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04 : この距離は悪くない。2





 シュウの持つ薬草学の知識は、ユサが門外漢であるせいか、とんでもないと思う。見ためはほぼ同じ草にしか見えないのに、効力が真逆であることをさっと見ただけで判断する目は、シュウの腕の良さを明らかにしているだろう。


「師匠に教わったの?」

「いや、独学」

「え? なんのための師匠?」

「師は……うーん、なんだろう? 仮の保護者? 僕に魔術の才能があるとかなんとか、そうは言っていたし、たまに揮う教鞭も魔術に関したことだったから、僕を魔術師に育てようとしていたのは明らかだったな。ただ僕は魔術に興味がなくて、仕官学舎では薬学を専門にしたからね」


 話をすればするほど、シュウには驚かせられる。いや、人となりを知っていくうえで、驚きとは常に向き合うことになるだろう。


「魔術師……なの?」

「僕は薬師だよ」

「でも、魔術の才能があって、師匠は魔術師なんでしょう?」

「僕が薬師になって師はまあ嘆いていたけれど」


 魔術師に育てようと思ったのに別の方向に弟子が行ってしまったのだから、師の想いは昇華されず悔しかったことだろう。それをまったく気にしていないシュウもすごい。


「てことは……シュウは魔力があるんだ」

「ユサは法力があるね」

「わかるの?」

「この前浴室を借りたときに、法石を使っていただろう? 魔力のある人は法石が使えないからね。法石を使えるのは法力がある人だけだ」

「あ……それもそうか」


 便利な世の中になったものだと適当に考えていたユサは、魔力のある人たちのその不便さをよく知らない。

 法力は誰にでも現われる力だが、魔力はそうではなく、魔力保持者は世界的にも少ない。よって、法力があれば扱える一般的な道具を扱えないことが多く、どこに行っても道具には不自由するらしい。それを補うように魔力があるので生活には困らないらしいが、世間に出回っている法力具の数を考えれば、魔力具は数が少なく入手が困難な場合もある。

 法力の高い者は法術師、魔力の高い者は魔術師と、この世界では呼ばれていた。


「ユサは法術師?」

「そこまでの才能はないよ。普及した法力具を扱える程度だから」

「そうなんだ」

「シュウは? 魔術師の師匠がいるくらいだから、魔術師になれたんだよね?」

「おまえは魔術師だ、と師には言われたかな。あとイチヒトにも、あなたは魔術師なのだからそれらしくしてください、とか言われたね」

「いちひと?」

「師が同じ弟子だよ。僕よりしばらくあとに……師がもう疲れたとか言って人目を避けるようになってからの弟子だから、僕よりかなり放置されていたなぁ」


 そういえば兄弟弟子がいるとか、シュウは言っていた。旅行先の師の家も、その弟子が受け継いだのに帰ることが少ないとかで、今回ユサはシュウと一緒に赴くことになっている。


「魔術師のほうが、稼ぎは薬師よりあるんじゃないの」

「稼ぎより性格の問題かな。僕は素直に魔術師にはなれない、というよりなりたいとも思わなかったから」


 宝の持ち腐れとはこのことを言うのだと思う。ユサは、法力にも魔力にも恵まれなかったから、とにかく勉強して、それらが必要のない道を進んだ。僅かに持ち得た法力が高ければ、稼ぎが多い法術師になっていたかもしれない。だが、シュウの言うこともわからなくはなかった。性格的な問題から、法術師を志せたかは不明だ。


「ああユサ、そこのオリキリ草は多めに摘んでくれる? この時期にしか採取できない薬草なんだ」

「ど、どれ?」

「緑の」

「ぜんぶ緑だよ……」

「ギザギザの」

「これ? この群生してる草?」

「そう、それ」


 シュウの説明は、なんというか大雑把で抽象的だ。教師には不向きだと思う。


「もともと、ものを作るのが好きでね。薬師になったのも、薬草の調合次第でさまざまなものが作れるからだ。まあたまに毒薬を作っちゃうけれど」

「毒……まあ、薬は紙一重で毒だからね」

「ユサはなにが好き?」

「え……?」

「お邪魔したときに、たくさんの本は目にしたけれど、読書が好き?」


 好き、と訊かれてちょっとどきっとしてしまった。なにを勘違いしているのだと自分に言い聞かせて、読書は好きだと答えておく。


「知らない世界を知るのは、楽しい」

「ああ、その気持ちはわかる。僕も、新しい薬を調合できたときは、達成感に満たされるからね」

「薬師になってよかった?」

「好きなことを思いきりできるという点では」

「後悔があるの?」

「師の期待に応えられなかったこと、かな。亡くなった母も、僕に魔力があることで期待を持っていたから、裏切ってしまったかなぁとはたまに思う」


 まったく気にしていないように見えたのだが、そうでもなかったらしい。だが、後悔というよりも、それは罪悪感だ。薬師になったことを、シュウは後悔しているようにはやはり思えない。


「なりたいと思ったものになったんだから、それを誇りに思いなよ」

「そう言ってくれる?」

「だって、わたしには勉強しかなくて、必死になって勉強したけれど、なりたいものだったか、て訊かれると……実はそうでもなかったかなって思うから」

「将来の夢とか、なかったの?」

「じいちゃんに楽させてあげたい、としか考えてなかったなぁ」

「いいことだと思うけれど……それだとユサの真実が隠れてしまっているね」


 駄目だしされた感の強いシュウの言い方だったが、言い返すことはできない。ユサは祖父セイドを言い訳にして、今でも迷走している。

 都心で働いて、その苦しさに絶え切れなくなって、ユサは逃げてきた。自分のすべてを受け入れてくれるセイドに、セイドのためだと言い訳しながら、現実から目を背けている。


「わたし、駄目だなぁ……」

「それがわかっているなら、あとは前に進むしかないよね」

「簡単に言わないでよ」

「だって、それしかないだろう? 腐れるところまで腐れたらいいよ」


 ユサのことをなにも知らないくせに、いや、それは当たり前だが、知ったように言われるのはなんだから腹が立つ。けれども、今のままが駄目だとわかっているならそれでいいじゃないか、という言葉には救われる。


「それに、もう少し腐れていてくれないと、僕が困る」

「なにそれ」

「ユサと旅行するんだから、今やる気を出されたら、その約束を反故にされちゃうかもしれないだろう」

「約束は約束だよ。行くって決めたんだから、行くよ」

「そう? なら、もう少しゆっくりこれからのことを考えて、その間は僕につき合ってよ」

「わたしを駄目人間にしようとしてる人がいるぅ……」

「そんなことはないよ」


 ははは、と無邪気に笑うシュウは、人がいいと思う。このお人好しに、ユサは随分と救われているだろう。


「うん、こんなものかな。お昼を食べたら帰ろう」


 ほとんど会話ばかりだったが、手を休めることはなかったので、気づけば持ってきていた袋や籠は、多種類の薬草で溢れていた。

 適当な岩場に腰かけて、麺麭に新鮮な野菜と茹でた卵の切り身を挟んだだけの、簡単だがてっとり早く済ませることができる昼食にして、来たときよりも少し多くなった荷物に苦労しながらも渓谷をあとにした。

 山を抜けたときには、太陽が傾きかけていて、少し驚く。


「そんなに時間が経ってるように思わなかったんだけど」

「山は木々のせいで陽光が遮られるからね。まあでも、陽が高いうちに帰って来られたのは初めてかな。いつも気づくと夜なんだよね」

「……だいじょうぶ?」

「え? 山道? うん、こんなに早く移動できるんだね。知らなかったよ」


 今度から、山の奥に入らなければならないときには、イースを必ず預けようと思う。イースに非常食を持ってもらっていたが、活躍することがなくて幸いだ。というか、イースのおかげで山道は迷うことなく進めたので、遭難しなくてよかったとつくづく安堵する。


「家でちょっと休んでく? 足、疲れただろう」

「もう棒みたい。休みたいけど、さっさと汗を流してしまいたいから、このまま帰るよ」

「遠慮しなくていいのに」

「なにを遠慮したらいいの。はい、これ。潰れないように気をつけたつもりだけど」


 持っていた薬草の詰まった袋をシュウに渡すと、イースにシュウを家まで送るよう頼んで、ユサはさっさと背を向けた。


「ユサ!」


 少し歩いたところで、シュウに呼ばれて振り向く。


「今日はありがとう。また明日」

「うん、どういたしまして。また……明日?」

「気をつけてね。イースは借りちゃうけれど、ちゃんと帰すから」


 じゃあね、と手を振ったシュウは、イースに薬草の詰まった袋を背負ってもらうと、ユサが「明日?」と復唱している間に帰ってしまった。


「明日って……わたし、明日も薬草摘みに借り出されるわけ?」


 それは足にだいぶ負担がかかるなぁと思いながら、ユサも家路を急ぐ。


 明日も薬草摘みかと、それが勘違いだったと気づいたのは、翌日シュウが摘んだばかりの薬草を持ってきたときだった。その翌日も、さらに翌日も、なにかと訪れるシュウに「また明日」と言われるたび、明日も来るのかと自然に思うようになったときには、居間の卓でシュウと薬の調合をしているという、そんな光景が作り上げられていた。







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