ちょっとだけ幸せになる魔法
街の裏道。
その片隅にエルフかっていうくらい耳の長い女が居た。
彼女はゲームから出てきたのかってくらい滑稽な格好をしていた。
「やぁやぁ、そこの道をゆく死にそうなお兄さん」
これまた現実じゃまず聞かないような呼びかけだ。
夜勤明けのふわふわした体ではどうにも夢か現か分からない。
そんな光景に捕らえられたかのように俺はエルフ女(仮称)の下へ寄る。
「兄さんって俺のことかい」
「そうそう。お兄さん。よくぞ来てくれた」
「何のようだい?」
「実はね。私は魔法が使えるんだ」
エルフ女の言葉に俺は呆れる。
令和の世の中でこんな言葉を聞くなんてな。
おまけにここ東京だぞ。
まぁ、そんなことを言い出したらこのエルフ女は何者なんだって話になるか……。
「へえ。じゃあ、見せてみろよ」
「いやいや。それがですね。私の魔法はサポート魔法。いわゆるバフ魔法なんですよ」
「続けて?」
「ありがとうございます。それで私のかけられる魔法はですね。あなたの人生を少し幸せにするってものなんです」
「そうかい。そりゃ、ありがたいね。それじゃ、さっそくかけてくれよ」
「お代は先払いです」
エルフ女の言葉なんて普段の俺なら絶対に聞かないだろう。
だが、今日の俺は夜勤明けだ。
夜勤手当も入って(正確には入る予定だ)懐も温かい。
「おらよ。もってけ」
気前よく一万円札を出すとエルフ女は軽く舌打ちをする。
少なかったか?
「紙切れはよくわかんないんで。硬貨でお願いします」
「硬貨なんて面倒だからあんましもってねえよ」
「それじゃ、この話はなかったことに……」
別にいいけど、なんか腹が立つな。
そう思って財布を見たが生憎入っているのは一万円より遥かに少ない。
「出すなら早く出してもらえませんかね。焼きたてのパンが売り切れちゃうんです」
エルフ女がちらりと見つめた場所には確かにパン屋さんがある。
「少ないけどいいのか?」
「いいんです。パンが買えれば」
「あいよ。ならこれだけだけど」
そう言って財布に入っていた741円を全部手渡すとエルフ女は露骨に嬉しそうな顔をしてお礼を言う。
「ありがとうございます! それじゃ、ちょちょいのちょいっと」
何やら指を右へ左へ動かしたと思えばエルフ女はそのままパン屋へ向かって走っていった。
こちらが何を言う間もない。
「何なんだ一体」
ぽつりと呟いて俺はそのまま帰路につき、そのままシャワーを浴びてすぐにベッドにダイブした。
見た光景は全て夢だったと思いながら。
*
「あっ!? やば!!」
翌朝、俺は悲鳴をあげて飛び起きる。
普段は7時には起きだしているのに、既に時刻は8時を少し回っていた。
完全に遅刻だ。
「やばいやばいやばい!!」
そう言いながら準備をしていたところ、ふと気づく。
「あ。今日、休みじゃん」
なんでそんなことを忘れていたのだろう?
「なんだ。休みじゃねえかよ」
呟きながら再びベッドにダイブだ。
「あー。良かった」
幸せな独り言と共に。
――妙なエルフ女の言っていた人生を少し幸せにする魔法。
その正体が『休みの日には必ず一瞬、今日が仕事だと勘違いする魔法』だったことに気づくのはもう少し先の話だ。
お読みいただきありがとうございました。
書いている内にエルフ女(仮称)の設定が色々浮かんできたので、その内また出てくるかもしれません。




