復活
(ん?美青年?)
熊井の目の前には、年齢にして18.19くらいの青年が顔を覗き込むようにして立っていた。長く、少し藍色がかっている髪の毛を耳の後ろあたりで束ね、切長の目と左目に着けているモノクル。初めて会った顔であるはずなのにどこかに見覚えがあるような、そんな顔である。すらりとした身長で、やや細身の体格をしており、立ち姿からどことなく気品が感じられる。タキシードのような黒い服を身につけており、両手には白いグローブのようなものをつけている。つまり、一般的に多くの人が想像するような『執事』のような格好をしている美青年であった。
(誰だっけ?どこかで見たことがあるような、、、?? いやいや、それよりもどういうことだ?なんで起きたら目の前に美青年が?つか、ここどこ?)
まだはっきりとしない意識の中で熊井が必死に考えていると、
「アザミナ様。復活おめでとうございます。私が誰かわかりますか?」
美青年が話しかけてくる。その顔は冷静を装いながらも、どこか興奮や喜びを隠しきれないと言わんばかりの表情である。問いかけながらもその口角は少し上がり気味だ。
(アザミナ?)
「ナルドリア、、、」
聞いたことのある名前を耳にしたことにより、目の前の青年の名前が不意に口から発せられる。それは反射にも似た感覚であった。頭の中では混乱しながらも咄嗟に出てきた言葉をそのまま口に出してしまったというようなことである。例えるならそう、学校で授業中に机に突っ伏しながら寝ていたら、不意に先生に叩き起こされ、寝ぼけながらその先生のことを「はい、ママ!」と叫んでしまった時のような。
(いや、そんな経験はないが)
「そうでございます!ナルドリア・シャドールでございます。」
ナルドリアと呼ばれた青年が満面の笑みを見せる。笑った顔は爽やかで、無垢な少年を想起させるような表情である。顔立ちはクール系の青年であるのに対する、このあどけなさは実に良いギャップを生んでいる。輝く宝石のような眩しさすら感じるその表情、熊井が男性でなければ思わず恋に落ちてしまっていただろう。いや、あるいは男性であっても、、、
(いやいやいや!そんなことを考えている場合じゃない!ナルドリア?ナルドリアだと!)
熊井は驚きのあまり声を出すことができない。自分でその名前を口に出しておきながら、自分の言葉と目の前の青年の存在が信じられずにいる。
ナルドリア・シャドール。熊井が先ほどまで執筆していた小説『勇者列伝』の登場人物。魔王に使える側近であり魔王の右腕と呼ばれる重臣である。ブラックコーヒー先生の作画により熊井が想定していたよりも若く美青年に描かれており(熊井はそれに関しては棚ぼただなと思っていた)、魔王軍の中でも若い女性の人気を一番に集めることとなった存在である。またビジュアルに加え、魔王の数多い部下の中でも魔王を最も崇拝しており、側近として魔王を支え続けながら、時に見せる魔族ならではの冷酷さが人気を博していた。そして、熊井が先ほど編集者さんに話していた魔王復活のために残した可能性、というのがこの青年の存在であったのだが、、、。
「ここは。」
目の前に自分が作り出したキャラクターがいて、なおかつそのキャラクターが喋っているという、理解できない状況に混乱しながらも、熊井は言葉を発する。
「ここは旧円卓の間でございます。」
横になっていた体勢から上半身を起こし、ぐるっと周りを眺める。円卓の間という名前ではあるが、その場所に円卓はない。壁には燭台が取り付けられており、そこに蝋燭の火がゆらめく。熊井はその部屋の扉から最も離れた位置の棺に横になっていたようだ。
「復活したてで混乱しておられるのですね。」
少しづつ思考がクリアになっていき、熊井は徐々に冷静さを取り戻す。そうなると熊井の中で数々の疑問が形になって現れてくる。
(アザミナ?復活?)
自分の目の前になぜかナルドリアがいるという衝撃で思考が回っていなかったが、先ほどからナルドリアが自分を呼ぶ時の呼び方が引っかかる。そもそも、架空のキャラクターであるはずのナルドリアが自分を呼んでいるということ自体がおかしいのだが。そして、それと同時に、ナルドリアが呼んでいる名前にも、あまりにも確かな覚えがあることを思い出す。そして、嫌な予感とそれを確かめなくてはいけないという思いを抱えながら、熊井は自分の体に視線を落とす。
「は?」
そこには本来存在するはずの熊井悠音の体はなかった。上半品は裸で胸の部分には赤く光る宝石のようなものが埋め込まれている。そして、左の脇腹には痛々しい傷の跡。何かの刃物で切られ、さらにその傷が焼けたような、それでも時間御経過とともに古くなったような、そんな傷跡である。熊井は驚き、続けて自分の腕を見る。形状は人間と同じでありながら、手の爪は鋭く伸び、家にこもっている熊井の腕ではあり得ないほど引き締まった筋肉質の腕をしている。続けてその腕で顔の造形を確認する。顎から頬へと徐々に手をそわせ、頭の上までくると、確かな違和感が右手に伝わる。硬くゴツゴツした手触りで、自身の側頭部に沿って生えている。誰がどう考えてもツノであった。
熊井は飛び起き、部屋の壁につけられていた、埃被った小さい鏡の前に立つ。鏡は手入れがされておらずくすんでいたが、それでも熊井が反射する自分の姿を認識するのには十分であった。
熊井の目に飛び込んできたのは、ブラックコーヒー先生が、今まで手がけてきたキャラクターの中でも屈指の出来栄えだと自信満々に語っていた『勇者列伝』の魔王。
「アザミナ・マグ・ジャウザー・・・。」
熊井は自分の目に映った存在の名前を発する。




