14 もし良かったら
現在の時刻は、21時半。
「あー、楽しかった」
「だね」
僕たちはゲームを丸々一時間、たっぷりと遊んだ。
途中、ひーちゃんの“暴走” ──つまり、協力プレイ中にもかかわらず、僕にアイテムを投げつけてくるという、ちょっと理不尽な行動もあったけれど……それも含めて楽しむ事が出来た。
今はもう、ひーちゃんも一通り感情を吐き出して、いつもの優しくて穏やかな表情を取り戻している。
「たけくんのおかげで、胸の中に溜まってたモヤモヤ、ちゃんと消えたよ。ありがとね。それと……本当に、何度もごめんね?」
ひーちゃんは、申し訳なさそうに小さな声でそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
ひーちゃんも、時折こうして僕に感情を爆発させてしまうことを、自分の中で、申し訳なく思っているのだろう。
だけど──僕は、そんなひーちゃんを責める気持ちなんて、これっぽっちも無かった。
むしろ、こうして感情をありのままぶつけられるくらい、僕のことを信頼してくれているんだと思うと、嬉しさが込み上げてくる。
「ううん。気にしなくていいよ。僕は全然、嫌だなんて思ってないから。たとえ、味方なのにアイテム当ててきたとしてもね?」
少しだけ茶化すように言ってみせると──
「う、う〜〜……」
ひーちゃんは、恥ずかしさと申し訳なさが入り混じったような声を漏らし、顔を俯かせた。その頬がほんのり赤く染まっているのが、横目でもはっきりと分かる。
その仕草がなんだか可愛らしくて、僕はつい、さらに言葉を続けてしまう。
「今までも、いろんな理由で感情が爆発したひーちゃんを見てきたけど──ゲームに応募できなかったっていう、子どもみたいな理由でここまでなるのは……さすがに初めてかもね」
学生の頃から、そして今に至るまで、ひーちゃんが感情を爆発させる場面は、何度も見てきた。
でも、それらはどれも、彼女なりにどうしようもないほど苦しくて、やるせない理由があった。
たとえば──
無自覚な一言で、友達を傷つけてしまったとき。
ずっと一緒に過ごしてきた愛犬が、この世を去ったとき。
撮影現場でスランプに陥り、自分の演技に自信を失いかけたとき。
そして、あと一歩のところで、ベルリン国際映画祭の銀熊賞を逃してしまったとき──
ひーちゃんが感情を爆発させるのは、いつだって、「本当に大切にしているもの」に関わる瞬間だった。
それは、友情だったり、家族だったり、演技だったり──彼女の心の中で、何よりも大切に育ててきたものばかりなのだ。
そういう大切な部分が傷つけられたとき、ひーちゃんは決して強がらない。
さっきみたいに、まるで子どものように泣きじゃくって、抑えきれない思いを僕にぶつけてくる。
あの、誰よりも毅然とした姿で人前に立つ“星月 光”の面影はそこにはなくて──けれど、そんな姿こそが僕には、何よりも彼女らしく映るのだ。
台所で、ひーちゃん自身もさっき言っていたように、普段の彼女は、世間からの期待や注目──時には心ない批判すらも、表情ひとつ変えず受け止めてしまう。
きっとそれが、“女優・星月 光”としての強さであり、プロとしての覚悟でもあるのだろう。
だけど──
そんなひーちゃんでも、自分の中で大事にしていた何かが壊れそうになったときには、まるで繊細なガラス細工のように、ふいに脆さをのぞかせる。
──強くて、それでいて、どこか脆い。
そんな矛盾した心を持った子。
それが、僕の知っている“本当の”ひーちゃんだった。
だからこそ、今回の「ゲーム機に応募できなかった」という、一見するとちょっと子どもじみた理由で、あそこまで感情を露わにしたひーちゃんの姿が、僕にはすごく愛おしく思えた。
それは、単なる駄々っ子のわがままなんかじゃない。
彼女にとって、「新しいゲーム機を手に入れること」は、それくらい大きな意味を持っていたのだ。
──少なくとも、彼女の中では、それはもう立派な“事件”だったのだろう。
「だって、本当に欲しかったんだもん。」
そう呟いたひーちゃんの声は、どこか拗ねたようでいて、でも少し恥ずかしそうでもあった。
もう感情は落ち着いていて、泣き出すようなことはない。けれど、その言葉の端々には、応募できなかったことへの無念さが、まだほんのり残っているのがわかる。
だからこそ、僕は提案してみた。
「ねぇ、ひーちゃん。もしよかったら、僕が当てたゲーム機……買い取らない?」
「えっ?」
突然の申し出に、ひーちゃんは一瞬目を見開き、間の抜けたような声を漏らした。
完全に虚を突かれたようで、言葉の意味をまだ処理しきれていない様子だった。
僕は少しだけ間を置いて、続ける。
「ほら、さっき僕が当てた新型ゲーム機。まだ当選しただけで、実際に届くのは2ヶ月くらい先になるけど……もしそれでよければ、ひーちゃんに譲ろうかと思って。もちろん、転売なんかじゃなく、定価で。正規の価格でね」
惜しむらくはある。
でも、ゲームにかける熱量は、どう考えても僕よりひーちゃんの方が上だ。
だからこそ──彼女が本当に欲しがっているなら、その喜ぶ顔が見られるのなら、僕は何の迷いもなく手放していいと思ったのだ。
しかし、そこまで、話を聞いたひーちゃんは、ようやく脳が追いついたのか、慌てて首を横に振った。
「いや、ダメだよ!それは、たけくんが当てたモノなんだから!たけくんだって、ゲーム好きでしょ?」
「うん、好きだよ。欲しくないって言ったら嘘になる。でもね、発売日に絶対手に入れたいっていうほどの執着は、僕にはないんだよね。正直、応募したのも『条件満たしてるし、せっかくだから出してみるか』くらいの軽い気持ちだったから。だから、ひーちゃんが本当に欲しいなら、全然譲るよ」
「たけくん……」
ひーちゃんはしばらく黙って考える素振りを見せた後、ふっと目を伏せて、ぽつりと呟いた。
「……ごめん、たけくん。やっぱり、受け取れないや。だって、それは私の力で手に入れたものじゃないから」
と、そう言った。
「もしそれを受け取っちゃったら、本当に応募条件を満たして、応募した人たちに申し訳ないって思っちゃう。そんな罪悪感を抱えたまま遊んでも、心から楽しめないし……。だから私は、たとえ半年後になったとしても、自分の力で手に入れるよ」
「そっか。」
ひーちゃんらしい返答だった。
本当に好きだからこそ、中途半端な手段じゃ納得できない。
そんな、ゲームに対するひーちゃんの真剣な気持ちが僕には伝わってきた。
むしろ、そんな彼女に対して、軽率な提案をしてしまった自分を、少しだけ恥じた。
「ごめんね。お節介だったかも」
僕がそう謝ると、ひーちゃんは慌てたように首をブンブン横に振る。
「違うよ!たけくんが悪いわけじゃないの。むしろ、そう言ってくれたこと自体は、本当にすごく嬉しかった。これは……あくまで、私の気持ちの問題だから」
「そっか。そう言ってくれるなら、ちょっと安心したよ。それじゃあ、ゲーム機は僕が使わせてもらうね」
「うん、そうして。でも……」
そこでひーちゃんはふいに口をつぐみ、少しだけ視線を逸らしながら、照れたように言葉をつなげる。
「ゲーム機と、対応ソフトの感想だけは……言わないでね?」
「え?」
「私、そういうのは自分でプレイして、ちゃんと確かめたいタイプだから。それに……感想聞いちゃうと、また欲しさが爆発しそうで……」
顔を赤くしながら、もごもごと付け加えるその様子が、なんだか子どもみたいで──
僕は思わず、吹き出してしまった。
「ぷっ、ハハ! 分かった分かった。ひーちゃんには、感想もネタバレも一切ナシ、ってことで」
冗談めかして笑いながらも、僕はしっかりと頷いた。
その僕の様子に、ひーちゃんも恥ずかしそうに、でもどこか安心したような笑みを浮かべて、小さくうなずく。
──こうして、僕たちの間に、“小さな約束”が生まれたのだった。
最後までお読み下さりありがとうございました!




