13 ゲームの時間③
「「……」」
静寂が、場を支配する。
その静寂の中、場違いなほど陽気なBGMだけが、カードゲームのスピーカーから流れ続けていた。
けれど、僕の気分はそれにまるで追いつかない。
むしろ、本来なら喜ぶはずの当選メールを目にして、じわりと冷や汗が滲んでくる。
たった今、「当たるわけないよ」なんて断言した直後のこの結果。
僕はおそるおそる、隣に座るひーちゃんへ顔を向けた。
……すると。
「わぁ、おめでとう! たけくん、ゲーム機当たったんだね!」
ひーちゃんは満面の笑みを浮かべ、心から祝福してくれるような声で言った。
「あの、ひーちゃん? え、怒らないの?」
「なんで怒るの? たけくん、何も悪いことしてないじゃん?」
「いや、まぁ、それは……そうだけど……」
──わからない。
これは一体、どういうことだろう。
僕は考える。
──きっと、さっきまであった〝感情爆発モード〟が、終わったんだろう。
それ以外に説明のしようがない。
ひーちゃんは、本当に驚くくらい感情のオンオフがハッキリしている。
爆発しているときは、子供みたいで理不尽になるけど、落ち着くと、まるで何もなかったかのように、スッと優しい通常のひーちゃんに戻るのだ。
おそらく、当選通知を見る直前にうまい具合に通常モードへ切り替わっていただろう。
だからこそ、今こうして満面の笑みで祝福してくれているのだ。
うん、きっとそうだ。
そうに違いない。
僕は、自分にそう言い聞かせながら考え込んでいると、不意に、ひーちゃんが声をかけてきた。
「あ、たけくん。私、防御アイテムが出たから、たけくんの後ろについて、たけくんをガードするね!」
「あ、ああ。うん。お願い……!」
そうだった。
僕たちは今、協力プレイ中だったのた。
ひーちゃんが通常モードに戻ったことに、心底ホッとしながら、僕も改めてゲームに意識を向ける。
せっかく、久しぶりに二人一緒にゲームをしているのだ。
この時間を、思いっきり楽しまなければ。
──と、そう思った、その瞬間だった。
ポイッ。
「え?」
後ろにいたひーちゃんが、防御アイテムを僕めがけて放り投げてきた。
それは見事に命中し、僕のカートは急減速。
つられて、タッグを組んでいるひーちゃんのカートもスピードが落ちる。
「わ、ごめん! 間違って前に投げちゃった!」
「あ、ああ。全然、大丈夫だよ……」
苦笑しながら、なんとかそう返した。
ひーちゃんにしては、珍しいミスだった。
普段の彼女は、どんな状況でも的確にアイテムを使いこなすゲーマーだ。
その彼女が、防御アイテムを誤って前方に投げるなんて──正直、驚きだった。
しかも、たまたま間違って投げたとはいえ、狙ってもなかなか当たらないエイム機能ゼロの防御アイテムが、よりによって僕に命中するとは……。
すごい偶然もあったものだ。
──うん。偶然、偶然。
幸い、僕たちはもともと独走していた。
相手に距離を詰められはしたものの、追い抜かれることなく首位をキープできている。
「また防御アイテムが出たよ! 私、このまま、たけくんの後ろをキープするね!」
「了解、お願い!」
ひーちゃんが、再び防御アイテムを引き当てた。
今度こそ──今度こそ、僕の背後からしっかりガードしてくれるはずだ。
そう信じて、僕は遅れを取り戻すべく、スピードを上げる。
──そのとき。
ポイッ。
「ひ、ひーちゃん……?」
まただ。
またしても、ひーちゃんは僕に向かって防御アイテムを投げつけ、きっちり命中させてきた。
「あ、ごめん!私、また。一体どうしちゃったんだろう?次は気をつけるね!」
ひーちゃんはそう言って屈託のない笑みを僕に浮かべた。
僕は何故か、その笑みを怖いと思った。
「う、うん。まぁ。ミスま誰にでもあるからね。2回連続で前に投げちゃう事もあるよ。」
そう。
ミスは誰にでもある。
ひーちゃんだって人間なのだ。
2回連続、間違って防御アイテムを前に投げてしまう事だってあるだろう。
そして、その2回ともが、本来狙っても当てることができない、プレイヤー直撃になる事だってきっとある筈だ。多分。おそらく。
僕たちは、二回連続でアイテムを当てられたことで、まだ追い抜かされこそしなかったものの、次にミスをすれば首位を取られる──そんなギリギリの差まで詰め寄られてしまっていた。
そして、そんな緊迫した場面で──
「あ、また防御アイテムが出たよ!」
またしても、ひーちゃんに防御アイテムが出た。
「それじゃあ私、またまた、たけくんの後ろにつくね?」
「う、うん。お願い……。でも、今度は──」
「もちろん分かってるよ! 今度はミスなんてしないから!」
「そ、そっか。それじゃあ、任せるよ……」
「任せて!」
ひーちゃんは、元気よく宣言し、僕のすぐ背後にぴたりとついた。
コースは大きな弧を描くカーブに入る。
僕は慎重にドリフトを決めながら、細心の注意を払って走っていた、そのとき──
ポイッ。
……もう、言わなくても分かるだろう。
「あの、ひーさん?」
「うん?」
僕は恐る恐る、言葉を選びながら切り出す。
「つかぬことをお伺いしますが……」
「なに?」
「もしかして、かなり怒ってます?」
「……」
「……」
「そんなことないよ」
「絶対ウソだ!! 今の間、何!? 絶対怒ってるじゃん!! 三連続で防御アイテムを前にいる相手に当てるなんて、狙わないとできないよ!? いや、狙っても普通できないよ!?」
もはや、確信犯だった。
特に、最後のカーブでの一撃なんて、水平に投げたくらいじゃ到底当たらない。
相手の動きやライン取りを完璧に読みきったうえで、計算づくで投げなければ命中するわけがないのだ。
そして、そんな、ひーちゃんの三連撃による自爆で、僕たちはついに抜かされ、首位から転落してしまった。
そんな無念をにじませながら僕が言葉を絞り出すと──ひーちゃんはついに、貼り付けていた笑顔をかなぐり捨てた。
「そうだよ! ウソだよ!! わざと当てたんだよ!! 私を裏切って当選なんかしたたけくんを、懲らしめるためにね!!」
ひーちゃんは、目に涙を浮かべながら僕に叫んだ。
やっぱり、あの笑顔は全部作り物だったらしい。
さすがトップ女優──
腹底を微塵も見せない完璧な笑みだった。
しかし、今はそんなことに感心している場合ではない。
ひーちゃんの感情は、落ち着きかけていたところから、完全に〝感情爆発モード〟へと逆戻りしてしまったのだ。
どうやら、通知が来た時点ではまだギリギリ通常モードに戻れていなかったらしく──
間一髪、アウトだったらしい。
「別に裏切ったわけじゃないよ! 仕方ないじゃん! 僕だって、まさか当たるなんて思ってなかったんだから!」
「何で、たけくん当たるの!? あれだけ確率が低いとか、抽選当たった試しが無いとか言って当たらないムーブかました直後に当選とか、完全に私への当て付けじゃん!! 嘲笑ってるじゃん!!」
「誤解だよ! 偶然なんだって!!」
「偶然でも何でも、当てたたけくんが悪いの!!しっかり報いを受けて!!というか、八つ当たりさせて!!!」
「そんな理不尽な!!」
こうして僕は、味方であるはずのひーちゃんに延々と攻撃を浴びせられ──
途中までの首位は何だったのか、最終的には堂々の最下位でゴールインすることとなったのだった。
最後までお読み下さりありがとうございました!




