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世界的女優と幼馴染な僕  作者: 河蛙
25/29

25 殺気

 現在の時刻は12時。


 僕はなんとか午前中に片付けなければならない作業を終え、無事に昼休憩を迎えることができた。


 「お疲れー。なんとか終わったわね」


 上長席から、内山さんが笑顔で声をかけてくる。


 「ですね。内山さんとのご飯が楽しみで、死ぬ気で仕上げました」


 「お、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも、そんなにおだてたって、何もないわよ。せいぜいお昼無料にプラスαでデザートがつくくらいかな」


 「それ、最高じゃないですか」


 僕たちはそんな冗談を交わしながら、お昼を食べに行くために席を立ち、コートを羽織って身支度を始める。


 すると、そのタイミングで後方から僕を呼ぶ声が一つ。


 「おっす宮野! 飯食おうぜ!」


 そう、野球行こうぜのテンションで話しかけてきたのは、中野くんだった。

 どうやら先週の金曜日に続いて、今日も一緒に昼飯を食べるつもりでやって来たらしい。


 しかし、僕の席まで来た彼は、僕がすでにコートを羽織っている姿を見て、首を傾げた。


 「ん? なんだよ、外に出る準備してるじゃん。……ああ、なるほど。コンビニで弁当でも買うって流れか? よし、オレもついてくぞ」


 どうやら、中野くんは僕がコンビニに買い出しに行くつもりだと勘違いしているらしい。

 だが、残念ながら今日はコンビニではなく、すでに先約があるのである。


 「ごめん中野くん。今日は……内山さんと一緒に昼ご飯、食べに行くことになってて──あ、」


 と、ここで僕は特に何も考えずに普通に内山さんとの昼食に行くことを伝えた。

 いや、伝えてしまった。

 僕は自分が失言をしてしまった事に、言いながらに気づいた。


 しかし、時はすでに遅し。

 僕の言葉はしっかりと中野くんに伝わってしまっていた。


 「……は?」


 一瞬、空気がぴたりと凍りついた。

 中野くんの声が、目に見えてワントーン下がる。


 ──しまった。

 内山さんとの久しぶりの昼食に浮かれて、つい正直に言ってしまった……。

 僕とした事が、完全に中野くんの性格を失念していた。


 僕は気が緩んでいての失言に、後悔する。

 だが、そんな後悔に浸る時間はなかった。

 何故なら、


 「おい宮野。……どういうことだ!? なんでお前が内山さんとランチに──どういう経緯だ!? 詳しく話せぇぇ!!」


 「うわっ!」


 中野くんは血走った目で僕の肩をがしっと掴み、グラグラと揺さぶってきたからである。


 「異性と! しかも、うちの会社の紅一点の内山さんとディナーなんて、許されると思ってんのかー!」


 「な、中野くん……落ち着いて!」


 僕は、豹変した中野くんを必死になだめる。

 チラリと横を見てみると、内山さんは、急に激昂した中野くんに驚いて、呆然としていた。

 まぁ、こんな急に上司とご飯に行くと伝えただけで怒ってくる人を目の当たりにしたら誰だって呆然とするだろう。



 説明すると、実は中野くん。

 彼は、女性に関わる全ての男を妬み、憎む。リア充撲滅を唱える勢力。

 「リア充爆破勢」なのである。それも、かなり過激な部類の。


 彼がそんな悲しきモンスターになってしまっているのには勿論理由はある。

 その理由はごくごくシンプル。

 中野くん自身が全く異性にモテないからである。


 第三者である僕が何故そう言い切れるかというと、中野くん自身が二人で会社帰りに飲んでいる時に言っていたからだ。


 実は中野くんはアルコールが入ると泣き上戸になって愚痴を言いまくるちょっとめんどくさいタイプであり、そんな彼から、自分が今まで、いかにモテてこなかったのかの不幸自慢を一緒に飲む時、よくされるのである。


 一例を挙げると、



 「なんで!なんで俺は女性から好かれないんだ!」


 「なんでだろうね?」


 「あれか!?今は草食系っていうのが人気なのか!?ガツガツいく男はモテないのか!?今時の女は肉食より草食の方が好きってか!?」


 「どうなんだろうね?」


 「そうだったいうんなら、俺だって草食系になったやらー!!肉なんて食わずに野菜ばっか食ってやる!オヤジ!シーザーサラダ一つ!」


 「そういう意味ではないとおもうよ?」


 「今日から俺はベジタリアンになる!」


 「まぁ、頑張って」


 と、そんな風に、酔ってよく分からない事を言いながら泣く彼を僕が慰めるのが、二人で飲む時によくある構図なのである。


 会って間もない頃は、酒を飲んで泣き出す中野くんにそれは驚いたものだが、今ではもう慣れたもので、彼の性格をしっかりと把握し、愚痴を聞いて適当に相槌をうち、いなせる様になっていた。


 しかし今回。


 僕は、彼の性格を理解していながら、普通に内山さんと一緒に食べに行くと伝えてしまった。

 その結果が現在の困った状況なのなのである。


 「な、中野くん。冷静になろう。別に僕は女性とどうこうじゃなくて、ただ、上司とご飯食べに行くだけだよ?別にそんな不思議な事じゃないでしょ?」


 「何故?」


 「え?」


 「何故内山さんと食べに行くんだ?宮野、お前。上司とは言っても、今まで内山さんとディナーをした事なんて、一度もないだろ?何故突然する事になったんだ?」


 「それは内山さんが誘ってくれて──」


 「どうして内山さんがお前を誘う?」


 「う、それは──」


 僕はここで言葉に詰まる。


 隠さず正直に答えるなら僕に恋人が出来たことに対するお祝いである。


 しかし、そんなことを今の中野くんに言ったらどうなるか?


 上司の内山と昼ご飯を食べに行くと言っただけで、ここまでの激昂である。

 それなのに、もし恋人か出来ましたなどと言えば、今以上に憤怒する事は火を見るより明らか。


 普通なら、この場は適当なそれっぽい嘘の理由をつけて逃げるのが正解だろう。

 内山さんも、今の状況を察して、話を合わせてくれると思う。



 しかし──


 僕はここで嘘を言っていいのか迷う。


 何故なら、その嘘は問題の先送りに過ぎないのではないかと思ったからである。


 中野くんとは、なんだかんだで半年の付き合いになる。

 だから、彼の性格はだいたい把握しているつもりだ。


 彼は基本的に人の話をあまり聞かないし、一度話し出すと止まらない。

 そして、スケベでゲスなところもあり、今みたいに、異性関係に対して異常なほどの妬みや嫉み、恨みをあらわにすることがある。


 ……が、それは人間誰しもが持っている性格的欠点な部分というだけであり、それを抜きにしたら、彼は基本的に善良な性格なのだ。


 根はサッパリしていて気さくで親しみやすく、少しお調子者でクラスによく一人はいる、場の空気を明るくしてくれるムードメーカー的、存在なのである。


 僕は中野くんを同期であると同時に、“友達”だと思っている。

 実際、たまに休日に一緒に街をぶらついたり、オンラインでゲームで遊んだりしている。


 だからこそ──


 そんな彼に、果たして恋人ができたことを隠したままでいていいのか?と、そう思ったのだ。


 きっとこれからも飲みに行ったり、どうでもいい話で盛り上がったりするだろう。

 その時に、いつものように「モテない」と嘆く彼の隣で、恋人がいる事を隠したまま慰めるのはどこか罪悪感がある。


 ……うん。

 やっぱり、今ちゃんと話しておこう。

 ここで嘘をついて逃げるより、ちゃんと正直に言ったほうが、後先後悔しない気がする。


 僕は覚悟を決めた。


 「中野くん」


 「……なんだよ」


 「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、実は僕……恋人ができたんだ」


 「……は?」


 「つい三日前にね」


 「……三日前?」


 「うん。だから今回、内山さんが食事に誘ってくれたのも、そのお祝いでなんだ」


 「……………………」


 中野くんは何も言わない。

 まるで言葉を失ったように、完全に沈黙してしまった。


 「な、中野くん……?」


 その無言の時間が、ひどく不気味に感じられて、僕はおそるおそる声をかけた。


 「宮野」


 「は、はい!」


 不意に名前を呼ばれ、思わず敬語になってしまう。

 中野くんの声には感情がこもっていなくて、それが余計に怖かった。

 僕は次の中野くんの言動に身構える。


 そして──


 「……お前は、いい奴だ」


 「……ほぇ?」


 中野くんはいきなりその様な事を言った。

 予想もしていなかった事を言われて、僕は間の抜けな声を出してしまう。


 「半年間一緒に働いて分かっ事だ。お前は誠実で、責任感があって、付き合いも良くて、優しくて……」


 「な、中野くん……?」


 突然のベタ褒めに、僕は戸惑いを隠せない。

 だが彼は構わず、さらに言葉を重ねる。


 「俺は何故か女からは全くモテないが、男友達はやたら多い。これまでいろんな奴らと関わってきたが……お前以上にいい性格の奴は見たことがない」


 「あ、ありがとう……?」


 そんな真正面からド直球に褒められても、どう返せばいいのか分からない。

 恥ずかしいやら、むず痒いやら、どうにも落ち着かない気持ちで、僕はただ礼を言うしかなかった。


 「俺は、そんなお前が同期で良かったと思ってるし、友達だとも思ってる」


 「──僕も。僕も中野くんのこと、友達だと思ってるよ」


 ──まぁしかし、

 よく分からないが中野くんは僕が想像していた様な怒髪天を突く様な怒りは見せていない。

 むしろ、なんか感動的な雰囲気すらある。



 これはひよっとして、アレではなかろうか?


 二次元にハマっている僕には分かる。

 アニメや漫画でよく見るやつだ。


 怒りや嫉妬を飲み込み、友達の幸せを素直に祝う展開。

 主人公の友人やライバルが、過去の因縁や私情を断ち切って、“ただの友”として祝福してくれる──あの王道パターン!


 ──まぁ、アニメに比べるとスケールは小さいし、僕と中野くんの間に「因縁」なんてものもないんだけど、それでも今、この空気はまさにそれに近い!


 中野くんは天井を見上げ、低く呟いた。


 「フッ……こんな気持ちは初めてだ。普通なら湧き上がるはずの怒りが、全く出てこない」


 やっぱり!

 完全にその展開だ!!


 僕は、いい意味で予想とは違い、王道の展開になったことに、心底ホッとする。


 「もう一度言うぞ。お前は、いい奴で、俺の最高の友達だ」


 「うん! 僕も──」


 ……が、その安心は、あまりにも早すぎた。


 「──だからこそ、本当に……残念だよ」


 「……え?」


 中野くんは光の灯っていない目で僕を見て、そして言った。


 「これから、その友達を殺さないといけないんだから」


 「あれ!?」


 僕の想定していた王道ルートは何処へやら。

 中野くんは僕に殺害宣言をしてきた。


 「え、えっと、中野くん?これって祝ってくれる流れじゃないの?」


 「?何故俺がお前を祝わなきゃならない?」


 「だ、だって。さっき怒ってないって、」


 「ああ。怒ってはないぞ」


 「じゃあ何で?」


 「それはな──」


 中野くんは全く光のない目で笑みを浮かべて告げる。


 「今、俺の体から湧き上がってる感情は……怒りじゃなくて殺意だからだ」


 「え、そういう事!?」


 ……どうやら僕の読みは、いい意味ではなく悪い意味で外れていたらしい。

 中野くんが怒っていなかったのは、嫉妬を飲み込んで祝ってくれるためではなく──怒りが一周回って、殺意になっていただけだったのだ。


 「なぁ、宮野よ」


 「な、何?」


 中野くんは僕の肩にポンと手を置き、快晴のような笑顔を浮かべた。


 「どうやって死にたい?」


 「いや、死にたくないよ!?」


 僕は危険を感じ、慌てて中野くんの手をどかそうとするが、彼は凄い握力で僕の肩を握って離さない。


 「諦めろ。お前に残っている選択肢は死ぬか、逝くかの二択だ」


 「いや、それ意味同じだし!──内山さん!」


 「!」


 僕は自分の力ではどうにも出来ないと悟り、内山さんに目でヘルプサインを送る。

 異性に対しての執着が強い彼だからこそ、社内一の美人と称されている内山さんになら、従順になると思ったのだ。


 僕の緊急信号を受けた内山さんは一瞬驚いた表情を見せたが、次には「仕方ないわね」という様に、一つため息を吐いて、僕と中野くんの間に割って入った。


 「はいはい、ストップストップ。中野くん、落ち着いてー」


 「内山さん、止めないでください。俺は……このリア充に成り下がった男に、今こそ引導を渡さなければならないんです」


 「そういうのは“成り上がった”って言うのよ。えっと──今の会話のやり取りを見るに、中野くんは今まで異性から好意を持たれたことがなくて、その反動でモテてる人を嫌ってる……そんな感じかしら?」


 「全く違います。俺はただ――世の中の理不尽と不条理に苦しむ者たちの代弁者として声を上げているだけです」


 「つまり、当たってるってことね。それじゃあ、中野くん。会社の先輩じゃなくて、“人生の”三年先輩として言わせてもらうわね」


 「……何でしょう?」


 「今みたいに、ただ人を妬んでるだけじゃ、これから先も一生異性とお近づきになんてなれないわよ。少なくとも──私だったら絶対、付き合おうとは思わないかな?」


 「ぐはっ!」


 うわぁ……ど直球。

 異性の、しかも社内でも一番男性人気の高い内山さんからの一撃。

 その威力たるや、中野くんは見事にのけぞり、仰向けに倒れ込んだ。


 そして、崩れ落ちた彼に、内山さんは諭すように、されど、容赦なく言葉を重ねる。


 「いい? 他人を妬んだり僻んだりしても、得られるものなんて一つもないの。大事なのは、“どうしてその人にはできて、自分にはできないのか”を考えること。そこから目を背けて他人の成功を妬むのは、ただの自己逃避よ」


 「ゲフッ!」


 ぐうの音も出ない正論が、クリティカルヒットで中野くんの心に突き刺さる。

 やめてあげて! もう中野くんのライフはゼロよ!!


 内山さんに助けを求めたのは僕であるが流石に中野くんに同情した。


 「中野くん。こういう時はね、妬んだり、僻んだりするのではなく、ポジティブに捉えるの」


 「ポ、ポジティブに……?」


 「そう。だって考えてみなさいよ。自分の友達に恋人がいるってことは、その友達から“どうやって付き合うまで持っていったのか”を直接聞いて、学べるってことじゃない?」


 「な、なるほど!」


 中野くんはその考えがあったかと、手を打った。

 さすが内山さん。さっきまで殺意に満ちていた中野くんを、見事に諭してしまった。


 ただ一つ待って欲しい。

 今の話だと、僕がひーちゃんとどう関係を深めたのかを教えないといけない感じになっているんだけど、


 僕が内山さんの言葉に引っかかる中も、2人の会話は進む。


 「さっきも話にも出てたけど、丁度今から私と宮野くんでご飯を食べに行くの。良かったら中野くんも来る?」


 「え!いいんですか!?」


 「うん。ただし──これは宮野くんのお祝いで奢るって名目だから、中野くんには、奢ることはできないんだけど、それでも大丈──」


 「ノープロブレム! 全く問題ありません! 全然払います! むしろ俺が内山さんの分もお支払いします!」


 「それは大丈夫よ。でも、来れるなら良かったわ。それじゃあ、ご飯の席で宮野くんに、恋人ができるコツをじっくり教えてもらいなさい」


 「はい! この昼食の時間で、俺は必ず一皮剥けてみせます!」


 「その心意気よ。それじゃあ、外に出る支度をしてきなさい」


 「はい!分かりました!」


 中野くんは勢いよく、自分の席へと戻っていった。


 ──あれ?

 気づけばいつの間にか、中野くんも昼食に同行することになっている。

 しかも、その時間で僕が「恋人を作る方法」を教えるという、よく分からない展開つきで。


 「あのー、内山さん。助けてくれたのは有難いのですが、そんな僕抜きで話を勧められても困るのですが。僕、恋人を作るコツなんて知らないし、話せませんよ?」


 「別に何か特別なことを考えて言う必要はないわ。ただ、宮野くんと彼女さんが付き合うまでの経緯を話せばいいの」


 「で、でも……内山さんだって、僕を食事に誘った以上、何か聞きたいことがあったんじゃないですか?」


 「大丈夫よ。だって、まさにその“お付き合いすることになった”っていう恋人さんについて、色々聞きたかったんだから。私も宮野くんのお話、じっくり聞かせてもらうわ」


 助けてもあげたんだし、それくらいはいいでしょ──と、内山さんは楽しげに笑う。


 ……まぁ、仕方ない。

 実際に命の危機を救ってもらったのは事実だし、ここはひーちゃんの名前を伏せて、それっぽく話すとしよう。


 こうして、当初の予定とは大きく異なり、上司の内山さんとは別に、中野くんを交えての昼食が始まるのだった。

最後までお読み下さりありがとうございました!

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