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世界的女優と幼馴染な僕  作者: 河蛙
29/31

29 記者会見①


 内山さんたちと昼食を一緒にとったあの日から、早くも四日が経過した今日、金曜日。



 突然だが、普段「金曜日」といえば、多くの人はどういった日を思い浮かべるだろう。

 おそらく多くの人が「週末」「華の金曜日」として捉えるのではないだろうか。

 かくいう僕もそうである。


 しかし、今日という日に限っては話が違う。

 僕だけじゃない。

 日本規模で見ても、今日この日を華の金曜日と捉えるよりも、ある特別な日と捉える人はきっと少なくはないはずである。


 「ようやくこの日が来たか……楽しみだぜ」


 午前中の仕事を終え、昼休みに入った現在。

 中野くんは真剣な眼差しでスマホの画面を見つめ呟く。

 そして、続けて言う。


  「ついに星月 光、四年半ぶり──女優になってからは初の日本帰国! その記者会見だ!!」


 そう。

 中野くんの言うとおり、今日はひーちゃん──星月 光の記者会見の日である。


 「あの光が今、日本の地に足を踏み入れてるんだ。改めてそう思うと……胸が熱くなるぜ!」


 昼休みとはいえ、仕事柄ほどほどに静かな会社のオフィス内だというのに、中野くんはハイテンションを隠す気もなく興奮を露わにしている。

 まぁ、遠く離れた異国の地にいる推しをずっと応援し続けてきた彼の心境を思えば、その反応も無理はない。

 分かる。分かるのだが──僕は、それよりも、今は別のことが気になっていた。


 「いや、中野くん。なんで僕の隣にいるの? 自分の席で見ればいいのに」


  昼休みのを知らせる放送音が鳴ったかと思うと、すぐに僕の先まで来て、当然のように隣に座り、スマホのLIVEで会見を見ている中野くんに、今更ながらツッコミを入れた。


 それに中野くんは、“何を言ってるんだ”とでも言いたげな顔でこちらを見返した。


 「そんなの決まってるだろ。お前はもう俺と同じ星月 光を推す同士だからじゃないか」


 「いつから同士になったの?」


 「おいおい。あの夜、2人で光の話題で盛り上がったのを忘れたのか?」


 「盛り上がってたのは中野くんだけで、僕はずっと聞き役だったよ」


 「あれ?そうだったか?」


 どうやら中野くんは深酒であの時の夜のことは朧げにしか覚えていないらしい。

 勝手に一緒に盛り上がったことに記憶を改ざんされている。


 一応補足しておくと、あの夜というのは勿論、中野くんが僕の交際と推しの交際のダブルパンチで精神に深い傷を負った月曜の事である。


 勝手に記憶を改善されたあの夜、実際はどうだったのかというと、男泣きをして愚痴る中野くんに相槌を打つ僕という相も変わらない、いつもの構図であった。


 僕が止めるのを聞かずに何杯もビールをお変わりして、自分がいかに光が好きだったか。そして、その光が交際してどれほど悲しいかを、せきだらに僕に語ってきて、それはもう大変だった。


 最終的にはひーちゃんの交際相手──つまり僕の方へ矛先が向き、恨み、嫉み、妬み、呪いの言葉を発していた。


 「ちくしょう!!何処の馬の骨とも分からんやつに光るが取られるなんて!光と──あの光と恋人!?それはつまり、俺が光と直接対面して、名前を呼ばれながら握手をするのを一生の夢にしているなかでそいつは、普通に会話して、手を繋いで、食事をとって、あだ名で呼び合って、いつでもスマホでやり取り出来る間柄って事だよな?いや待て、もしかしたらもう既にあんなことやこんな事を光としている可能性も──ああー!! 考えたくなーい!!なんだ、その天井突破のリア充野郎は!!なんで世の中はこんな不公平なんだ!?もし俺がそいつに直接あう事があったなら、そいつを***して、◯◯◯した後、更に△△△やってそんでもって□□□してやる!!それがホントの平等ってものだよな!?でかい幸福にはそれ相応の不幸がついて回るって事をその身に刻んでやる!!」


 延々と続く悪口雑言。

 当事者の僕にとっては地獄のような時間だったが、それでも表情を崩さず聞き役に徹したのは、我ながらよくやったと思う。

 まぁ、仮に顔に出してたとしても、あの時の中野くんなら気づかなかっただろうけど。

 

 「あん時の事はあんま覚えてねーや。まぁいい。とにかく、そんな細かいことは気にしないで一緒に見ようぜ!」


 中野くんは屈託のない笑みで僕の肩に手を回してそうそう言う。


 そんな中野くんに僕は内心でため息をひとつ出す。

 

 本当なら1人静かにひーちゃんの記者会見を見たかったのだが、まぁ仕方ない。言ってもきかないだろうし、諦めて中野くんと一緒に見よう。


 「ん?その見てるやつ、もしかして今から記者会見始まるの?」


 僕がそう思っていると、後ろから声がかかった。

 声の主は内山さんだ。

 どうやらお昼を食べに外食するところだったらしい。


 「はい。今から始まるので中野くんと一緒に見る所です。」


 「良かったら内山さんも一緒に見ませんか!」


 僕の返答に続いて、中野くんが内山さんを会見の視聴に誘う。


 「んー、私はいいかな。お昼ご飯食べに行かないといけないし。それにLIVEで見なくても、会見の内容は後でニュースとかで確認すればいいし」


 内山さんはそう言って断る。

 まぁ、食事を摂るための、昼休憩なのだから当然だろう。

 内山さんは軽く笑って肩をすくめると、「ごめんねー」と言い残してオフィスを出ていった。


 「くっ!残念だ。内山さんも一緒に見て欲しかったのだが」


 中野くんは残念そうに唇を噛み締めた。

 ――好きなものを誰かと共有したい。

 おそらく、そんなファン心理があったのだろう。

 実際僕のところに来たのもそれが理由なのかもしれない。


 しかし、月曜日の話した感じだと、内山さんはひーちゃん──星月 光の事は世間的常識としては知ってるけどそれ以上は深く知らないといった印象であった。

 実際、以前内山さんと何気ない会話をしていた時の話中で芸能関係にはあまり興味はないといっていたので、きっとそうなのであろう。


 僕は悔しがる中野くんを嗜める。


 「まぁ、内山さんは光ちゃんの熱心なファンというわけじゃないみたいだからね。仕方ないよ」


 「確かにそれはそうなのだが、小さな事がキッカケで好きになるってパターンもあるし。会見なんてまさにそのキッカケにピッタリのイベントだから、ぜひ見て欲しかった!」


 「でも、そう悔しがる割には食い下がらなかったね?」


 「おいおい、俺だって成長するぞ?月曜日、内山さんに嗜められて、引き際は心得てるつもりだ。」


 「へー。ほんと成長してるね」


 「当たり前よ!こんな事でせっかく持てた内山さんとの関係を壊してたまるか!俺は慎重になりながらもまだ虎視眈々とチャンスを狙って──って、お!見ろよ。いよいよ始まるみたいだぞ!!」


 会話を切り、興奮した様子の中野くんに言われて、スマホに目を向けると。確かに会見場の壇に司会進行役と思われる男が上がってきていた。


 それに伴って、それまで沈黙していたメディア関係者らが一斉に動き出し、カメラのシャッター音や報道マンの声が会場に響くのがスマホの画面越しに伝わってくる。


 男は壇に上がり、ステージ左端の進行席へと着くと、マイクを手にしゃべり始めた。


 「皆さま、本日はお忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。ただいまより、映画『Love on the Borderline(境界線上の恋)』完成告知記者会見を始めさせていただきます。進行を務めさせていただきます、司会の森本です。どうぞよろしくお願いいたします。」


 「いよぉー!!待ってました!」


 「中野くん。声抑えて。」


 ついに記者会見が始まった。

 僕は、ここが会社の中であることをすっかり忘れて大声を出す中野くんを小声で注意しながら、画面中の会見へと意識を向ける。


 「えー。では早速ですが、まずは本作のご紹介から始めたいと思います」


 落ち着いた口調でそう切り出し、森本さんは映画の概要説明に入った。


 「本作は、アメリカ・ワシントン州にある大学を舞台に、主人公のLiam Carterリアム・カーターという青年と、日本からやって来た、彼と同じ年の女性・神井ミツキとの恋を描いた、学園恋愛ストーリーとなっております」


 そこで一度言葉を区切ると、森本さんは机に設置されたパソコンを操作した。すると、ステージ上の巨大スクリーンに映画のタイトルと、簡潔にまとめられたシナリオ概要が映し出される。


 次の瞬間、それを合図にしたかのように、メディア陣が一斉に動いた。

 スクリーンをカメラに収める者、急いでキーボードを叩き始める者。

 シャッター音とキーを打つ乾いた音が、会場に重なって響く。


 森本さんはその様子をさりげなく確認し、場が落ち着くのを待ってから、次の説明へと進む。


 「そして、本作を手がけたのは、芸術性とエンターテインメント性を高い次元で両立させる作品づくりで知られ、卓越した映像技術と人間ドラマの融合によって数々のヒット作を生み出してきた、アメリカの大手映画制作スタジオ、Starlane Picturesです」


 パンッ、と軽くキーボードを叩く音。

 画面が切り替わり、今度はスタジオのロゴと、これまでの代表作が一覧で映し出された。


 そこから再度、メディア陣の為の時間を一呼吸作る森本さん。

 そして、時間を置いたのち、次にキャスト紹介へと移った。


 「次に本作のキャストの紹介へと映ります。本作は出演者の殆どが海外の演者ということもあって、一人一人のキャストの紹介は割愛致します。スクリーンに写しますので、そちらでご拝見下さい」


 パチッ。

 森本さんの言葉と共に、新しく切り替わった画面に映る主要キャストの一覧。


 森本さんの言う様に、ほとんどが海外の演者である為、知っている名前が全くないのだが、その中に1人。神井ミツキ役として、ひーちゃんの名前があるのはハッキリと分かった。



 ざわめき。

 中継スタッフの声。

 シャッター音と、止まらないタイピング音。


 画面が切り替わるたび、会場の音量はその都度増していく。

 だが、森本さんの次の一言は、それらをさらに上回る反応を引き起こした。


 「では、続いて、監督の紹介に映ります。本作の監督を務めたのは、独自の映像センスと繊細な人間描写で観客を魅了し、若干三十三歳にして数々の映画賞を受賞している、次世代の天才映画監督――Logan Pierceローガン・ピアースさんです」


 パチッ。

 キーを打つ音と同時にまた変わるスクリーン画面。

 新しく切り替わった画面には、森本さんが紹介した監督の写真と経歴が映し出された。


 次の瞬間。


 「おおーっ!!」


 会場のあちこちから、どよめきが起こった。

 その場にいる人たちはみな驚きの表情を浮かべ、スクリーンに映った“ローガン”という監督の映像を一斉にカメラに収めている。


 「へぇ……みんな驚いてるみたいだけど、そんなに有名な人なんだ」


 ひーちゃんの出演映画こそ見ているものの、それ以外の洋画や邦画はほとんど見ない僕にとって、海外の映画監督など知る由もない。

 誰だか分からず、思わずそんなふうに呟いた。


 すると次の瞬間、中野くんが信じられないものを見るような目でこちらを見つめ、勢いよく詰め寄ってきた。


 「バッカ! 宮野、お前この監督知らねぇのか!? 今、世界で一番勢いのある映画監督──ローガンだぞ! 若き巨匠。現代映画界のパイオニアって呼ばれてる、あの!!」


 「ご、ごめん。知らない……」


 「カーッ! これだから二次元野郎は! いいか? ローガンはな、二十五歳で監督デビューして以来、長編映画を四本、短編を六本撮っていて、その全部が特大ヒットしてんだぞ! それだけじゃねぇ。脚本まで自分でやって、毎回なんかしらの賞を受賞してんだ!」


 「そ、そうなんだ……」


 「これがどう言う事かって言うとな──ローガンが手がける映画は、全部当たるってことなんだ! 映画業界じゃ“十億ドル映画請負人”って呼ばれてるんだぞ。そんなヒットメーカーが光主演の映画を撮るんだ。驚かずにいられるか!」


 「な、なるほど……分かったよ」


 中野くんの熱量と気迫に気圧され気味になったが、それでも分かりやすい説明のお陰で、今起きている、事の凄さはについては理解する事ができた。


 「それに制作スタジオも、何十年も前から名作を世に送り出してきた大手の老舗。安定感も実績も抜群だ。これは相当期待値高いぞ! まぁ、光が主演って時点でストップ高なんだけどな!」


 興奮しきってボルテージが上がる中野くん。

 僕はそんな彼を横目に、ふとひーちゃんの言葉を思い出していた。


 ──金曜の夜、ひーちゃんは言っていた。

 「制作規模が大きくて、有名な監督の映画だから断れなかった」と。


 なるほど。


 中野くんの話を聞いて、その意味がよく分かった。

 そんな世界的に有名な監督と大手制作会社が携わる作品の主演での主演オファーなんて、事務所としては絶対に受けさせたいに決まっている。

 まだ新人のひーちゃんが、自分の意思だけで断るなんてまず不可能だっただろう。


 ──いや、そもそも。

 こんなすごい映画の主演オファーなんて、普通なら事務所の意向なんて関係なく、誰だって二つ返事で引き受けるはずだ。

 世界的に名の知れた監督と大手制作会社の布陣──そんな成功が約束されたような作品で主演を張るなんて、女優としてのキャリアを積む上で、これ以上ない大チャンスなのだから。


 しかし──

 それでも、ひーちゃんは僕との関係を理由に、あまり乗り気じゃなかった。

 女優としてのステップアップよりも、僕との関係を大切にしてくれていた。

 その事実に思い至ると、今更ながらに胸の奥から嬉しさが込み上げてきた。


 会場の方はというと、すでに相当な盛り上がりを見せていた。

 画面越しにもその熱気が伝わってくる。

 報道陣のざわめきが波のように押し寄せては遠のいていく中、森本さんは一呼吸置いて、マイクを握り直した。


 「さて。映画の簡単な紹介を終えたところで──ここで、本作の告知のためにお越しいただいた方をご紹介したいと思います」


 その言葉を合図に、ざわめきが一段と大きくなる。

 当然だろう。誰もが分かっているのだ。

 ──これから呼ばれるのが、誰なのかを。


 「本日は映画告知として、この方にお越しいただいております。どうぞ!」


 高いトーンでそう宣言すると同時に、森本さんは右手をステージの端へと差し向ける。

 その瞬間、無数の視線とカメラが一斉に動き、示された方角へと向けられた。


 「ついにくるぞ!」


 「だね」


 中野くんと僕は息を呑み、スマホの画面へ視線を固定した。

 きっと僕たちだけじゃない。

 今この瞬間、日本中の人が、画面越しに彼女の姿を待ちわびているはずだ。


 会場の照明がゆっくりと落ちていき、さっきまでのざわめきは潮が引くように静まっていく。

 光と音が奪われた空間に、しんと静寂が満ちた。


 ──世界的スターとなってから、初めて迎える日本での公の場。

 アジアの奇跡と称される、日本が誇る若き天才女優の登壇。

 その瞬間を、誰もが固唾を飲んで待ち構えていた。


 パッ──。


 天井から、一筋のスポットライトが落ちてきた。

 柔らかな白光が、森本さんが示したステージ右端を静かに照らし出す。


 コツ……コツ……コツ……。


 続いて、足音が響いた。

 一定のリズムを刻みながら、確かにこちらへ近づいてくる足音が。


 コツ……コツ……コツ……コッ。


 その足音は、ステージへ上がる直前と思われる場所で止まった。



 もうステージの直ぐ壇横まで来ている。

 あと一歩踏み出せば姿を現す所まで。


 

 これを見ている多くの者の意識が極限まで高まっているであろうその瞬間。


 コツ。


 一筋の光に導かれるように、その足音の主は一歩を踏み出した。


 暗闇の向こうから、皆が注視するスポットライトへと歩み出てくる人物。

 森本さんが声を張って、その名を呼ぶ。


 「本作の主演女優、星月 光さんです!!」


 星月 光──改め、

 僕の幼なじみ、ひーちゃん。


 彼女がついにステージへ姿を現したのだった。

最後までお読み下さりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
そういえば中野くんスマホのストラップのからくりに気付いてるなら同僚のそれにも気付きそうなモンなのに余程興味が無いのかなぁ
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