26 尋問
現在、正午。
僕たちは会社から少し歩いた先にある、内山さんおすすめの中華店へとやってきた。
ガラッ──。
引き戸を開けると、香ばしい中華の匂いが鼻をくすぐる。
「いらっしゃいませー!」
「三名でお願いします」
「カウンターとテーブル、どちらにしますか?」
「テーブルで」
「かしこまりました! 三名様ご案内でーす!」
元気いっぱいの店員さんが席へと案内をする。
店員さんについていく途中、後ろから中野くんがコソッと僕に耳打ちをする。
「いいか?先に言っておくが、俺はお前を許した訳じゃない。執行猶予の状態だ。もし、為になる話が出てこなかったら、その時は覚悟しろよ」
「別に僕、何も悪い事してないんだけど。というか、内山さんに嫉妬や妬みは意味がないって嗜められてなかった?それは、唯の自己逃避だって」
「あぁ。確かに内山さんの言葉は俺の胸を深く突き刺した。そして反省し、改めて自分の心と向き合い、己自身を見つめ直した訳だ」
「それで?」
「そして、見つめ直して思った。やはり恋人を作ったお前は許せない──と、」
「いや、何も変わってないじゃん!」
僕は堪らずツッコミを入れるが、中野くんはまぁ、待てという様に手をかざす。
「俺だってバカじゃない。内山さんの言葉で俺は、リア充は滅するのではなく、利用する手もあるのだと気付いた。故に宮野、お前には期待をしている。これから話してもらうお前の話次第では、故人にならない未来もあるから、せいぜい頑張るんだな」
中野くんはそう言って、妙に爽やかな笑みを浮かべながら僕の肩をポンと叩いた。
その重みが、なんだか死刑執行人に肩を叩かれたような気分にさせる。
「……はぁ」
憂鬱さにため息が漏れる。
席に着く前からこの有様で、果たして無事にこの店を出られるのだろうか──
「はい、ではこの席にお願いしまーす!注文が決まりましたら、またお呼びください!」
案内されたのは、よくある四人掛けのテーブル席。僕と中野が並んで腰掛け、向かいに内山さんが座った。
正直、今の中野くんの隣には座りたくなかったのだが、かといって内山さんの隣に座るのも気恥ずかしい。結果、消去法でこの配置になったのだった。
「さーて。お昼の時間も限られてるし、まずはちゃっちゃと注文しちゃいましょ。」
「ですね。内山さんのお勧めって何かありすか?」
「私はねー、お昼に来たら、決まってランチセットを頼んでるわよ。ここのランチは安い、美味しい、ボリュームがあるの三拍子が揃ってて最高なのよ!」
得意げに語る内山さんに、僕もメニュー表へ目を落とす。
確かに、そこには一番目が付きやすい位置に、大きくランチセットの文字があった。
しかも内山さんの言うように、安い。
今の物価高の世の中にあって、ここのランチセットは破格の500円。なんとワンコインであった。しかも税込で。
「ほんとだ……安い!これは社会人にはありがたいですね。それじゃあ僕はそれにします」
「了解! 中野くんは?」
「俺もそれで」
「分かったわ。すいませーん!」
「はーい!」
内山さんが店員さんを呼び、ランチセットを三つ注文する。
そして店員が下がった途端──。
「さて……」
待ってましたと言わんばかりに、中野くんが口を開いた。
「早速だが宮野被告。話を聞こうか?」
「いや、何で取り調べみたいになってるの?」
「被告は、三日前の金曜日、親友である俺を裏切り、恋人を作るという蛮行を犯した。これに相違はないな?」
「相違あるけど……話が進まないから、合ってるで進めていいよ」
中野くんは、両肘を机につき、指を組んだ両手を口元に添えながら、鋭い視線をこちらに向けてくる。
「さて。通常なら、即刻処刑の判決を言い渡すところなのだが──」
そこで一呼吸置いて、わざとらしく視線を対面にいる内山さんに流す。
「聡明叡知な内山さんの進言より、被告には一定の有益性がある事が確認された。故に現在、執行猶予を与えている状況だ」
「はぁ……」
「これからする俺の質問に対する返答次第では、宮野被告を無罪にする事もやぶさかではない」
「もし、満足行く返答が出来なかったら?」
「その時は──地獄を見てもらう」
言葉の端々から冗談とも本気とも取れない圧が滲み出る。僕は、いつでも逃げられるように椅子をわずかに後ろへずらした。
「さて、それでは始めるとしよう。まず、被告と“お付き合いをする事になった”という女性についてだ。被告とその女性が接点を持ったのはいつ、どんな時だ?」
中野くんは早くもひーちゃんの話題に踏み込んでくる。内山さんもまた、興味深そうに目を細め、じっとこちらを見ていた。
「えっと……それは僕にも分からないかな。だって、その付き合ってる僕の恋人は幼馴染で、物心つく前から一緒にいたから」
「……へぇ。その子、幼馴染だったんだ」
「はい。家が隣同士で、小さい頃から一緒に遊んでました」
僕は普通に、聞かれたことに対してただ正直に答えたつもりであった。
しかし──
僕が付き合っているのが幼馴染。それを聞いた瞬間、中野くんの表情に影が差した。
そして──
「…………ふむ。これはやはり、有無を言わさず処刑すべきか?」
と、突如として質疑応答を投げ出し、処刑判決を下そうとした。
「ちょっと待って!なんでそこに戻るの!?まだ質問一個目だよ!?今始まったばっかじゃん!」
慌てて止める僕に、中野くんは眉を吊り上げ、ギロリと睨みつけてきた。
「どうしてだと?決まってるだろ?お前が付き合ってるのが“幼馴染”だからだ!」
「なんで幼馴染だとダメなの!?別にいいじゃん!」
「理由は二つ!」
中野くんは僕にドン!といった効果音がつきそうな勢いで二本指を立てる。
「一つ目は、リア充野郎共が作っている恋人の中でも“幼馴染”というポジは罪が重いからだ!それはリア充の中でもさらに選ばれし者にのみ許された、超・王道リア充ルート!まさか俺の近くに、そんなクソ野郎が潜んでいたとは、思いもしていなかったぜ」
「いや知らないし!仕方ないじゃん!家が隣同士だったのは完全に不可抗力なんだから!」
「それだけじゃない!」
中野くんがさらに怒気を強める。
「俺が質問を投げた理由は二つ目!これにある」
「と、いうと?」
「俺はな、事前にお前に聞く事をある程度考えていた。お前から恋人を作るためのアドバイスを聞くためにな。しかし!それらの質問はお前の恋人が物心付く前からの幼馴染だった事で全て瓦解した!恋人が幼馴染のヤツは、普通の奴らが通る、恋人になるまでの道をすっ飛ばしていくからな。質問しても望む返答は帰ってこない」
「そ、そんなの聞いてみないと分からないよ!もしかしたら中野くんが望んでることを言えるかもしれないし!」
「ほぉ?そこまで言うのなら聞いてやろう」
中野くんは椅子に姿勢よく座り直し、質問をする体制に入る。
「質問1。宮野被告は何がきっかけでその女性と仲良くなりました?」
「うっ……覚えてないです。一番古い記憶の時には、もう一緒に遊んでました」
「質問2。宮野被告は、その女性と知り合ってから今に至るまで、どうやって関係を深めましたか?」
「そ、それも詳しくは分かりません。一緒にご飯を食べたり、遊んだり、泊まったりしてるうちに……気づいたら深まってました」
「質問3。初めて手を繋いだのは、知り合ってどのくらい経ってからですか?また、その時の心情は?」
「…………それも分かりません。気づいたら繋いでました。子供の頃なので、特に意識してなかったと思います」
「質問4。その女性と会話をする上で意識している事は?会話のコツなどがございましたらお願いします」
「すいません!分かりません!特に何も意識せず、家族と話す感じで喋ってます!」
「質問5。知り合ってから恋人になるまでに至った日数は?」
「…………22年です」
「……な?分かっただろ。もうお前は大人しく処刑されることでしか、俺の溜飲を下げることはできないんだ」
「ま、待って!今のはたまたま質問が悪かっただけだから!他の質問ならちゃんと答えられるかもしれないし!」
「往生際が悪いな…………因みにだが──どっちから告白した?」
「え、えっと。それは向こうの方からしてくれたけど、」
「…………決定的だな。もう何も言うな。死んでくれ」
「待ってー!!」
中野くんの瞳から光が無くなり、ジリジリと近づいてくる。
これはもう万事休すかと思ったその時──
パンッ、と軽快な音が響いた。
内山さんが両手を叩いて、場を制したのだ。
「はいはい。落ち着いてー。お店の中で物騒なことをしないの。他のお客さんの迷惑にもなるでしょう?」
「内山さん!」
再び救いの手を差し伸べてくれたその存在に、思わず涙がこぼれそうになる。
……いや、流石に大袈裟かな。
別に出そうにはない。
けど、それくらいには感謝をした。
「ほら、ちょうど料理も来たみたいよ」
「お待たせしましたー!」
タイミングを見計らったように、店員さんが料理を持ってきた。
目の前に次々と並べられていく三人分のランチセット。
メニューの内訳は、白米の中盛りに酢豚と餃子。あと、スープがついてきている。この白い濁りからして、鶏白湯スープだろうか?
湯気とともに漂う食欲をそそる香りに、思わず喉が鳴る。
確かに内山さんの言葉通り、まだまだ食べ盛りな社会人でも満足できそうなボリュームだ。
これで500円とは、一体どうやって利益を出しているのか心配になるレベルである。余程回転率がいいのかな?
「すごい、美味しそうですね」
「でしょ! 兎にも角にも、まずは食べましょう」
「しかし、内山さん。俺はコイツに──」
「中野くん。私ね、お店では“良識ある行動”を取る人が好きだなぁ」
「……さて、頂きましょう。良識ある大人として、紳士的な行動を取らせていただきます」
先ほどまでの中野くんは一体どこへやら。
背筋をピンと90度に伸ばし、妙に澄ました顔で箸を取る姿は、まるで別人である。
ホントに分かりやすいというか、扱いやすいというか……友達ながら呆れるほど単純だ。
そして何より、内山さんはそんな彼の性格を一瞬で見抜き、鮮やかに操縦してしまった。
──さすがだ、と感心せざるを得ない。
ともかく、またしても内山さんに救われた僕は、アイコンタクトで内山さんに感謝を伝え、そして、食事に手を伸ばすのだった。
最後までお読み下さりありがとうございました!




