24 お昼のお誘い
月曜日
ひーちゃんと別れてからの週末は、特別なこともなく、ただ淡々と過ぎていった。
そして、何の変哲もない二日間を挟んだ、その翌週の今日。
「宮野くん。この依頼メール、処理お願いね」
「分かりました」
「それ終わったら、直近一週間分の見積もり作業に入ってくれる? 資料はすでに共有してあるから」
「了解です」
「それと、十一時からグループミーティングがあるから、それまでに午前中の作業はある程度片づけておいてね。でも、もし作業がひっ迫したら遠慮なく声かけて。宮野くんの作業、いくつか引き継ぐから」
「OKです。内山さんに迷惑かけないように、頑張ります」
「うん、お願いね」
現在の僕は、そんなふうに内山さんとやり取りをしながら、いつものようにデスクに向かってパソコンの画面とにらめっこしている。
目の前には、山のように積み上がったタスクたち。 その一つひとつを地道に片づけていくことが、今の僕の日常業務である。
──改めてではあるが、ほんと、仕事とは大変である。
当たり前のことかもしれないけれど、社会人になってからというもの、それを身にしみて感じている。
僕の業務は基本的にパソコンを使ったデスクワーク。現場仕事の様な肉体的重労働ではないとはいえ、タスクの数が多すぎて、気を抜く暇もない。手を止めれば、すぐさま案件の波にのまれてしまいそうになってしまう。
頭は常にフル回転で、目はディスプレイに張り付きっぱなし。
同じ姿勢で長時間座り続けているせいか、肩にもじわじわと痛みが走る。
疲労が確実に体へ蓄積されているのが、自分でもはっきりと分かる。
しかし、それでも──。
今の僕は、どうにかこの波に食らいつく事が出来ていた。
もちろん余裕があるとは言えない。
でも、一つひとつの作業をきちんと終わらせていけているのは、ほんの少しずつでも、社会人として前に進めている証なのかもしれない。
僕は忙しさに追われながらも、なんとか作業をこなしていけるようになってきた事に、少しだが、成長を実感する。
──まぁ、とは言っても。
そんな小さな自信なんて、内山さんの仕事ぶりを見れば、簡単に吹き飛んでしまうのだが。
というのも、内山さんは、僕に対して正確に業務を指示しながらも、僕の倍以上ある作業をものすごい速さで処理しているのである。
それでいて、僕が手一杯になったときのために、いつでもサポートに入れる余裕すら見せてくれるという、まさに“完璧な社会人”そのものといった仕事ぶりを発揮していた。
僕とたった三つしか違わないというのにである。
全く、ひーちゃんといい、一体どうしたらそんな年の差があるわけではないのに、ここまで違いが出るのか。
人との才能の優劣を気にするわけではないが、全く不思議なものである。
と、そんなことをぼんやり考えていたときだった。
「そういえば、宮野くん。金曜日はどうだったの?」
内山さんがパソコンを操作しながら、ふと思い出したように僕へ問いかけてくる。
「あ、それについては……ありがとうございました。おかげさまで、すごく充実した時間を過ごすことができました」
──そうだ。あの日、残業の分を引き受けてもらった代わりに、後日きちんと感想を伝えるという約束をしていたんだった。
僕の返答を聞いて、内山さんはふっと優しく微笑む。
「そっか、それは良かった。……ここしばらく、宮野くんにはかなり負担をかけちゃってたからね。少しでも気分転換になったんだったら、代わったかいがあったわ」
「いえいえ。忙しいのはお互い様ですし、内山さんには普段からたくさん助けてもらってますから。むしろ、感謝してるくらいで」
どうやら内山さんは、最近の僕の仕事量をずっと気にかけてくれていたらしい。
確かに、ここ最近は業務が立て込んでいて慌ただしい日々が続いている。でも、それは僕一人だけの話じゃなく会社全体がそういう時期なのである。
当然、内山さんとて例外ではない。
むしろ彼女は責任ある立場にいる分、僕なんかよりずっと忙しいはずだ。
──それなのに、こんなふうに気遣ってくれる。そのことが、なんだか嬉しかった。
内山さんの気遣いのおかげで、あの金曜日は、僕にとって忘れられない、特別な一日になったのだ。
だからこそ、あのときの厚意に、改めてちゃんとお礼を伝えておきたかった。
「内山さん。改めてになりますけど、先週は作業を引き継いでくださって、本当にありがとうございました」
そうもう一度頭を下げると、内山さんはほんの一瞬、驚いたように目を瞬かせた。けれど次の瞬間には、イタズラっぽい笑みを浮かべて、僕を見つめてくる。
「へぇ〜。そんなに感謝されるなんて、私が思ってた以上に金曜日の用事、大切だったみたいね。もしかして、彼女とのデートだった?」
「んー。当たらずとも遠からず……ですね」
「……え、マジで?」
僕の返答に内山さんは作業の手をピタリと止め、驚いた目で僕を見てくる。
「そんなに驚きます? 言い出したのは内山さんじゃないですか」
「いやいや、私は冗談半分でからかっただけよ? まさか、そんな返しがくるとは思わなかったわ。……まさか、宮野くんに彼女がいたなんて」
「まだ付き合って三日目ですけどね」
「えっ……てことは?」
「はい。金曜日にできました」
「! ……そうだったんだ」
その言葉に、内山さんは少し黙って何かを考える素振りを見せた。そして、ゆっくりと口を開く。
「ってことは、私……宮野くんに彼女ができるのを手助けしたってことになるのかな?」
「……まぁ、そういう見方もできますね。もしあのとき、内山さんが引き継いでくれてなかったら、何がどう転んでいたか分かりませんし」
「そっか……」
二人の間に、ふっと静寂が落ちる。
「……? 内山さん?」
僕が声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げて、少し照れくさそうに笑った。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ。それより──おめでとう。図らずもだけど、宮野くんに恋人ができるお手伝いができたんだったら、嬉しいわ」
「ありがとうございます」
「ところで、話は変わるけど宮野くん。今日のお昼はもう何か考えてる?」
「え? お昼ですか? 特に決めてないです。近場のコンビニで済ませようかな、って思ってました」
急な質問に戸惑いながらもそう答えると、内山さんは「よし」と軽く手を打ち、
「それじゃあ、よかったら一緒にランチしない? この近くに、美味しい中華料理のお店があるの。私のお気に入りなんだけど」
「え?」
「可愛い後輩に彼女ができたお祝いよ。奢ってあげる!」
そう言って、内山さんは自信たっぷりに胸をドンと叩いた。
突然の誘いに驚いて固まってしまったが、すぐに我に返って、慌てて言葉を返す。
「い、いえ、そんな。お祝いだなんて、いいですよ。お昼をご一緒するのは全然ありがたいですけど、自分の分くらい、自分で払います。」
僕がそう遠慮すると、内山さんはきっぱりと首を横に振る。
「前にも言ったでしょ? 上司の好意には素直に甘えなさいって。それに、お祝いって言っておいてなんだけど、私から誘っておいて、後輩にお金出させたら上司の面目丸潰れでしょ? だから、私のためにも遠慮しないで、ね?」
「……そういう事でしたら分かりました。では、ありがたくご馳走になります」
僕がそう返すと、内山さんは嬉しそうに目を細め、パンッと軽く手を叩いた。
「よし、決まりね! それじゃあ、お昼までに予定してる作業、しっかり片づけるわよ!」
「はい!」
こうして、突然決まった内山さんとのランチ。
少しだけ緊張はあるけれど、歓迎会以来、こうして一緒に食事をするのは初めてなので、正直けっこう嬉しい。
……もっとも、金曜日みたいに昼休憩を丸々返上して作業に追われる、なんて事態にならないようにしないといけない。
そのためにも、今のうちに出来る仕事は片付けておこうと、僕は気持ちを引き締めて再びパソコンに向かった。
──因みに、内山さんとお昼を食べるのは浮気にはならないよね。
──うん。大丈夫だ。多分。きっと。
これまで異性と付き合った経験がなかったから、正直どこまでがセーフのラインなのかはよく分からないが、仕事の上司と一緒にご飯を食べるだけなら、問題ない……はず。
と、僕はそう自分に言い聞かせながら、仕事をするのであった。
最後までお読み下さりありがとうございました!




