完璧な婚約者ですか? そんな人より私は地味な従者を愛しています ―after story―
こちらは後日譚となります。本作をお読みでない方は、↓
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〜①公爵家業務改善計画〜
「アルク、今月の『公爵家・感情ノイズ発生可能性評価シート』の分析結果ですが、社交シーズンに向けて、『夫人に対する公的発言の最小化』の項目を警戒レベル2に引き上げるべきですわ」
「ひゃい。リリアーナ様、わたくしも『社交界からの無作為な接触による精神的疲労リスク』の上昇を確認しています。わたくしの提言は『公爵家別邸の敷地内における公爵令嬢の動線最適化』であります」
結婚から半年。リリアーナとアルクの『終身伴侶業務』は、最高効率で機能している。
二人の住む公爵家別邸は、まるで最新鋭のオフィスのように機能する。
無駄な装飾品は撤去され、書類の保管場所はテーマ別に細分化。使用人の業務も『様式C:効率的な清掃手順』に基づき、完璧にマニュアル化されていた。
リリアーナは自らも公爵家の業務に深く関わり始めた。彼女は『感情安定剤』であるアルクがそばにいることで、前世で培った高い知性と冷静な判断力を、躊躇なく発揮できるようになった。
二人が最初に着手したのは、公爵家の財政の徹底的な透明化。
「お父様は無駄な『名誉的支出』が多すぎますわ」
リリアーナはアルクが作成したグラフ付きの報告書を見ながらため息をついた。
「特に『王室への過剰な献上品費用』が、我々の安定的な資産形成を妨げています」
アルクは丸メガネを押し上げ、静かに続ける。
「ひゃい。これらの献上品はディオン殿下への感情的な配慮に過ぎません。そこでわたくしは、『王室への献上品提出に関する費用対効果分析報告書』を作成いたしました。今後は献上品を『実用性の高い貴族院への影響力を高める文書』に切り替えることを推奨いたします」
リリアーナの指示とアルクの完璧な書類作成能力。 相性0%の夫婦は地味ながらも最強のタッグとして、公爵家を『感情に左右されない高効率な貴族組織』へと変貌させていった。
〜②周囲の視線と『地味な噂』の拡散〜
リリアーナとアルクの地味すぎる生活は、社交界で新たな噂を生んでいた。
当初は「悪役令嬢が冴えない従者を連れ、世捨て人になったとはな」という同情と嘲笑だったが、次第に噂は変わっていった。
「フォルティア公爵令嬢の別邸に入った者は、皆、書類の山で迎えられるらしい」
「あの夫婦は、夜会に出ない代わりに『領地改革に関する提言書』を提出し、国の政策を裏で動かしているらしい」
「リリアーナ様が着るドレスは『機能性、耐久性、コスト』の評価項目で選定されているそうだ。決して美しさなどではない」
そしてディオン殿下も、二人の地味な活躍に苛立ちを募らせていた。
ディオン殿下はリリアーナが去った後、ゲームのヒロインと婚約したが、情熱的な恋愛は現実的な公務を疎かにさせた。彼の側近である文官たちは次々と書類の不備を指摘され、疲弊していた。
ある日、ディオン殿下は公爵を呼び出し、怒りをぶつける。
「フォルティア公爵! リリアーナはなぜあんな地味な男を選んだのだ! 愛こそがこの世界を動かす力ではないのか!?」
フォルティア公爵は以前の興奮は消え、少しやつれた顔で答える。
「殿下……リリアーナから『公爵家・財務リスク評価報告書』という書類を受け取りまして。殿下への献上品を続けた場合、公爵家の存続確率が25%に低下すると試算されていました。私はただ、公爵家の業務を遂行したまででございます」
そして公爵は、ディオン殿下にアルクが作成した書類を手渡した。それは殿下の『近年の軽率な公務判断による国家への潜在的損失額』を、小数点以下にまで計算した詳細な報告書だった。
「そ、そんな馬鹿な! 感情を数値化するなど!」
ディオン殿下は愛という感情論で戦おうとしたが、冷徹な事務処理という、最も地味で強力な武器に完全に打ち負かされていた。
〜③愛の定義、そして業務の共有〜
二人の生活は常に書類と共にある。
夫婦の愛は感情の共有ではなく、業務の共有によって育まれる。
ある晩、リリアーナが書斎で、農地に水を供給するための用水路や貯水池などの計画書である、『公爵家領地の灌漑事業計画書』を作成していると、アルクが静かに紅茶を持ってきた。
「リリアーナ様、カフェイン過多による集中力低下リスクを防ぐため、ハーブティーを推奨します」
「ありがとう、アルク。完璧ですわ」
リリアーナは紅茶を受け取ると、アルクの丸メガネを外してあげた。
「アルク、最近あなたの『疲労蓄積指数』が、警戒レベル1に上昇しています。休息を取るべきですわ」
それは、リリアーナがアルク専用に開発したチェックシートによるものだった。
アルクは地味な表情を崩さず、しかし心からの感謝を込めて口を開く。
「ひゃい、リリアーナ様。あなたの『業務パートナーの健康管理』に対する厳密なリスクヘッジに、心から感謝します。わたくしにとって、この『業務上の気遣い』こそが最高の愛の形であります」
「ええ、わたくしもよ、アルク」
リリアーナはアルクに静かにキスをした。それは、あなたの業務遂行能力を心から信頼していますという、最も事務的で最も深い愛の表現。
リリアーナは、ふと、アルクの過去について尋ねる。
「あなたはなぜそこまで『地味さ』を追求したのですか? あなたの能力なら、もっと華やかな道を選べたはずですわ」
アルクは静かに答える
「ひゃい。わたくしの父は感情に流され、大きな失敗をしました。わたくしは地味で目立たない存在こそが、最も安全で最も長く業務を遂行できるという『個人リスクマネジメント規定』を策定しました。しかし、リリアーナ様。あなたと出会って、わたくしの規定は少し変わりました」
「変わった、ですって?」
「ひゃい、『最高の業務パートナーと組むことで、リスクを負わずに最大級の安定を得る』。これが、わたくしが更新した新しい規定であります」
アルクにとって、リリアーナとの結婚は人生最大の地味な成功だった。
〜④新規業務発生と新たな課題〜
そんな平穏な日々の中、予期せぬ新規業務が発生した。
――リリアーナの妊娠だった。
「アルク! 大変ですわ! 『次世代後継者の育成と、それに伴う公爵家の業務継続性に関するリスク』が、突如として発生してしまいましたわ!」
リリアーナは喜びよりも、未曾有の事態に直面し、興奮していた。
アルクも、丸メガネを何度も押し上げる。
「ひゃい、『育児に関する規定書』は、わたくしの『規定データベース』にはございません。至急、『新規業務:次世代後継者育成に関する暫定マニュアル』を作成します」
二人は『赤子の誕生』という人生最大のイベントを『公爵家の後継者育成業務』として捉えた。
• 課題1: 感情的な愛による、後継者の甘やかしリスクをいかに排除するか。
• 課題2: 育児によるリリアーナ様の業務遂行時間の低下を、いかに防ぐか。
二人は夜を徹して育児マニュアルを作成した。
『後継者への愛情表現は一日三回、規定時間内に行う』
『感情的な叱責は禁止。指導は明確な理由と改善のための提案を文書で示すこと』
そして生まれた子供は、ルークと名付けられた。
ルークは書類の匂いがする部屋で育ったためか、感情豊かというより、非常に冷静で早い時期から書類整理に興味を示した。まるで小さなアルクのような子供に育っていく。
ある日、ルークが泣き出した。
リリアーナは慌てず、マニュアルを取り出す。
「ルーク、『体調不良の報告は泣き声ではなく、明確な単語で報告すること』と、マニュアルに記載されていますわ」
小さなルークは涙を拭き、地味な表情で、「ひゃい……ミルク……不足……」と、答えた。
アルクは感動で震えた。
「リリアーナ様『マニュアルに基づく後継者の育成』、パーフェクトであります」
二人の愛は、次世代にも地味で確かな秩序として受け継がれていくのだった。
〜完〜
これにて完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございました〜
現在連載中の『断罪の聖女は元女子高生 〜バッドエンド回避より逆ハーレム回避が大変なんです〜』
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他にも悪役令嬢を主役とした、異世界事務処理系ラブコメ(適当)を執筆中ですので、見かけるときがありましたら、よろしくお願いします( ´∀`)ノ
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それではまた( ´∀`)ノ




