1.追放された聖女(仮)様
飲酒は16歳からの世界観
その日、ある少女が学び舎から追放された。
その国で聖女は平和の象徴だった。
聖なる力を持ち、ただひたすらに品行方正に生活している聖女候補達。
聖女は聖女候補の中から選ばれ、聖女の称号が与えられた少女は3年間聖女の役割を全うした後、
王族の妻として迎え入れられることが慣習だった。
言うなれば聖女として活動する期間が王族の妻になるためのマナー教育だった。
そのため、聖女を目指す聖女候補達は貴族の令嬢が数多く、平民の立場で聖女候補となることは稀だった。
聖女候補になるには、幾つか条件がある。
一つ、聖女が任命された年に14歳を迎えること。
聖女に任命される年齢は17歳、聖女の役割を終える年齢が20歳、となるためその年に生まれた令嬢は己の運の良さを喜んだ。
一つ、聖女候補になり得る少女は、一つの学び舎に在籍すること。
数多くいる女生徒の中から選ばれた特に力の強い聖女候補は常に10名存在していた。
その10名に選ばれるために彼女達は日々切磋琢磨していた。
全国の14歳の少女に資格があるが、学び舎に在籍できる少女が常に高位貴族ばかりでは不満も溜まる。
聖女に選ばれなくても平民が学び舎に入ればマナー教育が受けられるため、平民出身の少女たちは貴族の侍女として働く道を夢見て学び舎の門をくぐった。
多くの少女たちは、唯一の聖女を目指すよりは、とマナー教育を受け、学び舎で培った人脈を駆使していい職場に巡り合うための準備期間と割り切っていた。
そして、その学び舎はいつしか高位貴族の家への就職や文官として宮仕えを希望する低位貴族の三男、四男や、聖女の護衛騎士の育成を担うコースが設けられ、護衛騎士にはなれなくても騎士団への就職が有利になると有名な、ある種の職業訓練校となっていた。
貴族はそれなりの、平民は収入にあった学費を払い、それぞれ学び舎の運用に充てられていた。
そして最後の条件は、品行方正であること。
他の聖女候補を妬んだり、陥れようと嫌がらせを行ったものは高位貴族であっても即時聖女候補、学び舎在籍の資格を剝奪される。
不思議なことに、聖女候補として研ぎ澄ませていた力も消えてしまうため、暗黙のルールとしてそのようなことをする少女は殆どいなかった。
中には候補生を導く教師を買収する高位貴族も存在した。
刺繍などは高位貴族の嗜みとしてそれなりの腕前の少女達が多かったが、甲乙つけがたい刺繡を評価する際に少し甘く評価する、程度であれば目溢しはされていた。
評価を甘くしたところで実際誰が聖女に選ばれるのか、最終選考については歴代聖女も王族も口を噤んでいたため誰も知らなかった。
ただ学び舎での成績で箔をつけたい、という貴族の見栄を少し満足させるためだ。
買収された教師は貴族からの賄賂を学び舎に寄付し、それは全て国王に報告されていた。
領地の収入に見合った金額ならばよし。明らかに領地の収入にそぐわない金額であれば密かに調査が入る。
王族と言う餌を撒いて一部の不正を密かに叩くための試金石になっていた。
王家に忠誠を誓い、王家に背く不穏の芽を先に摘むべく暗躍している教師がいることを生徒達は知らなかった。
そんな中、追放された少女は聖女任命が決まっていたが、珍しく平民の出身だった。
聖女任命が決まっていたにも関わらず彼女が追放された理由―。
王子が平民と結婚したくない、と言ったから、という事実はきっかけに過ぎないということは皆が沈黙した。
王族と婚姻をするのはあくまで慣習で、絶対そうしなければいけない、ということはなかった。
たまたま、王子の世代に適齢期の王族男性が少なかったため、王子は聖女と結婚しなければならないと思い込んでいた。
王族がいなければ王族の血を引く公爵家の次男三男が新しく家を興す道もあったが、そこに考えが至らなかった。
そもそも聖女には、任期明けに婚約する予定の騎士がいたにも関わらず、王子はそれを知らずに独断で決めてしまった。
「オフィーリア、清廉潔白な人柄が求められる聖女候補でありながら他の候補の私物を捨てるとは清廉潔白とは言い難い。
聖女候補としては失格だろう。身の振り方を考えたまえ」
「……はい?」
王子の後ろには宰相子息が必死に王子を止めようとしていたが王子は聞く耳を持たなかった。
止められそうな騎士団長の息子は予め用事を言いつけられその場にいなかった。
「エルンスト様、それは余りにも横暴ですわ。証拠も提示せず、オフィーリア様のお話も聞かずにそんなことを仰るなんて…!」
公爵令嬢が王子を窘めるがそれすら王子は聞く気配はなかった。
こうして、あまりに愚かしい王子の宣言は黙殺されるかと思えた、が、このオフィーリア、短気がすぎるため我慢を覚えてこい、と言わんばかりに両親に放り込まれた少女だった。
穏やかなご令嬢達にもっと早く歩けないのか、等思うところはあったが、基本的におっとりした淑女達だったためオフィーリアの本性が表面化することはなかったのだが…。
「身の振り方はたった今決まりました。こんな男が治める国はお先真っ暗かとは存じますが、私にも婚約者候補がおりますので!王子ではない婚約者候補がおりますので!」
突然の大きな声にエルンスト達が呆気にとられている隙に、オフィーリアは力任せに扉を開けた。
―そこには、オフィーリアの婚約者候補であるミシェルが立ち竦んでいた。
お互い平民で、次代の聖女が選ばれたら結婚しよう、と口約束ではあったが言い交していた。
きっとオフィーリアを責めるエルンストの声も、それを窘める公爵令嬢の声も、オフィーリアの声も聞こえていたはずだ。
それが、ここに立っているだけということは―。
「っんの、甲斐性なしがぁぁぁ!」
近所のいじめっ子たちを軒並み返り討ちにしたオフィーリアの拳は健在だった。
権力に怖気付いた騎士は辛うじて意識は保っていたが暫く蹲っていた。
その日、ある少女が学び舎を追放された。
聖女任命前日の出来事である。
詳細は語られなかったが、聖女候補は品行方正でなくてはならない。
その不文律が破られたため、と告示された。
新聖女の任命は1週間延期され、王子を諌めた公爵令嬢が聖女となった。
エルンストは国王に過ちを淡々と、理詰めで矛盾点を泣くまで責められ、
宰相の息子は宰相に何故止められなかったのか、と原因と対策を何通りも分析させられ、
騎士団長の息子は立ち上がれなくなるまで新人騎士と共に素振りを命じられた。
聖女となった公爵令嬢はいなくなったオフィーリアを必死に探したが実家にも帰っておらず落ち込んでいた。
ある平民出身の騎士は頬の腫れが引くまで休暇を与えられていたが、腫れが引いたのは3日後だった。
そして、学び舎を出た平民の元聖女候補は―。
うらぶれた酒場で浴びるように飲んでいた。
1.終
ご覧いただきありがとうございます。
以下上場人物覚書、各話にもかかってくるかもしれない
オフィーリア:17 歳。聖女の内示は受けていた。亜麻色の髪と瞳
ミシェル:19歳。オフィーリアの婚約者候補。正式な婚約は聖女の役目が終わったら。栗色の髪と目
王子:エルンスト 16歳。好きでもないのに結婚なんて嫌だの拗らせ思春期。普通体系。凡人。
宰相息子:セシル16歳。必死に止めようとして止められなかった。頭はいいが力がなさすぎるし声も小さい。細身。重い扉があけられなくてよく自主的に閉じ込められている。ドアストッパー開発者愛してる。
騎士団長息子:レオン 16歳。言いつけられた用事を疑問に思ったが任務遂行。父親にもっと考えろと言われたが素振りをやらされるあたりお察し。筋肉質。ドアが軽すぎてよく壊す。全部屋鉄の扉になればいい。
公爵令嬢:エリザベータ 17歳。出来の悪い従弟がいた、と遠い目になった常識人。オフィーリアとは友達。婚約者との結婚が延期されたためエルンストを扇子で引っ叩いた。