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B.B.  作者: 浅野エミイ


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2/16

Vol.1 Spring come…

 県立秋ヶ瀬高校。県内偏差値ナンバーワンの男子校だ。K駅からまっすぐ進んでいくと、大通り沿いに校舎が建っている。


 二月初旬。今年の冬は例年より暖かいらしいが、なんだかんだいっても冬は寒い。暖冬とそうでない冬との違いなんて、雪が降るか降らないかの差でしかないのでは、と僕は思う。


 そんな真冬のからっ風が吹く屋上に、僕は基三春もとき・みはると二人で立っていた。周りに他の生徒はいない。そもそも屋上は立ち入り禁止なのだ。                                        


 他の生徒から見たら、僕が不良に絡まれているように見えるかもしれない。実際、基はちょっと不良っぽい。見た目も茶色の短髪を軽く立てて、ピアスをしているし、中学の頃から高校二年になった今まで、何度も自宅謹慎を食らっている。それに比べて僕は、もやしっこを絵に描いたような奴で、ビン底めがねにちょっと長めの前髪のせいか、根暗に見えてしまう。他の生徒から見たら、身長は僕のほうが高いとはいえ、基が僕からカツアゲでもしようとしてるのではないかと誤解されてしまうかもしれないな。


 でも本当は、僕が基をここに呼び出したのだ。


「何? 話って」


 基はブレザーの上にコートを羽織っていたが、それでもがたがたと震えていた。暖かい教室から出てきたばかりだったので、余計寒さを感じるようだ。


「前のライブハウスでの話なんだけど……やっぱり僕、やらないよ」


「……それは困る」


「だって、僕ら来年受験だよ。本腰入れて勉強しなきゃいけないと思うし」


「ふうん」


 基は僕の話をちゃんと聞いているのだろうか。興味なさげに相槌をうつし。そもそも基は自分の興味あることしか考えていないのかもしれない。


「基くんだって、大学受験するんでしょ。勉強してるの?」


「そんな将来のことなんて考えるなよ。今を生きろ」


 『今を生きろ』って……なんて悠長な。基はいつでもゴーイング・マイ・ウェイだ。


 先週の土曜に会った時もそうだった。


 僕の姉貴は大学生だが、同時にライブハウスの経営をやっている。親の持ちビルの地下にある、「TEAR‘S」という小さいハコだ。そんなこともあって、僕もたまに手伝いをさせられていた。設営準備のほかにもメンバーが足りないときはサポートメンバーとしてドラムを叩いている。小さい頃から親と姉貴に仕込まれたものだけど、サポートしたバンドには結構いい評価をもらっていた。


 先週の土曜も、一番手のバンドのサポートでドラムを叩いていた。演奏が終わったあとは、軽く汗を拭いてドリンクカウンターに入る。


「ビール」


 二番手のバンドが始まると同時に、すぐ注文を受けた。


「はい」


 ビールを渡そうとして、相手の顔を見ると、クラスメイトの基だった。渡す手をとめたせいで基もこちら側に気がついた。


「お前、貴志川じゃん」


「お、お客様、未成年の飲酒は、お断りしております!」


 声が上擦った。『ケンカばっかりしている恐いヤツ』というのが、僕の基へのイメージだったからだ。


 ずっと同じ中学、高校だったが、基とまともに話すのは初めてだった。なにせ住む世界が違う。基は、硬派な一匹狼といった風情だ。学校にふらりと来ている日もあれば、いない日もある。そんなヤツ。僕はというとクラスでも地味な方で、あまり人とは関わらなかった。あえて共通している点を挙げるなら、孤独だったことぐらいじゃないかな。


「じゃ、ウーロン茶」


 基はオーダーを変えた。僕はさっき注いだビールを捨てて、新しくウーロン茶を入れて基に渡した。


「お前、さっきドラムやってたよな」


 ウーロン茶に口をつけながら、基は意外にも僕に話しかけてきた。


「う、うん。サポートでたまに入るんだ」


 僕は基の後ろの人のオーダーを聞きながら、答えた。しばらくすると客も途切れ、ステージの盛り上がりが最高潮に達していた。基はずっとカウンター横でじっとウーロン茶を飲んでいる。僕はそんな基の様子が気になって、勇気を出して声をかけてみた。


「基くんはどのバンド目当てで来たの?」


「トリ。お、そろそろ行くか」


 そう言い残して、ステージと繋がっている通路の方へ向かっていった。


 二番手のバンドが終わり、客がドリンクカウンターに集まってきた。僕は基のことを気にしながら、いそいそとドリンクを注ぐ作業をしていた。


 しばらくすると、客側の明かりが消え、ステージの照明がこうこうと本日トリのバンドメンバーを照らす。


 その中の一人に、基は居た。僕はびっくりした。てっきり基は客かと思っていた。でも、肩にギターをかけている。


 メンバー全員がスタンバイすると、ドラマーがスティックを三度叩いて演奏を始めた。


 トリを務めるだけあって、ボーカルの声には華があるし、ベース、ドラムも安定している。それに基のギター。かなり高度なテクニックが必要な場面でも、クールに弾きこなす。それでいて情熱的だ。カウンターで聞いていたが、すっかりバンドの演奏に魅入られてしまい、客に声をかけられるまで気がつかなかった。


 トリのバンドの演奏が終わり、ライブは終了した。僕は姉貴の言いつけでフロアの掃除を始めていた。他の出演者はステージの片づけが終わると、「お疲れ」と僕に声をかけて、打ち上げに行ったようだった。


 誰も居なくなったフロアは、少し寂しい。でも、熱は残っている。この終わったあとにのこる熱さが、僕にとっては心地よかった。


 ゴミを集めて袋に入れ、床にモップをかけ始めた。その時、カタンと小さな音がした。楽屋の方に誰か残っているのかなと思い、僕は見に行った。不審者だったら困るしね。


 そこには上半身裸でタオルを首に巻いている基が、ソファに座っていた。


「基くん、皆と打ち上げ行ったんじゃなかったんだ」


 人が居てちょっと驚いた僕は、反動で基に話しかけていた。


「お前に話があって」


 首のタオルで軽く体を拭いた後、替えのTシャツを着ながら基が僕の方を向く。


「貴志川ってさぁ、サポートでドラムやってるの?」


「う、うん。色々なバンドでやってるよ」


「ふうん」


 なんだか興味があるような、ないような、よくわからない返事をされた。そういう返事が一番困る。ただでさえ話すのが苦手なのに、会話が続かないじゃないか。僕は困って、無言になってしまった。しばらくの沈黙。その沈黙を破ったのは基だった。


「じゃあさ、俺とバンドやらねぇ?」


「え、僕と基くんで……?」


 あまりに唐突な話で、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。それが気にいらなかったのか、基は僕を睨む。


「なんだ、俺の演奏はダメか?」


「いや、そういう訳じゃなくって。基くんの演奏はすごくよかったよ。でも、僕がついていけないんじゃないかと思って……。」


 僕はしどろもどろになりながら答えた。


「それなら問題ない。俺、お前のドラム気に入った」


 基はペットボトルのスポーツドリンクをぐいっと飲みながら、しれっと言った。


「お前がステージに立ったとき、びっくりした。あのビン底めがねがドラムだもんな。あ、めがねは取ってたか。ともかくすげぇドラムだった」


 褒めてるわりには目が笑っていない。本音か、バンドに加入させるための建前なのか、どちらか全く予想がつかない。


 でも、意外だった。無口で恐いイメージだった基が、こんなにペラペラ話すとは。バンドのことになると、人柄が変わるんだな。


 僕はそんな基の情熱に圧されて、曖昧な返事をした。


「す、少し時間くれないかな。月曜日に答えを出すよ」


「わかった。いい返事だけ、待ってるから」


 いい返事だけって、断るなってことだよね……。ともかくその答えを伝えるために、今日屋上に呼び出したのである。




「そもそも基くんくらい腕が立つギタリストなら、他のバンドからお呼びがかかってるんじゃないの?」


 初めて話をしたときより若干緊張が解けた僕は、相手が不良でも物怖じしないで話せるようになっていた。


 土曜のトリのバンドでギターを弾いていた基だったが、実のところ正式なメンバーではなかったらしい。ギターの人間が運悪く事故を起こしてしまい、突然ではあったが、知り合いの基にサポートを頼んだという訳だったようだ。


 そこで今回の話である。


「俺は、俺のバンドが作りたいの。この学校内でな」


「学校内?」


 僕は不思議に思った。なんで学校内なんかでバンドメンバーを探しているんだ? それだったら軽音部に入部するとか、他に方法はあるはずである。好きな女の子の前でいい格好したいとしても、うちは男子校だからそれはまずない。


「基くんは何がしたいの?」


「……知りたいか?」


 うっ。知りたい。だけどそう答えたら、無理やりでもメンバーにされそうな気もする。内心そんな事を考えていたら、基がいきなり大声を上げた。


「貴志川、お前青春してるか?」


「う、うーん」


 いきなりの質問。当然というか、答えに困ってしまった。『青春しているか』なんて、今時どんなドラマの熱血教師だって言わないよ。それに、そんなに簡単に答えを出せないし、自分でも分からない。僕の困った顔を見て、基は語り出した。


「学生時代ってさ、部活とか恋愛とかで、すげぇ悩んだり苦しんだりすると思うんだ。でも、俺、そういったの経験がねえんだよ……。お前はあるか?」


 いきなり振られて、僕はびっくりした。


「え、そうだな、僕も姉貴の手伝いとか勉強ばっかだったかも」


「そうなんだよ。俺ら、高二後半になっても青春してねぇんだよ!」


 僕の中でたった今、今まで基に持っていたイメージが見事に壊れた。不良が『青春』とか言うか? 意外と彼はロマンチストだったりするのか? 外見はヤンキーっぽい感じなのに、中身は熱血純情野郎。そんなギャップにも違和感を持った。


「それで考えたんだ。青春する方法。」


 怪しい。大体、青春に方法なんてないだろう。何を考えてるんだ、この男は。呆れつつも内容は少し気になる。


「その青春する方法とバンドと、何か関係があるの?」


「まぁな」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、僕に背を向けた。その瞬間、基は何かに気がついたのか、舌打ちをした。


「こんなところにもポスターが貼ってあるのかよ」


 その声が気になって、僕も基と同じ方向を見た。屋上のドアのところに、一枚のポスターが貼ってあった。この学校のホールで定例に行われるピアノコンサートの予告らしい。ピアノ演奏者はうちの学校の二年、西園寺那波ななみとか言うヤツだ。何でも国内・海外のコンクールで入賞していて、『ピアノの王子様』なんて週刊誌が騒ぎ立てるほどの人気者らしい。色素が薄いのか、黒というより茶っぽいサラサラした髪に、甘いマスクだ。これでピアノなんぞ弾いて愛でも語られたら、女性だったらイチコロかもしれない。


「気にいらねぇ」


 基はポスターの端を摘まむと、一気にビリッと破ってしまった。


「も、基くん、破るのはよくないよ」


「ああ、すまん」


 口では謝ってるけど、ポスターをぐちゃぐちゃに丸めて、隅っこに投げつけている。反省のそぶりはないらしい。


「ともかく、青春するために、俺とバンドしようぜ」


「だから、受験が……」


 さっきと同じようになだめようとすると、突然基がひとさし指を天に向けて言い放った。


「六月まで!」


「え…?」


「期限付きなら問題ないだろ。六月までバンドで青春を満喫。それ以降は受験。メリハリもついていいだろ」


「……しょうがないな」


 斜に構えていて実は熱血漢。青春バンドバカ・基三春。何でここまで『青春』というものにこだわるのだろう。そんな基にちょっと興味を持ったっていうのもあって、僕は渋々彼に付き合うことにした。


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