、大丈夫?」
義母と呼ばれ、
「大丈夫よ。アイレス、わたしにも見せてくれるかしら?」
と、エンライナは優しく微笑んで言った。
「もちろん。ドゥナダン、着替え手伝って」
「ああ。これはいい色だな。よく似合う」
留め具を几帳面に留め、ドゥナダンはため息をついた。燃えるような赤い衣装が、幸せな色に染まるアイレスの頬を明るく引き立てていた。
「綺麗だよ。俺にはもったいないぐらいだ」
「アイレス、ドゥナダンをよろしくね」
アイレスは目を潤ませ、ドゥナダンの広い胸に身を預けた。ドゥナダンの脈が速い。自分の鼓動と同調していく。
「父さんにも見せられれば良かったな……」
ドゥナダンの目線の先には1枚の肖像画が飾られていた。父はドゥナダンが生まれる直前、狩りの最中に転落死した。ドゥナダンは父の本当の顔を知らないのだ。
「お義父さんの分も、いっぱい幸せになろう? ドゥナダン」
「ああ。愛してるよ、アイレス」
エンライナはふたりを見守りながら、つい昨日まで降り注いでいた光の帯がやんでしまったのを、とても残念に思った。常にない光がふたりを祝福したら最高の結婚式になったろうに、と。
この物語の始まりは、架空の火山の噴火です。
2014年9月27日に噴火した御嶽山のニュースを見て、投稿を自粛し、犠牲となられた方が全員ご家族の元に帰れたら投稿をしようと考えていました。しかし冬季に入るため2015年春まで捜索活動を停止するとのことで、ここで自粛をやめて投稿しようと思います。
御嶽山の噴火で犠牲になられた皆さま、心よりご冥福をお祈り申し上げます。いまだ行方不明の方、一刻も早くご家族の元へ帰れるよう、お祈りいたします。