第1話 ぞくぞくするんです。
はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
これからもよろしくお願いします。
「きょーちゃんと結婚するー!」
昔、いや大昔だ。
俺はある女の子とこんな口約束をした。
いつ頃だっけか…、たぶん5歳ぐらい?
その相手は水野 美也と言ってご近所では非常に可愛らしい子として認知されていた。
愛僑のある顔、喜怒哀楽の喜と楽が非常に出ている女の子。
なにより人に好かれるという点においては非常に優れていたと言ってもいいだろう。
だから、彼女は人気者だった。
いつも彼女の周りには人だかりができていたのだ。
「ふぁぁぁ~…」
お布団から起き上がり、背伸びをするとポキポキと背骨が「おはよう」と言ってくれる。
最近、目覚ましが鳴る前に起きてしまうぐらい真面目になった俺はもう高校1年生だ。
俺の名前は加越 慧。
決してケイではない。
寝ぐせでボサボサになった髪の毛を掻きながら、布団から出る。
「ん、んん~~~。さて、今日も頑張りますか」
部屋から出て、もう一度大きな背伸びをし、これから使う気力を高める。
この作業は非常に気力の使う作業なのだ。
階段を降り、玄関に行き、靴を履いてから外に出る。
そして、隣の家の扉を開き、勝手に家へ入る。
すでに時間は7時というのに家の中は人の動いている気配は無い。
まぁあの人の大変さは分かっているつもりだし、俺が来るのを知っているから鍵を掛けずに出ているんだろうけど…鍵は締めてほしいものだ…。
そんなことを思いながら階段を上がっていき、手作りのドアプレートが掛かっている部屋のドアを開ける。
「すぅ…ふぅぅ…むにゃむにゃ。ダメだよぉぉ、きょーちゃ、あは、あははは。むにゃむにゃ」
女の子らしくピンク色にコーディネートされた部屋。
俺と同じ部屋の大きさだと言うのに狭く感じられるのは無駄に多く置かれているぬいぐるみのせいだろう。
それも全部同じぬいぐるみなのだ。みーんな、同じ。だから怖い。だって、俺を漫画のように可愛くデフォルメしたぬいぐるみなのだから。
足元にある自分がモデルのぬいぐるみを蹴ることもできず、足で退かしていきながら、これを作った張本人の元へと向かう。
この可愛らしいベッドの中で寝ている女の子は俺がさっき夢で見ていた子。
5歳の頃に俺にプロポーズをしてくれた水野 美也だ。
高校1年生というのに自称140cm(サバ読み?cm)という低身長。
愛僑のある顔は昔から変わらず、それが仇となり小学生にも見られる童顔。
そのくせ胸はある。という妄想をしている美也だが、現実はまな板にハムを5枚ぐらい重ねた程度の大きさ。つまり無い。
そんな幼児体型なこの子だけど、学校では人気はある。
ロリ受け…じゃなくて、普通の生徒からも人気がある。
見た目が可愛いと結構得もするもんだ。
俺モデルのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、垂れている涎をそれで拭こうとしている美也ご自慢のサラサラふわふわヘヤーに手を当てる。
そして、優しく撫でるように…するのではなく、触れた手を上に上げて振りおろす。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!!」
ぱーーーん!と聞いているこっちが心地良いぐらいの音が炸裂!
こっちの手もそれなりに痛いが、この音の素晴らしさは相変わらず鳥肌モノだ。
こう背筋がぞぞぞっと快感が上ってくるような。
しかし、高校1年生の男子生徒の8割程度の力を込めた張り手を喰らった美也はそんな事を言っている暇ではない。
「うぅぅぅぅ…頭が揺れるぅぅ」
毎朝、こんなことをされているのだからバカになってしまうんでは?と心配になってしまう。
まぁ、これ以上バカにならないレベルにバカだから気にはしないけど。
美也は頭を摩りながら、涙目でこちらを睨んでくる。
「きょーちゃん…酷いよぅ」
「何がだ。さっさと起きろ」
「うぅぅ~…でも、きょーちゃんに起こされると嬉しい!ってことでおやすみなさい」
電池が切れるかのようにプチンッと目を瞑り、せっかく起こした身体を再びベッドに預けようとする。
しかし、毎朝これを経験している俺にそんなことをさせるわけがない。
美也から少し離れて、足元にあった俺モデルのぬいぐるみをリフティングの要領で蹴り上げ、寝ようとする美也にダイレクトシュートを放つ。
「ぶべっ!?」
「ナイスセーブ。美也選手、スーパーセーブ!」
「あぁぁぁ!?きょーちゃん193っ!」
顔面で受け止めた俺モデルのぬいぐるみ、きょーちゃん193を絶叫しながら抱きしめる。
ちなみに193ってのは作られた数、この前聞かされた時には287とか言っていたから、少し前のやつだったらしい。
「きょーちゃん!自分を蹴るなんて信じられないよ!」
「それ俺じゃないし。てか、いい加減に起きろよ。今日から学校だぞ」
「私には関係ないも~ん」
確かに美也は引きこもり傾向の持ち主だから学校とは無関係の生活だ。
だけど、彼女はバカッぽそうに見えて実は秀才で…っていう設定は小説の世界だけで、限りなくバカだ。
こうして俺が無理やり学校に連れて行かないと留年は確定コースへと導かれる。
「関係ないなら明日から起こさないからな」
「えっ!?だ、ダメだよぅ…きょーちゃん、見放さないでよ…わた、私…きょーちゃんに見放されたら…ぅぅ…」
あ~…まただ…。
まるで世界が終わったかのような顔でこちらを見てくる。
「冗談だろ、そんな顔すんなよ」
「ほんと?」
「ほんと。ったく、そんなことよりさっさと俺モデルのぬいぐるみを抱きしめるのは止めろ。形が変形していて見ている俺が痛い。それじゃ、ちゃんと8時までには家の前に出てこいよ」
「うん!頑張ってね!」
「次は無いぞ」
小さい子どものようにぶんぶんと手を振る美也を見ながら「今日も始まった」と気合を入れた。