第9話 ないすばでー。
「ほれ、昼飯」
ようやくお昼休み。
学校に付いた時から机に突っ伏している美也の所へ向かう。
今日ばかりはもう何も言えない。
「…ごはん?」
「そう、ご飯だ。よく頑張ったな」
「ごはん、ごはん…ごはん!!!」
さっきまで力なく死に掛けていた美也の目に少しだけ光が灯る。
しかし、身体に力が入らないのか、頭を上げる事すらせずにこちらを見てくる。
「…はぁぁ、こうなる事はある程度予想してたよ」
大きくため息を吐いてから、スプーンを取り出す。
元々、美也はお箸の使い方があまり得意でないし、朝ごはんを抜いた美也が箸を扱えるほど力があるとは思っていない。だから、事前にスプーンを入れておいたのだ。
俺は数十人という他人がいる中で、美也を食べさす。
その間、周りからは「かわいいー」という反応があるが、俺と美也の状況を茶化そうとするやつはいない。
高校生になったばかりの頃は良くそういうことがあったけど、周りの人間はもう馴れているのだろう。
「ほれ、口開けろ」
「あ~ん」
「ちゃんと噛んで食べろよ?」
「はむ。 んぐんぐ。あ~ん」
「聞いてないだろ?」
「あ~~ん」
「ほれ」
子鳥に餌を上げる親鳥の気持ちはこんな感じなんだろうか?
自分が作ったチャーハンがあっという間に消えていく。
これだけ綺麗に食べてくれるのは作った側として嬉しいことなのだが、俺の分のお弁当まで食べるのは反則だろ…。
お腹が満腹となった美也は満面の笑みを浮かべて俺にお礼を言うと、机の横に掛かっている袋の中から枕を取り出す。
そして、そこに頭を乗せて、スイッチが切れたように睡眠へと入る。
この早技はすでに芸術の域だ。
「ありゃ、美也ちん寝ちゃったのかぁ」
俺の横で爆睡している美也の所へ亜矢が来る。
その手には食堂に売っているパン。
これはタイミングの良い奴だ。
「それ、俺にくれない?」
「なんで?美也ちんにあげようと思って買ったんだけど?」
「こいつ、俺の昼飯まで食ったんだよ」
「なるほど。まぁいっか、何が良い?カレー?メロン?」
「カレー」
「はい。それにしても美也ちんはよく太らないねぇ」
「人のこと言えんの?」
「私はこれでも運動とかしてるんだよ」
「へぇ、そのナイスバデーも努力のたまものって奴か?」
「そう。女は大変なのよ、男と違って」
ボンッ、キュッ、ボン。というにはまだ足りないが、ウエストは細い。太っているようには見えないけど、痩せているわけじゃない。
男が好みそうなほど良い肉つきなのだ。
そして、女も憧れるスタイル。 まさに理想のスタイルだろう。
俺は亜矢からカレーパンを受け取り、口の中に入れながら、適当に亜矢と話す。
亜矢はクラスが違うから授業の進み具合も少し違う。
どちらかと言えば亜矢のクラスの方が進んでいるらしい。
「次、小テストやると思うよ」
「そっか。まぁそこら辺はちゃんと授業受けてたし良いけど…こいつがなぁ」
「美也ちんはもうどうしようも無いでしょ。夏休みの期末テストも頑張ったもんね、うちら」
「あれは本当に辛かった…。夏休みの宿題もな」
「美也ちんも本気でやればちゃんとできる子なんだけどね」
「それはできない奴の事を言うんだよ。ごちそうさまっと」
「お粗末様。どうだった?私のカレーパン」
「へ?これ、お前お手製なの?」
「食堂に置かせてもらってるんだ。まぁ美和子さんの店で作った奴だけど」
「良い感じの辛さで旨い。カレー屋になった方がいいんじゃね?」
「パンは?」
「ん~パンは甘い感じ。ジャガイモでも練り込んでんの?」
「さすが、ケイ。美和子さんにお願いして良いジャガイモを入れてくれたんだ」
「なるほど。良いんじゃない?」
「ん~でもやっぱり値段がなぁ」
「食堂じゃ売れないか?」
「うん、ちょっと高いかな。予想はしていた事だけど。まぁ、元々店に出そうと思って作った奴だけどね」
「なるほど。そんじゃ次は学生向けによろしく」
「努力するわ」
ちょうどお昼休みが終わる合図であるチャイムがなる。
亜矢は残ったメロンパンを口に咥えながら、俺に手を振って教室を出て行く。
亜矢は亜矢で努力しているんだなぁ…。一方でこいつは…。
俺の横でスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている美也を見ながらため息を吐いた。