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00 : 夕日を背にして立った彼は。

始めましての方も、そうでない方も、こんにちは。

ようこそおいでくださりました。

楽しんでいただけるよう、精進致します。





 久しぶりに幼馴染の姿を見た。

 幼馴染といっても、幼育舎の頃に数年ばかり同じ部屋にいた少年で、名前だけでなく姿もうろ覚え、おとなしい子だったから同年代の子たちが集まったその空間では影も薄かった。

 成長したその姿を見て瞬間的に存在を思い出せたのは、たぶん、当時から印象的だったその瞳だろう。


 少年は、青年へと成長しても、変わらず寂しそうな双眸をしていた。


「最近見かけるけど、その仔の散歩はきみに任されるようになったの?」


 声をかけられたときは驚いた。

 少年から青年へと成長した彼は、こちらがうろ覚えだった意趣返しなのか、まったく憶えている様子がなかった。しかしそれはお互いさまとも言えることで、残念に思うことはあっても罵倒するほどのことではない。

 だから、どうして彼が声をかけようと思ってくれたのか、わからなかった。


「あ……うん、たまに」

「いつもおじいさんが散歩してあげているよね。もしかして、おじいさんの具合悪いの?」

「農作業で腰を痛めて、今は休養中……なんだ」

「腰を? 立って歩けないくらいなの?」

「いや、そこまでじゃない。夕方になると、もう疲れたから動きたくないなってくらい」

「そうか……お大事にね」

「あ、ありがとう」


 野良だった魔獣の仔は、人を襲う凶暴性がないことから番犬代わりに人が重宝する優しい種の魔獣だったので、拾った当人である祖父がずっと面倒を看ている。決まった時間に散歩をするのも、祖父の役目だ。その祖父が腰を痛めたので一時的な世話を任されただけで、本当はこの仔に散歩は要らない。従順なこの仔は、紐で繋ぐ必要はないうえに、誰彼かまわず吼えたり噛んだりすることはなく、むしろ祖父の散歩につき合ってやっているという気概を持つ賢い犬型の魔獣だ。

 だからべつに、散歩をしている、わけではなかった。

 青年は「きみはいつも立派な毛並みだねぇ」と笑いながら、未だ成長途中にある白毛のその仔、イースを撫で繰り回した。


「いきなり話しかけてごめんね。僕はシュウ、この町で薬師をしている」


 名前を聞いて、そういえばそんな名前だった、と思い出し、その程度しか憶えていない自分がなんだか申し訳なかった。けれども、シュウと名乗った彼も、こちらを憶えていない様子だからやはりお互いさまだろう。


「あ、わ、わたしはユサだ」

「ああ、きみがユサか」


 一瞬、憶えているのか、と思ったけれども、そうではなかった。


「おじいさんから、近々孫が帰ってくるんだ、と聞いていた。きみのことをちょくちょく話してくれるおじいさんだったからね」

「……そうなんだ」

「勝手にきみを知っていて悪かったね」

「いや、そんなことは……」


 祖父が自分の帰りを楽しみに待っていてくれたことは、知っている。ユサも、自分をいっとう可愛がってくれる祖父が、帰りを楽しみにしてくれていることが嬉しかった。いや、救われた、と言おう。

 ユサは、学業がそれなりに優秀であったことから、都心の役所で働いていた。田舎の祖父のためにもと、それはもう必死になって働いた。だが、ユサには苦手なものがあった。どうしても克服できないものがあった。けっきょくユサは、それに耐えられなくなって、心身ともに壊して、逃げるようにこうして帰ってきた。祖父に「おかえり」と言われ、温かい食事を出されたときの、あの安堵感は死ぬまで忘れないだろう。この辺りでは一般的で珍しくもない焼き魚が、その日はとても美味しかった。


「おかえり、ユサ」

「……え?」

「きみが帰ってきたら、言いたかったんだ。おじいさんからきみのことをよく聞いていたせいかな、とても近くに感じてしまっていてね。だから、これは僕の勝手な気持ち。……おかえり、ユサ」


 イースを撫でていた手を離し、夕日を背にして立ち上がった彼、シュウに、ユサは不意に込み上げる感情を持て余しながらも、祖父以外に言ってもらえた「おかえり」という言葉に、不覚にも涙がこぼれそうになった。


「た……ただいま」


 人前で泣くのは恥ずかしく、また情けなかったので、涙はこらえた。


「うん、おかえり」


 にこりと微笑んだシュウは、ひどく優しかった。







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