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世界的女優と幼馴染な僕  作者: 河蛙
5/32

05 自宅

 現在の時刻は18時15分。


 僕たちはようやく、僕が今、暮らしているマンションに到着した。

 

 「着いたよ。ここが、今僕が住んでるマンションだよ」


 「へー、ここなんだ。綺麗なマンションだね。それに、このあたりじゃ、一番階数が高いんじゃない?」


 「うん。まだ建って五年くらいの高層マンションだからね。……まぁ、僕が借りてるのは一階の部屋だけど」


 この建物は築五年と比較的新しい高層マンションであり、僕が住んでいるのはその一階の一室であった。


 「いいじゃん。私、上の階より一階の方が好きだよ」


 「あ、やっぱり? ひーちゃんもそう思うんだ」


 「うん。上の階って、確かに見晴らしはいいけど……景色なんて、毎日見てたら、そのうち飽きると思うんだよね。それだったら、仕事で疲れて帰ってきたときに、すぐ自宅に入れる一階の方が、私は好きかなーって」


 「僕も同じ意見。花より団子っていうか、長く住むなら効率重視かな。それに一階なら、新社会人の僕でも家賃がまだ優しいし」


 「そこ、大きいよね。基本的にマンションって、上に行くほど家賃が高くなるし。景観にこだわらないなら、一階って意外とアリだと思う。私も今住んでるビル、一階の部屋を借りてるし」


 「あ、そうなんだ」


 ひーちゃんが自分と同じ意見を持っていると知って、嬉しくなる。

 女優として大成功し、経済的にも恵まれているひーちゃんは、高層マンションの最上階とかに住んでいるものと、勝手に思い込んでいた。


 だが、必ずしもお金持ちが上階に住んでいるとは限らないらしい。


 寧ろ、沢山のお金を所有するくらいに忙しい立場だからこそ、移動の効率を重視して、一階を選んでいるのかもしれない。


 そういえば、以前読んだ本に「多くの成功者がこの世で最も欲するものはお金ではなく時間である。」と書かれてあったし。


 ひーちゃんほど多忙だと、景観などは二の次。利便性こそが重要なのだろう。


 僕とひーちゃんは、マンションのオートロックを抜けて中へと入る。

 そしていつものように、僕は部屋の鍵を開け、帰宅した。


 「ただいま」


 一人暮らしとはいえ、実家にいた頃の習慣が抜けず、玄関先で自然と声が出る。


 その背後から、ひーちゃんも続いて中へ入ってきた。


 「お邪魔しまーす」


 僕の部屋は、玄関を上がってすぐの位置にリビングがある構造だ。

 扉を閉める間もなく、ひーちゃんの感嘆の声が響いた。


 「わあ……たけくん、一人暮らしなのに、部屋、すごく綺麗にしてるんだね」


 そう言った、ひーちゃんの視線は、リビング全体を見渡していた。

 整理整頓され、清潔感のある空間に、目を見張っているのがわかる。


 「新社会人で一人暮らしだと、部屋がどんどん汚れてくって聞いたけど……たけくんの部屋、物が全然散らかってないし、それにホコリひとつないじゃん」


 「まあね。平日は正直、掃除する気力なんて湧かないけど、休日にはこまめにやってるから」


 掃除習慣については、僕自身、多少の自負があった。

 “汚れた環境に身を置けば、心も荒む”――どこかで聞いたそんな言葉をきっかけに、僕は、意識して部屋を清潔に保つようにしているのだ。


 その努力が、第三者の目に触れ、評価されたことが純粋に嬉しかった。


 「こうして自分以外の誰かに、評価してもらえるのって、なんか嬉しいよ。家族以外をこの部屋に入れたの、ひーちゃんが初めてだからさ」


 率直な感想を伝えると、ひーちゃんは少し意外そうに、けれど楽しそうに声を上げた。


 「へえ。私が初めてなんだ」


 どうやら、掃除の話ではない部分に興味を引かれたらしい。


 「うん。僕、人付き合いは積極的な方じゃないし、信頼できる人しか部屋に上げたくないから、家族を除いたら、ひーちゃんが最初だよ」


 「そっか。たけくん、私のこと信頼してくれてるんだ?」


 「? 当たり前だよ。物心ついたときから一緒にいるんだよ。ひーちゃんは、僕にとっては家族も同然だよ」


 「ふーん……」


 自分としてはごく自然なことを言ったつもりだったのだが、ひーちゃんはその言葉に明らかに嬉しそうな反応を見せた。

 マスク越しにも、その感情は伝わってくる。


 ――こんなにも表情って、直接見えなくても伝わるものなんだ。


 そんな風に思っていた僕は、ふと、彼女の「変装」のことを思い出す。


 「そういえば、もうその変装、外していいんじゃない? 部屋の中だし」


 「あ、そっか。私も、すっかり忘れてたよ。はぁ、ようやく外す事ができる。」


 ひーちゃんはそう言って、小さく息を吐いたあと、身に着けていたものを一つずつ外し始めた。


 帽子、サングラス、マスク。最後に、体を覆っていたロングコートと、


 それらが順に取り払われていき、そしてようやく、ひーちゃん本来の姿が、完全に露わになった。


 うん。分かっていたことだけど、やっぱり、ひーちゃんの容姿は、身内贔屓を抜きにしても、驚くほど整っていた。


 くっきりとした二重に、涼しげな眼差し。形の整った鼻梁に、控えめながら柔らかな微笑みを浮かべる口元。

 長く伸びた黒髪は、照明を受けてしっとりと艶を帯び、まるで舞台の上に立つ女優のように美しかった。

 いや、実際にトップ女優なんだけど――


 ロングコートの下にはニットセーターを着用しており、柔らかな生地越しに、豊かな胸のふくらみを含めた体のラインが自然と浮かび上がっている。


 テレビやネット越しに何度も見ているはずなのに、実際にこうして、目の前で見て、僕は思わず見惚れてしまった。


 「……なんか、ジロジロ見られると照れるなぁ」


 ひーちゃんは、少しだけ頬を赤らめながら、肩をすくめて笑った。


 「あ、ごめん。つい……」


 ひーちゃんの言葉に我に返り、僕は慌ててひーちゃんから目を逸らす。

 先ほど、家族も同然と言っておきながら、一瞬とはいえ見惚れてしまった事に申し訳なく思う。


 しかし、ひーちゃんは首を横に張った。


 「ううん。恥ずかしくはあったけど、イヤじぁなかったから大丈夫だよ。というか、たけくん、私のこと、異性として見る事が出来たんだね」


 「う、うん。どうやら家族と同じ様に見るのは、少し難しいみたい。おかしいなぁ。高校までは何も思わなかったのに」


 そう。


 僕は高校まではひーちゃんのことを異性として意識したことはほとんどなかった。

 幼馴染、あるいは家族という意識のほうが強かったからだろう。


 だが、

 久しぶりに再会して、こうして面と向かうと、どうやら以前のようにはいかないらしい。


 時間を置いたことが原因か、ひーちゃんが以前よりも魅力的になったせいか――理由は定かではない。


 「ごめん……。なんか、そういう目で見ちゃって。気分悪くしたよね」


 申し訳なく思い、そう告げると、ひーちゃんはまた首を横に振った。


 「だから言ったでしょ。嫌じゃなかったって。……むしろ、安心したの」


 「安心? どうして?」


 僕が問い返すと、ひーちゃんは少しだけ悪戯っぽく微笑んで、


 「さぁ。どうしてでしょう?」


 まさかの逆質問をしてきた。

 僕は頑張って考えてみるが、しかし、全く分からない。


 そして、そんな悩む僕を見て、ひーちゃんはため息を出す。


 「はぁ、やっぱり分からないかー」


 「えっと、ごめんなさい。」


 本日2回目の、自分でもよく分からないままの謝罪をすると、ひーちゃんは苦笑まじりに肩をすくめた。


 「まぁ、いいよ。今のはもう忘れて。それより、座ってもいいかな?結構長い時間立ち続けてたから、ちょっと疲れちゃって」


 「あ、もちろん。気を遣わなくていいよ。自分の家だと思って、寛いで」


 「ありがとう。それじゃあ失礼して、」


 ひーちゃんはクッションの上に腰を下ろす。


 「わ、このクッション……すごい。身体が沈んでく……!」


 「でしょ? それ、あの某人気クッションだからね」


 ひーちゃんが座ったのは、世界的にも知られる某Y◯GIBO製のクッションだった。


 学生時代からずっと欲しかった逸品。

 しかし、価格の高さがネックで、当時は手を出せずにいた。


 だが、社会人になって初任給が出たタイミングで、自分へのご褒美としてようやく購入する事が出来たのだ。


 「はぁ〜……これはダメになる。沈んだら最後、立ち上がれないかも」


 「分かる。僕も仕事から帰ってきたら、真っ先にそこに沈んじゃう。30分は抜け出せないね。“人をダメにするクッション”の異名は伊達じゃないよ。ご飯作ってる間、そのまま寛いでてよ」


 そう言うと、ひーちゃんは少し慌てたように体を起こした。


 「え、それは悪いよ。私も何か手伝うよ? 家事なら一通りできるし」


 ありがたい申し出だったが、僕は首を振った。


 「ううん。ひーちゃんはお客さんなんだから。二人分くらいの料理、僕一人で十分だからさ」


 「……ほんとに?」


 「ひーちゃんも知ってるでしょ? 僕、料理好きだから。もし何か手が必要になったら、その時に声をかけるよ。だから、気にせずゆっくりしてて」


 そこまで言うと、ひーちゃんもようやく納得してくれたようだった。


 「ありがとう。それじゃあ……お言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうね」


 「うん。どうぞ、ごゆっくり」


 ひーちゃんは僕の言葉に頷き、再びクッションに身体を預けた。

 深く沈み込み、完全に寛ぎの姿勢になる。


 その様子を微笑ましく見届けながら、僕はキッチンへと向かうのだった。

最後までお読み下さりありがとうございました!

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