しごできメイド長『久しぶりに長期休暇をいただいたので実家に帰省したのですが、どうしてココにご主人様がいらっしゃるのですか? え? 旅行?』
「――――どうしてココにご主人様がいらっしゃるのですか?」
「ん?」
ご主人様が嘘くさい笑顔で首を傾げて、エアリーウェーブな金色の髪をふわりと揺らしていました。
◆◆◆◆◆
幼いころから、機敏に動きどんな仕事もこなすメイドという職業に憧れていました。
両親に頼み込み、メイド育成校に入れてもらい、見事首席卒業。
上級貴族へのコネクションが強い育成校のおかげで、数多くある貴族の中でも抜きん出て有名かつ、優良な職場のエインズレイ侯爵家に就職することが出来ました。
一三歳から住み込みで働き始めたエインズレイ侯爵家には、私の五歳年上の次期侯爵様がいらっしゃいました。初めの頃は侍女見習いをしましたが、独り立ちしてからは、その次期侯爵様の侍女をしたりと、充実した毎日を過ごしました。
そして、次期侯爵様が爵位を受け継いだ五年前、爵位継承とともに使用人たちの大幅入れ替えがあり、メイド長に抜擢していただけました。
そうして、気付けば二五歳。両親には手紙を出していましたし、王都に来ると連絡があれば顔を出し、僅かではありますが家族の時間を持つようにもしていました。
先日届いた母の手紙に『一二年も帰って来ていない、他の家族や使用人たちも会いたがっている、ケインも会いたがっている、たまには帰って来ないか』といった旨が書いてありました。
「うーん。ケインには会いたいのよねぇ」
休憩時間に庭園でバラの剪定をしつつ独り言ちていましたら、ご主人様が後ろから覆いかぶさるようにして左肩に顎を乗せてこられました。
「休憩時間にまた働いているのか、メレディス」
「ご主人様!?」
「おっと……」
驚いて振り返った瞬間、ご主人様に右手首をパシリと掴まれて、ホッとしました。剪定バサミでご主人様を傷付けてしまうところでした。
「休憩時間はちゃんと休憩しろよ」
「これは趣味ですので」
エインズレイ侯爵家に来てすぐのころ、実家に咲いていた薔薇と同じ品種だったことから、懐かしくて休憩時間のたびに見に行っていましたら、庭師から手入れしてみるかと言われました。それ以来、この薔薇だけは庭師と私が共同で育成しているのです。
「仕事の一部でいいとずっと言っているのに。メレディスは頑固だな」
「ご主人様」
「ん?」
「そろそろ手を解放していただけますでしょうか?」
「んー、はいはい」
なぜか仕方なさそうに返事されました。意味がわかりませんが、ご主人様にツッコミは出来ませんので感謝を述べるにとどめました。
「ところで、ケインとはどんなヤツだ?」
「はい?」
「ケインに会いたいと言っていたろう?」
聞かれていたのですね。
幼いころ、一人娘の私が淋しくないようにとゴールデン・レトリバーの子犬をプレゼントしてくれました。それ以来、ケインは私の大切な友達です。
最近は体調が悪いと聞いていましたから、凄く心配だったんですよね。
「ええ。幼いころはとても元気な子で、毎日一緒に遊んでは疲れ果てて一緒のベッドで寝ていました。あ、見た目はご主人に少し似てます。ケインとは姉弟のような関係でした。最近病気がちらしくて、会って抱きしめてあげたいんですが……」
ただ、メイド長という責任ある仕事を任せてもらっていますので、そんな理由で仕事に穴を開けたくないのですよね。
そんな気持ちの間で揺れ動いてしまい、この数日ずっと決めかねていました。
「……メレディスはずっと休暇をとっていなかったろう? たまには実家に戻るといい」
「ですが」
「部下を信じろ。メレディスがしっかり教育しているだろう?」
「そう、ですが……」
そういう方向から攻め込まれると、とても弱いです。
「それとも、私のことが気になって離れられないか?」
「いえ、それはございませんが」
「…………そういうとこだぞ?」
「何がでしょう?」
「何でもない。鈍感め」
なぜか鈍感と言われてしまいました。仕事の手際においては、誰よりも効率よく素早いと自負していますが、ご主人様が言っているのはそれとは違う意味のような気がします。
「一ヵ月くらいは大丈夫だろ…………メレディス、たまには親孝行してこい。戻ったらもっと働いてもらう。これは決定事項だ。いいな?」
「っ、はい。ありがとう存じます」
「ん」
◇◇◇◇◇
ご主人様に休暇の許可をもらい、汽車のチケットを購入して実家に戻ることにしました。
各駅停車の寝台付き汽車に揺られて二日。
ヘトヘトで実家の玄関を潜り、リビンクルームに向かうと、そこには途轍もなく見覚えのあるお方。
「――――どうしてココにご主人様がいらっしゃるのですか?」
「ん? おかえり」
「………………久しぶりに長期休暇をいただいたので実家に帰省したのですが、どうしてココにご主人様がいらっしゃるのですか?」
「旅行だ!」
「え? 旅行? 旅行とは?」
コイツ、涼しい顔で何を言ってやがるんだ……と、主人に対して随分と酷い感想になってしまいましたが、ご主人様のせいなのでいいかなと思うことにしました。
「ん? 旅行は、居所を離れて他の土地へ出かけること全般を指すから、これは旅行だ」
「なるほど?」
ドヤ顔で言われても意味が分かりません。
ご主人様が嘘くさい笑顔で首を傾げて、エアリーウェーブな金色の髪をふわりと揺らしていました。
軽くイラッとしました。
ご主人は、自分の見た目が良いことを理解し、こういう仕草をされます。
側でずっと見てきたので、そういった誤魔化しの笑顔はすぐに分かってしまいます。そして、言い寄ってくるご令嬢たちに取る態度と同じようなものをこちらに向けてこられたのにも、イラッとしました。
たぶん、それが顔に出てしまったのでしょう。ご主人様がスッと真顔に戻られました。
「すまん。怒らせるつもりはなかった、と言っても信用してもらえなさそうだな」
「…………そう、ですね」
ポロリと本音が口からこぼれ落ちてハッとしました。ここは実家で気が緩んでしまっていました。目の前にいるのは『ご主人様』なのです。私が仕える相手。いつ何時であろうとも、傅くべき相手です。
「っ! 大変失礼いたしました。ご主人様の行動に対して私が何か言える立場ではござ――――」
「その考え方は止めろと何度言えばいい? 育成校の教育は古臭すぎる」
そんなことを言われても、メイド育成校で習ったことが私の基礎なのですが。
「ハァ……メレディス、長旅で疲れているだろうが、少し散歩しないか?」
「はい」
ご主人様の視線の先には、オロオロとするばかりの私の両親がいました。
しがない伯爵家に、建国時から存在している侯爵家当主がいて、その方と自分の娘が言い合いのようなものをしているのだから仕方ないかもしれませんが。
ご主人様は両親を気遣ってそう言ってくださったのでしょう。
荷物を置き、両親に帰宅の挨拶をしてご主人様と少し街に出かけてくると伝えると、母がオロオロとしながら「ケインが……」と言いかけましたが、父がそれを止めていました。
「でも、貴方」
「お母様、ケインがどうしたんですか?」
「メレディス、侯爵様がお待ちだから、なっ?」
父のその言葉と、母の曇った顔に、妙な焦りを覚えました。母を問い詰めると、今朝方また体調を崩したため病院に入院している。覚悟はしておくようにと言われた、とのことでした。
「コーディス先生のところですか?」
「ええ」
「すぐ向かいます」
「メレディス! 優先すべきことは何か考えなさい」
父の強い言葉にビクリと身体が震えました。ここにはご主人様がいて、私は彼の使用人で、優先すべきことは……分かりきってはいるのです。頭では。
でも、心が悲鳴を上げているのです。ケインの側にいたいと。
「伯爵、メレディス、今回においては全面的に私が悪い。ケイン氏を優先しなさい」
「っ、ありがとうございます」
荷物を置きバタバタと家から飛び出したのですが、なぜかご主人様がついてきます。家から病院は近いのかと聞かれ、走って三分ほどだと答えると、ではそのまま走ろうと言ってくださいました。
「なんだその目は。手助け出来ることがあるかもしれないから、ついていくぞ?」
「はい、ありがとうございます」
息を切らし病院に到着したのですが、ご主人様が隣で「動物、病院?」と首を傾げていました。犬を預けるのなら動物病院でしょうに。
「コーディス先生!」
「……おっ、メレディスちゃんか! 随分と大人になったのぉ。ケイン坊のことか?」
「はい」
「もう二〇歳じゃからのぉ。随分と長生きはしとるが、目もあまり見えとらんし、食欲もないんでな、少し動いただけで倒れてしまうんじゃよ」
点滴はしたが効果はほぼ無く、もう限界だろうとのことでした。
「……会ってもいいですか」
「うむ、会っておやりなさい」
先生に案内され犬用の病室に入ると、部屋の隅で小さく丸まって眠るケインがいました。痩せ細り毛艶も悪くはなっていましたが、私の大切な金色の弟を見間違えるわけがありません。
「ケイン」
小さくそう呟くと、ヒョコッと首を上げこちらを向いてくれました。
「ケイン、ただいま!」
ケインに駆け寄り抱きしめると、頑張って立ち上がろうとしたので、横になるよう身体を撫でると、少し動いて私の膝の上に頭を預けてクゥンと鳴きました。
「ごめんね、寂しかったね。ずっと会いに来てあげられなくてごめんね」
「わふっ!」
まるで怒ってないよ、とでも言っているかのように一鳴きしたあと、私の手をペロペロと舐め、鼻筋を擦り寄せてくれました。撫でて欲しいときの癖です。
「うん、いっぱい撫でるね」
「……クゥゥゥン」
何十分経ったか分かりませんでした。離れがたくて、ただ浅い息で眠っているのか起きているのか分からないケインをずっと撫で続けていたら、少しだけ顔を上げて「わふぅ」と何かを呟くように鳴いたあと目を瞑り、すぐに永い永い眠りについてしまいました。
「ずっとメレディスを待ってくれていたんだな」
「っ…………は……ぃ」
「いい男だな、ケインは」
「はい、私の大切な弟でした」
「メレディス、泣きたいんだろう? 泣け」
「っ…………ぅぅ」
ずっと部屋の隅で壁に寄りかかって待っていてくれたご主人様が、私たちの横に座って私たちごと抱きしめてくださいました。
「ご主人様」
「ん?」
「ありがとうございました」
「ん」
裏庭にケイン埋葬したのですが、最後までご主人様が手伝ってくれました。
「ところで、わが家には何の用だったのですか?」
「…………そういうとこだぞ?」
「何がですか」
ご主人様のツッコミの意味が分からず、ジッと見つめて答えを待っていましたら、どデカい溜め息を吐き出されてしまいました。
「メレディスは、いつもそうやって私から目を逸らさないよな」
「はい?」
「そうやって聞かれると、本心を話さねばならないなと思わされる」
「…………話された覚えはないですが?」
いつも舞い落ちる木の葉のように、ふわふわヒラヒラと掴みどころのないご主人様という認識なのですが。
「あそこに座らないか?」
裏庭のベンチを指さされ了承しました。
隣り合って座ると、ご主人様が足を組みこちらに身体を向けました。自ずと私もご主人様の方に身体を向けましたら、ご主人様が珍しくふわりと柔らかな笑みを浮かべられました。いつもの似非臭い笑みではないやつです。
「メレディスには男の影がないと思っていたが、そうでもなさそうだったから…………男の顔を拝みにきた」
「は?」
意味側からなさすぎて、ちょっと失礼な返事になってしまいました。男の影とは? 婚約者とかですか? そんなものいませんけど。
「……………………ケインが、そうだと思ったんだよ」
「犬ですが」
「言っとくが、お前っ、ケインのことを聞いたときに、一言も犬って言わなかったからな!?」
「あれ?」
ちょっとそこは覚えていませんが、それで結局はなんで来たんですかね? 意味が分かりません。素直にそう伝えると、またもや溜め息を吐かれてしまいました。
「そういう鈍感なとこも気に入ってはいるが。もう少し察してくれよ…………」
「何をでしょうか」
「え、なにこれ。こんなに脈ナシ感ありなのか? これいける? ここまできて無理とかあるオチか?」
「えっと、誰に話しかけてるんですか?」
キョロキョロとあたりを見回しましたが、私たちしかいないようでした。
「独り言だよ!」
「でっかいですね……」
「メレディス、お前にはどストレートに言うしかないというのは理解した」
ご主人様がいつもより低い声でそう言うと、私の両頬を包み込みました。
「メレディス、愛してる」
「…………っ、えっ!? なっ!? あっ……」
はじめに来たのは『あいしてる』というよくわからない音としての言葉。次に『愛してる』という文字としての言葉。最後に、それが誰に向けられているのかを理解して、顔が驚くほどに熱くなりました。
顔を、視線を逸らしたいのに、頬が包まれていて、それが出来ません。
「メレディス、ずっと好きだった。幼く淡い恋は、ちょっと拗らせた愛になってるが、愛は愛だ。ちなみに、逃がさん。私はメレディスに好かれていると認識してるからな」
「っ…………まだ何も言ってませんが」
「顔が言ってる。貴族の空気の読み合いをなめるなよ」
よくわからないドヤでしたが、それもちょっと格好良いとかは思ってしまっています。
「それから、あと五秒以内に私を殴らないと、唇を奪うからぬぐあっ!? ……………………顔面をグーパンするなよ」
「自分が殴れって!」
「んはははは」
なぜかご主人様がお腹を抱えて大きな声で笑い出しました。ちょっと涙目なのは、笑いすぎの方ですかね?
「メレディス、室内に戻ったら覚悟しておけよ? 箍は既に外れているからな?」
「すみません、本当に、ちょっと意味がわからないんですが…………あの、生まれてきそうな愛を暴走して潰すのやめてくれません!?」
ちょっと良いなと思うと、ご主人様はすぐ暴走します。ケインのこともそうですし、今も…………なんかもうちょっと素直に伝えてくれたら、ドキドキしたり、ふわわわわわって恋心が溢れたりしそうな雰囲気はあったのに。
「慣れろ」
「無茶な…………」
ご主人様の『慣れろ』という言葉通り、このあともご主人様の暴走は幾度となく続き、それを必死で抑え込んでいましたら、侯爵家の使用人たちから「しごできメイド長しかご主人様は支えられません! ぜひ、嫁入りを!」とか言われるようになってしまいました。
―― おわり ――
読んでいただきありがとうございます!
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こちらのタイトルは、『ちむちー』さんからいただきました☆
ちむちーさんの長編作品は…………あのあれ、好みがね分かれるけど(褒めてる)
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