第4話 尻尾持ちです!
「つかれた……」
俺の身体に馴れなれしく身体を預けてくる美也。
電車の中で、周りには同じ制服を着ている人たちがいるというのにこの行為だ。
まるでマーキングだな。と思いながら特に気にせずに外の景色を見る。
今日は始業式だけでお昼までに終わる。
だから、部活をしている奴らも皆、同じ時間帯に帰るため、こんな人が多いのだ。
もちろん、俺らの周りにはクラスメイト達もいるんだけど、話かけてくる気配は無い。
別に俺も美也もクラスからハブられているわけじゃない。
友達もいるし、美也にもいる。
だけど、こうして話かけてこないのは美也のせいだろう。
美也から発せられるこの重いオーラ。
もし、俺らに話しかけようとするならば噛みつきかねない雰囲気だ。
そう、彼女は機嫌が悪い。非常に。
「ぅぅぅ…おなかすいた…」
ぎゅるるるるる。と大きなお腹の音を鳴らしながら、電車に揺られ、俺の腕にしがみつく。
吊革に手が届かないのだから仕方がない。
あと、電車内で食べ物を食べるなど俺の中では言語道断!あり得ない。
電車内で食べて良いのは駅弁ぐらいだ。
美也は俺の方を「ごはん」というメッセージを込めて見つめてくるがそれを無視して外の景色を見る。
「きょーちゃん…」
「なに?」
「おなかへった…」
大きなお腹の音が電車内に響く。
周りの人たちはコソコソと話しながら美也を見る。
その視線が彼女の逆鱗に触れようとしていることに気が付いてほしい。
「もう少し待て、駅に着いたら美和子さんの店に行ってなんか買ってやるから」
「うぅ…あと10分もある…」
「さっき俺の分も食っただろ?」
「足りないもん…」
この小さな身体のどこにあれだけのパンが入っているんだろう…。
こいつの不思議の1つかもしれない。
周りから美也に送られる視線に美也が反応しないように適当に話をしながら電車に揺られる。
その間も、彼女は俺の腕にしがみつく。吊革に届かないって結構大変だな…。
しばらく、電車に揺られ、ようやく最寄り駅に着く。
すると、美也はネコのように人だかりの間を抜けて行き、改札の方へと走っていく。
あれだけ元気があるならあんな雰囲気を醸し出すなよ…と思ってしまうが、そんなことは言わずに美也のカバンを持ちながら改札へと向かう。
そして、改札を抜けると、美也はすでに美和子さんの店へと向かっていて、店の中に入っていくのが見える。
彼女は美和子さんの娘でもあるけど、この時間帯ではお金を払って買うのがルールだ。
俺達が無償でパンを与えられるのは朝と売れ残ったパンが貰える夜だけ。
そして、彼女の財布はカバンの中に入っているため、急いで店に行ったところで買うことも食べることもできないのだ。
俺はゆっくりとした歩みで店へと入る。
「いらっしゃいませ~って、旦那か~」
「風呂」
「そこは"お前"でしょ?」
「うっさい。俺はお前を妻に貰うつもりは一切ない」
「酷いなぁ。これでも私、女としては結構良い方なんだけど?」
「性格に難がある女性に興味は無いんだ」
通称「尻尾」と呼ばれるポニーテールが特徴のある女の子。
可愛いというより、綺麗な印象のあるクールな女の子。
しかし、彼女の声は少し高めの声で可愛い感じだ。その上に明るい感じの雰囲気。
そのギャップが彼女"港 亜矢"の魅力なのだ。
ちなみに、彼女も俺と美也の小学校からの知り合い。
「きょーちゃん!亜矢ちん!早く早く!!」
「あらら、子猫ちゃんがお呼びだ」
「エロおやじか…お前」
「子猫ちゃんっぽいでしょ?美也は。きっと構ってほしい時は尻尾をピンっと立ててるよ」
「あ~…確かに」
今から食べようとしているパンをプレートに乗せて、レジの前に居る美也を亜矢と見る。
確かに、こいつネコっぽいな…。
俺は美也のカバンの中から財布を取り出して、彼女に渡す。
「メロンパンに、チョココロネに、ウインナーかぁ…ほんと良く食べるね、美也ちんは」
「誰かさんと違って私は学校に行ったんだもん」
「始業式なんて行かなくても別に良いでしょ?」
「ほら~、亜矢ちんもこう言ってるよ!」
「こいつと同じような行動してるとお前留年確実だろ?」
「あぅ…」
頭に空手チョップをして、代金を払う。
そして、店の端においてあるカフェスペースに向かう。
亜矢は今、休憩中らしく、俺達の所に来る。
「美也ちん、そんな焦って食べてると喉詰まらすよ?」
「ふぁいふぉーふふぁほ」
「ネコと言うよりハムスターだな」
「あははは、この膨らみ可愛いね」
「ふぁめほぉー!!」
亜矢は美也のパンパンに膨らんだほっぺたを両側から触って、ふにふにと触る。
その間も美也はもぐもぐと必死に食べながらお腹の中にパンを流し込んでいく。
昔からこの二人はこの件は何度目だろう?
そういえば、最初仲良くなった時もこんな件だったような気がする、
だから、この件は彼女らたちのコミュニケーションなんだろう。
俺はそんな2人のじゃれ合いを見ながら美和子さんが入れてくれたコーヒーを喉に通した。