10 ゲーマー
現在の時刻は20時30分
「たけくん。お風呂、上がったよー」
ひーちゃんの声が、リビングにふわりと届く。どこかゆるんだような、柔らかい声色だった。
「はーい。お湯加減、大丈夫だった?」
「うん。ちょうど良かったよ」
そう──
今日は、ひーちゃんが僕の家に泊まることになったので、ひーちゃんは今さっきまでお風呂に入っていたのだ。
タオルで髪を拭きながら、ひーちゃんがリビングに顔を出す。頬がほんのり赤くて、それが湯上がりのせいだとわかっていても、思わずドキッとしてしまう。
今夜、ひーちゃんがうちに泊まることになったのは、特別、事前に計画があったわけではない、急な事であった。
だから当然、ひーちゃんはパジャマの用意はしていなかった。
でも、だからといって帰るとは言わずに泊まる選択をしたのは──たぶん、ひーちゃんの中で少し“冒険”だったのかもしれない。
なので、僕はそんな着替えを持っていなかったひーちゃんに自分のパジャマを貸すことにしたのだ。
僕が持っているパジャマはたまたま男女兼用のゆったりしたタイプであり、僕自身はパジャマじゃなくても、部屋着がある為、何も問題はないのである。
「たけくん。この服、貸してくれてありがとね」
ひーちゃんが、そうお礼を言った。借りているパジャマの裾をちょんとつまみながら、少し照れたような表情を浮かべる。
「ホント、ごめんね。私のわがままで迷惑かけちゃって」
心配そうに眉を下げるその顔に、僕は首を振る。
「全然気にしないで。パジャマの代わりになる服なんて、いくらでもあるからさ。でも、そのパジャマ、サイズ大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だよ。ちょうどピッタリだから」
「そっか。よかった」
ひーちゃんは僕より身長が少し低いはずなのに、僕に合わせて買ったパジャマが“ピッタリ”だという。
……いや、たぶん、肩幅とか、全体のバランスとか──それに、ひーちゃんってかなり、胸があるから――
まぁ、どこで帳尻が合ってるのか、細かいことは深く考えないでおく。
それよりも、それを嬉しそうに着ているひーちゃんの笑顔を見て、僕は貸してよかったと、そう思ったのだった。
ちなみに僕は、ひーちゃんよりも先にお風呂に入っていて、今はお互い湯上がり状態。
ひーちゃんがお風呂に入っているその間、僕はひーちゃんと何をしようか、いろいろと考えていた。
そして今、その考えていた“ある提案”を、ひーちゃんにしてみようとしている。
「ひーちゃん、次なんだけど──久しぶりに、一緒にゲームしない?」
そう、ゲームだ。
実はひーちゃん、こう見えて筋金入りのゲーマーなのである。
古今東西、ありとあらゆるジャンルのゲームをプレイしており、そのすべてで超一流の腕前を誇る──まさに天才ゲーマーなのだ。
そして、彼女は、どのゲームでも『HH』というプレイヤー名を使っている。
ひーちゃんは、その名で数々の大会を制し、あらゆる記録を次々と塗り替え、その姿に、当時ゲーム界隈の誰もが驚愕をした。
やがて『HH』は、ゲーム界隈で知らぬ者はいない伝説的な存在となり、正体不明のまま活躍し続けるその姿に、多くのゲーマーが憧れを抱くようになった。
今でも、ときどきふらりとゲーム界に姿を現しては、その圧倒的なプレイで人々を熱狂させている。
『HH』──それはもはや、ゲーム界に君臨するカリスマ的存在なのである。
──それでいて、表の顔はトップ女優・星月 光なのだ。
世界中から愛される華やかなスターでありながら、その裏では“伝説のゲーマー”としても君臨しているのだから……。
ほんと、ひーちゃんの持つ多彩性とカリスマ性はすごいんだなと、思ったものだ。
ちなみに、女優・星月 光としてはゲーマーであることを一切公表していない。
その秘密を知っているのは、たぶん──僕だけだ。
そして、かく言う僕も、ひーちゃんほどじゃないけれど、かなりのゲーム好きだ。
これまでに何度か大会で優勝したこともあるし、高校までは放課後や週末になると、よくひーちゃんと一緒にゲームをしていた。
だからこそ、ふと「また一緒にやりたいな」と思って、提案をしてみたのだ。
そして、そんな僕の提案を聞いて、ひーちゃんの目がぱっと輝いた。
「いいじゃん! 私も、久しぶりにたけくんとゲームしたいし!」
どうやら、ひーちゃんも乗り気なようだ。
「それじゃあ、やろっか。何かしたいゲームある?」
僕はテレビ下のゲーム棚に向かいながら、ひーちゃんに尋ねた。
「私はどれでもいいかな?たけくんの好きなので。」
「そっか。じゃあ、これにしようかな。最近ハマってるんだ」
そう言って僕が取り出したのは、世界的大人気を誇るレースゲームだ。
「うん。いいと思う。それだったら、 一緒に遊べるし、協力も対戦もできるしね。」
「でしょ? それじゃあ、セットするね」
僕はカセットをゲーム機に差し込み、電源を入れる。
すぐにテレビに起動画面が映し出され、タイトルコールが部屋に響いた。
「はい、ひーちゃん」
「ありがと」
ひーちゃんは僕からコントローラーを受け取ると、自然に僕の隣に腰を下ろした。
そのとき、ふわりとシャンプーの香りが漂ってきて、思わず胸の奥がくすぐったくなる。
こうして──
僕とひーちゃんの、久しぶりのゲームタイムが始まったのである。
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