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第5話 主婦の戦場。

 

「ふぁぁ~…、眠い…」


 亜矢の休憩時間が終わると同時に俺と美也は店から出て、自分たちの家へと戻った。

 俺は自分の部屋で残りの夏休みの宿題を終わらせて、ベッドの上でぐーたらと寝転ぶ。


 夏休みの間は夜遅くまで起きて、昼近くに起きるという習慣があったから今日は結構辛い。

 大きな欠伸を何度もしながら、眠りそうで眠らないような感じがずっと続く。

 しかし、それが不快というわけでもなく、現実と夢の世界の狭間にいるようで心地よかったりする。


 そんな心地良い時間を過ごしていると、机の上に置いてあった携帯がブルブルとメールが来た事を知らせる。

 この着信音は母さんからだ。

 身体を起き上がらせ、携帯を取ってメールの中身をみる。


 ―今日の晩御飯は要りません。


 淡白な文章が映しだされる。昼までに送ってこいって言ったのに…。

 また研究とか何とかで夜遅くまで大学内に籠るらしい。

 携帯をパタンと閉じて、エアコンを切る。

 季節は9月。

 まだまだ暑いが、日が傾き始めた頃にはエアコンは必要無くなるぐらいまで涼しくなる。

 窓から温かい空気が流れ始め、エアコンで冷やされた冷たい空気が下の方に集まりだす。


「ふぅ~…さて、晩御飯でも買いに行くか」


 1人の晩御飯だけど、料理を作ることは楽しいし、外食は栄養が偏る。

 財布の中身を確認してから、携帯と財布をポケットの中に入れて、自転車にまたがる。

 目的地はここから自転車で15分のスーパーマーケット。

 今日は卵が安い日で、そろそろタイムセールが行われる。

 このタイムセールは主婦の戦場であり、俺が入れる隙間など一切無い。

 もし、踏み入れてしまえば屍となって放り出されるだけ。

 まぁ、そんな戦場に踏み入れなくても裏ルートで入手すればいいだけ。


 しばらく自転車を漕ぎながら、目的地のスーパーマーケットへと足を運ぶ。

 やはり、タイムセールの時間帯の自転車の多さは異常だな。

 しっかりと鍵を締めてから、キンキンに冷えたスーパーの中に入る。

 すると、店内は拡声機でタイムセールの宣伝をしている店員さんが目立つ。

 俺はカートにカゴを乗せてから、なるべく邪魔にならないように今週の食卓に並べる具材を厳選していく。


「ん~、魚だろ。肉は…あったっけか。あ~もやしが無いな」


 何を作るかなんてのはあまり決めずに、メイン料理に必要なモノを重点に入れて行く。

 基本、冷蔵庫の中身を見てから料理を決める方なのだ。

 しばらく、野菜などの質の良いモノを選んでいるとタイムセールの時間が終わったのか、戦場から帰ってきた主婦達がぞろぞろとタイムセール以外の品を見始める。


「あら、加越くん、毎日大変ねぇ」


 こんな風に声を掛けてくれる主婦が多い。

 あの人たちはここに長く住んでいる人であり、俺の家の事を知っている人たちだ。

 俺は適当に会話をしながら、最近の主婦事情の話を聞いていく。

 あそこの夫は不倫しているとか、この前、奥さんが綺麗な格好をして外に出て行っただの…。こういう噂話が好きなんだろう。

 その噂話の中には港家の話は一切出てこない。

 なぜなら、美和子さん自身が特に噂を否定せずに、むしろ「私、不倫されてるよ?」と爆弾発言をするからだ。

 火のないところに煙は立たぬって言葉があるように噂好きの主婦は煙が好きなわけで、火がボーボーと燃えている所に興味は薄い。


 そんな主婦の人達との会話も終えて、俺は従業員が出入りする扉の前まで行く。


「すいませーん」

「お、加越君。毎度大変だね」


 ドアの前で声をするとすぐにこの店の店長さんが出てくる。

 そして、その手にはタイムセールが行われていた卵のパックがあるのだ。


「毎回すみません」

「いいよいいよ。ご近所の人の人達も認めてるしね」


 店長さんから受け取った卵をカゴの中に入れ、頭を下げる。

 そう、これが裏ルートだ。

 俺がこれを使い始めたのは父さんが亡くなってから。

 普段からこの店に父さんと俺、もしくは俺1人で利用していたため、主婦の人たちの同情を掴んだのだ。

 最初は俺もタイムセールの戦場へと挑戦した。だけど、まぁ…勝てるわけもなく、こうして裏ルートを使わせてもらっている。


 卵も手に入れ、必要な食材も手に入れた俺はレジへと通り、買い物袋を自転車の前カゴに入れて、家へと向かう。


「おつかれさま、慧ちゃん」

「美和子さん、おかえりなさい」

「今日は沙世は?」


 沙世っていうのは俺の母さんの名前。


「晩御飯要らないらしいです」

「そう。なんなら、一緒に食べる?」

「ん~、もう買っちゃったんで…」

「今日の予定は?」

「豚のしょうが焼とお味噌汁ですね。あとカニカマが残ってたと思うのでサラダを適当に」

「相変わらず私以上に主婦ね……私たちがお呼ばれしちゃいそうだわ」

「来ますか?毎回、ごちそうしてもらってるし」

「…そうね、たまには慧ちゃんのお手並みを拝見させてもらおうかしら。それじゃすぐに行くわね」

「はい」


 お互い玄関のドアを開けて、家の中に入っていく。

 俺は今日使わない食材を冷蔵庫の中に入れて、エプロンを付けてキッチンに立つ。

 普段やっているように豚の生姜焼きを作っているとインターホンが鳴る。

 そして、美也と美和子さんがリビングの方に入ってきた。


「適当に座っててください」

「何か手伝いましょうか?」

「ん~、特にないですね」

「キャベツの千切り上手いわね~」

「そうですか?」

「やっぱり沙世の教育方法は合ってるのかしら?それとも一志さんの教育の賜物?」

「どちらかというと父さんの方かと。母さんは何もしませんし」

「美也もこのぐらいできたら慧ちゃんにアピールできるのにねぇ。慧ちゃんがこれだけの腕があると女の子として終わってるわね」

「よんだー?ママ?」


 TVに視線を固定しながら美也がこちらに声を掛けてくる。

 その姿に美和子さんは大きなため息を吐きながら、俺の方に「なんとかしてほしい」と言ったような意味を込めた視線を送ってきた。



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