07 家の味
現在の時刻は19時。
僕はようやく、ひと通りのメニューを完成させた。
「ひーちゃん、料理できたよー」
「お疲れー」
僕は完成した料理をテーブルに並べていく。
本日のメニューは事前に言ったとおり、肉じゃがとだし巻き卵。
それに、つけ合わせとしてほうれん草の胡麻和えと揚げ出し豆腐を用意した。
あとは、味付けのり、白ごはん、ワカメの味噌汁といった感じだ。
見ての通り、完全な和のメニューである。
ひーちゃんは海外生活が長かったから、和食が恋しいかと思い、ひーちゃんの好きな和食を中心に、こんな献立にしてみたのだ。
「わっ! すごく美味しそう!」
テーブルに並べた料理を見て、ひーちゃんが感嘆の声をあげてくれる。
「はは、ありがとう。じゃあ冷めないうちに食べよっか?」
「うん、そうしよう! もうお腹ぺこぺこだし」
僕とひーちゃんは向かい合って椅子に座り、手を合わせる。そして――
「「いただきます」」
一緒に「いただきます」を言って、夕食を食べ始めた。
ひーちゃんはまず、肉じゃがに箸を伸ばす。
肉とジャガイモを取り、口へと運んだ。
そして、
「……おいしい!」
口に入れた瞬間、顔をぱっと明るくさせて、開口一番にそう言ってくれた。
うまく作れた自信はあったけど、実際に食べてもらって「おいしい」と言ってもらえたことで、僕はほっとする。
「よかった。第一声が『おいしい』で」
「このジャガイモ、すっごくホクホクしてる。……時期的に新じゃがじゃないよね?」
驚き混じりに首をかしげるひーちゃんに、僕は少し得意げに答える。
「うん。それはメークインじゃなくて、男爵を使ってるんだ。男爵はメークインと違ってホクホクになるんだよ。ひーちゃん、たしか肉じゃがはしっとり系より、ホクホク系の方が好きだったよね?」
昔の記憶から、ひーちゃんがホクホクのイモが好きなのは知っていた。
煮崩れしやすい男爵で崩れずに仕上げるのは難しいけれど、火加減と煮込み時間を調整して、丁寧に作った。全部、ひーちゃんに美味しく食べてほしくて。
それを聞いたひーちゃんは、ちょっと驚いた顔を見せた。
「……たけくん、覚えてたんだ」
「まあね。それと、こっちのだし巻き卵も食べてみて」
「? うん、わかった」
ひーちゃんは僕に促されて、だし巻き卵を一口食べる。
そして、すぐに驚いた表情を見せる。
その顔を見て、僕は内心でやったと思う。
「たけくん、これって……」
「気づいた? それ、ひーちゃんの実家のだし巻き卵の味でしょ?」
そう。
このだし巻き卵は、星月家の味を再現したものなのである。
ひーちゃんはだし巻き卵が好きだけど、特に叔母さんが作る味が大のお気に入りだった。
僕がそのことを知っているのは、単純に昔からよく星月家の食卓にお邪魔させてもらっていたから。
叔母さんのだし巻き卵を食べたときの、ひーちゃんの幸せそうな顔は、今でもはっきり覚えている。
「えっ、でも……たけくんがどうして?」
ひーちゃんが戸惑ったように僕を見る。
無理もない。ひーちゃんの実家の味を、僕が再現して出したのだから。
「実は叔母さんに電話して、作り方を教えてもらったんだ。どうせならひーちゃんが一番好きなだし巻き卵を食べてほしいって思って」
僕とひーちゃんは家族ぐるみの付き合いなのだ。
当然、叔母さんのこともよく知っていて、子どもの頃から僕のことを可愛がってくれていた。
だから連絡先も交換していて、今でもたまに近況報告をする間柄だ。
今回、事情を話すと、叔母さんは喜んで、丁寧にレシピを教えてくれた。
「出汁に加えて砂糖を少し多めに入れて、甘めの味に仕上げる。そして、食感はふわふわじゃなくて、少し硬め……。ちゃんと再現できてたらいいんだけど」
ちゃんと作れたか気になり、僕はひーちゃんの顔を見ると、ひーちゃんは、目を潤ませながら、静かに首を縦に振っていた。
「うん……。お家でよく食べてた、懐かしい味。まさか、この味を食べられるなんて思わなかった……。たけくん、本当にありがとう」
その声には、込み上げる感情がにじんでいた。
「どういたしまして。ひーちゃんがそんなふうに言ってくれるなら、僕も作ったかいがあったよ」
まさか、涙を浮かべるほど、喜んでくれるとは。
小さなサプライズのつもりであったが、ひーちゃんが予想以上に喜んでくれて、僕は作ってよかったと、心から思うのであった。
そのあとも僕たちは、ゆっくりと会話を楽しみながら、夕飯を食べ進めていった。
ひーちゃんは一口ごとに幸せそうな顔をして、僕もそれを見ているだけで嬉しくなる。
やがて、ふとした会話の流れで、ひーちゃんがぽつりとつぶやいた。
「ホント、久しぶりだなぁ……こうやって、たけくんと一緒にご飯食べるの」
その声には、懐かしさと少しの寂しさ、そして何より嬉しさがにじんでいた。
「そうだね。僕もまた、こうして一緒に食べられて、嬉しいよ」
「……ホントにぃ?」
ひーちゃんは、少し唇を尖らせながら、冗談めかした声でそう言った。けれどその瞳は、どこか不安そうに揺れていて──まるで、僕の気持ちを確かめようとするかのようである。
僕はそんなひーちゃんの目をしっかりと見て、真っ直ぐに答えた。
「もちろん。ひーちゃんが海外に行って、今まで、普通にあった、一緒にご飯を食べる時間がなくなって、けっこう寂しかったんだよ。」
SNSで常に繋がってはいたが、それでも、メールや通話では補えない、大事な時間が存在する。
その一つが、この一緒にご飯を食べる時間であった。
今まで当たり前にあったものが当たり前でなくなる。
それはひーちゃんがいなくなって、初めて気付いた事であった。
〝ひーちゃんがいなくて寂しかった。〟
僕はそんな、ずっと心にあった正直な気持ちを伝える。
僕の言葉を聞いたひーちゃんは、目をぱちりと開き、そして少し照れたように、でも心から嬉しそうに笑った。
「……私も、凄く寂しかった!だから今、こうして一緒にいられるのが……すごく嬉しい」
そう言って、ひーちゃんは、はにかんだ。
その笑顔を見て、僕は思う。
──やっぱり、ひーちゃんも同じ気持ちだったんだ。と、
僕だけが寂しかったのではない。
ひーちゃんも同じ気持ちでいてくれたのだと言う事に、僕は心の中があたたかく満たされていくのを感じる。
そして。
その感傷にも似た嬉しい気持ちとはまた別に──僕は、はにかみながら笑うひーちゃんに、不覚にも、少しドキッとしてしまったのだが、その気持ちはそっと胸に隠すのであった。
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