01 僕の幼馴染は世界的スター
よろしくお願いします。
ここはとあるテナントビル。
このビルの5階のオフィスで僕こと、
宮野 武は働いていた。
「宮野くん、この図面の修正お願い」
「はい。分かりました」
「それと取引先にこの案件の確認メールを送っておいてくれる?」
「了解です」
「よろしくねー」
現在僕は先輩上司の内山さんに指示を受けながら、受け持ちの作業を進めていた。
僕がこの会社に入社をして半年。
初めは右も左も分からなかったが内山さんの指導のお陰で今では簡単な案件なら1人で任せてもらえる様になっている。
最初は全く出来なかったブラインドタッチもなんとか習得し、それを駆使してパソコン内で図面設計をするというのが今の僕の仕事だ。
まぁ仕事を任せてもらえる様になったとはいっても、その仕事を完璧にこなせているのかと問われるとNOである。まだまだで分からない事は沢山あるし、他の先輩達と比べると作業スピードは二回りも遅い。
残念ながら僕は基礎を教えてもらったらそれを1回で理解するばかりかその応用まで完璧に出来ます、みたいなそんな優秀な人間ではないのである。
その為、定時を超えても作業が中々終わらず、残業に突入するというのも珍しくない。
丁度、今僕がやっている作業もかなり難しく、このままでは残業ルート待った無しである。
普段なら残業になっても仕方ないかと思うだけなのだが、今日に限っては残業は避けたい事情があった。
と、いうのも今日の夕方、久しぶりに幼馴染と会う事になっているのだ。
本当なら互いの都合が合う休日に会うというというのが一番望ましい形ではあるのだが、なにせその幼馴染は途轍もなく多忙なのである。完全週休2日制で社内勤務の僕とは違いその幼馴染――彼女は世界中を飛び回って仕事をしているのだ。
メールで定期的にやり取りはしているのだが、聞くところによるともう2ヶ月間まともに休みを取れていないらしい。
今回会えるのもたまたま彼女がこの近くに仕事でくるからというのが理由である。
もし残業になってしまえば確実に会う予定の時間には間に合わなくなるし、最悪、再会は見送りになってしまうかもしれない。
向こうは多忙なスケジュールの中、無理やり時間を作って会いにきてくれるのだ。
それが僕のせいでドタキャンになるという事だけは絶対に避けたかった。
だったら有給を取れば良かったのではないかと思うかもしれないが、今僕が働いている会社は繁忙期なのだ。全社員が忙しくしているのに、ひよっこの僕が〝幼馴染と会うので会社休みます〟などと、口が裂けても言えるわけがなかった。
なので僕は今日までに終わらせなければならない作業とそれにかかる時間を逆算して、事前に何とかして終わらせる方法をとった。
そして、今日は金曜なのだが、月曜から木曜までの4日間の間に累計9時間残業をする事により、何とか当日である今日、残業無しで帰れる迄に仕事を片付ける事が出来たのだ。
それなのに――
(まさか、急に重い仕事が来るなんて、)
何と、取引先から緊急の仕事依頼が入ってきてしまったのだ。今僕がやっているものがそれである。
(はぁ、ついてないな〜)
僕は心の中で本日何度目かのため息をつく。
予定になかった作業が急に入るのは社会人あるあるだと理解はしているが、そのあるあるがよりにもよって今日僕に牙を剥いてくるとは、ホント勘弁して欲しいものである。
しかし、文句を言ったところで緊急の案件がなくなるわけでもないので、僕は焦ってミスをしないよう注意を払いながらも出来る限り迅速に作業を進めていくのであった。
そして現在正午。
昼休みに入り、皆んなが思い思いにくつろいでる中、僕は昼ごはんを食べる時間を返上して図面の作成に勤しんでいた。
するとそんな僕を呼ぶ声が聞こえた。
「おっす、宮野。まさかお前、昼休みなのに仕事やってんのか?」
「中野くん……。うん、今日いきなり急ぎの仕事が入っちゃって」
僕に話しかけてきたのは中野 草田
同い年で同時期にこの会社に入社した同期である。
今年新しく入社したのが僕と中野くんの2人だけという事もあってお互い親近感があり、昼休みには一緒によく喋っているし、仕事が終わった後にはご飯を食べにいく事も珍しくない。
中野くんは右手に弁当箱を持っており、どうやら一緒に昼ごはんを食べるつもりだったみたいである。
「ごめんけど、一緒にご飯は食べられないよ」
「マジかー。まぁでも、もう来ちまったからな。ここで食べさせてもらうぜ」
そう言うと中野くんは適当な所から椅子を持ってきて、僕の横に腰掛けた。
いや、目の前でご飯を食べるのはやめて欲しい。
僕自身、お腹自体は減ってる訳だし、気が散ってしょうがない。でも、戻れと言っても聞かないだろうし、なんならすでにお弁当箱を開け始めているので、僕は自分の席に戻ってもらうのを諦め、中野くんはいないものと思って仕事をすることにしたーーなのだか、
「ところで宮野よ。お前このニュース知ってるか?」
「あの、今忙しいんだだけどーー」
「いいから見ろよ。ほんの1時間前に出た超とくダネだぞ!」
中野くんは僕の仕事のことなんてお構いなしとばかりに自分のスマホを見せようとしてくる。
こうなると中野くんは僕が見るまで引かないだろう。
仕方がないので僕はパソコンから中野くんのスマホに目を移した。
スマホの画面に映っているのはどうやら何かの記事みたいである。
その記事の中身を見てみると、そこには大きな見出しで『速報!!なんとあの日本の宝星月 光が帰ってくる!!』と書かれてあった。
(あー、これかー)
中野くんが盛り上がっている理由が分かり、僕は心の中でため息をついた。
僕は大体の書いてある内容を察しながらも、中野くんが読むように無言の圧力をかけてくるので仕方なく続けてその記事の中身を見る。
『本日 日本時間10時頃、突如として、海外から驚くべき情報が日本にもたらされた。なんと日本が誇る女優、星月 光が日本に一時的ではあるが、帰国するというのである。星月 光が所属する海外の事務所からは帰国理由が星月 光が主演を務める映画の告知の為だという事のみ明かされており、我々は新たな情報の発信を待っている』
と、これで記事は終わっていた。
「な!凄いだろ!?」
中野くんは興奮しながら僕に共感を求めてくる。
しかし、中野くんには申し訳ないが僕はその共感に応える事は出来なかった。
何故なら、僕は一週間前には既にこの事を知っていたからである。
何故たった今、速報で流れてきた情報を僕が1週間も前から知っているのかというと、本人に直接メールで聞かされていたからだ。
ここで言う本人とはもちろん星月 光の事である。
そう。
ここまでの話の流れでお察しだろう。
僕が今日会う事になってある幼馴染とは、今話題になっている世界的スターの星月光、その人なのである。
お読み下さりありがとうございました。