『生徒会長は告らせたい』の撮影 6
〜立花香帆視点〜
「ほんとバカな話よね。凛の努力を否定し、『天才』という言葉で片付けたのだから」
ポツリと呟きながら私は肩を落とす。
「そうだったんだ。なら今の話でお兄ちゃんの見方が変わったかな?」
「そうね。少なくとも天才ではなく努力の賜物によって優秀主演男優賞を受賞したことは理解したわ。小5という異例の若さで受賞できたのも努力のおかげなのね」
「うん。あ、それと血筋と師匠のおかげだね」
「血筋と師匠?」
私は寧々の言葉に首を傾げる。
「そうだよ。もちろん、お兄ちゃんの努力もすごかったけど、努力だけで受賞できるほど甘い世界じゃないよ。ましてや小学5年生での受賞なんて。あれは優秀な遺伝子と優秀な師匠がいたから受賞できたんだ」
「た、確かにそうね。でもそんな話、一度も聞いたことないわよ」
かつて夏目レンという芸名で活躍していた凛に師匠がいたなんて聞いたことがない。
同様に夏目レンの親族に有名な役者がいることも聞いたことがない。
「だってこの話は真奈美ちゃんしか知らないからね!」
「え!?そんな話、出会ったばかりの私にしていいの!?」
「うんっ!」
満面の笑みで寧々が頷く。
凛の血筋や師匠に関してはとても気になるため、私は黙って続きの言葉を待つ。
「お兄ちゃんは優秀な遺伝子を引き継いでいたから演技の才能があった。そして、優秀な師匠によって才能が開花したんだ。香帆ちゃんなら山﨑律子という女優は知ってるよね?」
「当然よ。私が憧れる女優の1人だもの」
山﨑律子といえば数々のドラマに出演しており、代表作の『渡る世間は龍ばかり』では約30年もの間、主人公の娘役として活躍した女優で、私が憧れている女優の1人だ。
「え、もしかして……」
「うん。私たちのお婆ちゃんって女優の山﨑律子なんだ」
「えぇーっ!」
私は声をあげて驚く。
「そしてお兄ちゃんの師匠だよ」
「な、なるほど」
あの演技力は律子さん直伝だったようだ。
「お兄ちゃんはお婆ちゃんの血筋を受け継ぎ、お婆ちゃんから死ぬほど鍛えられたから才能が開花して、小学5年生にして優秀主演男優賞を受賞したんだ」
どうやら凛は小学4年生の頃、子役業を休業して律子さんの家でスパルタ演技指導を受けていたらしい。
そのおかげで演技の才能が開花した。
そして開花した才能に満足せず日々努力したことで、優秀主演男優賞を受賞したとのこと。
「そ、そうだったんだ……」
本当に私は凛という男を勘違いしていたようだ。
凛は『天才』ではなく『才人』だった。
それも並々ならぬ努力の賜物で開花した才能だったようだ。
「だったら何で子役を辞めたのよ?律子さんの血を受け継ぎ、律子さん直伝の技術を身につけた凛なら一生俳優で食べていけるわ。それに努力していたってことは演じることが苦じゃなかったってこと。引退する理由が見当たらないわ」
寧々の話から子役業に対して軽い気持ちで取り組んでないことは理解できた。
だから尚更、凛が引退した理由が分からない。
(私は凛に向けて「私が優秀主演男優賞を受賞したら、どんな理由があっても絶対に引退しない。受賞できたことを誇りに思い、より一層女優として頑張るわ」とまで言ってしまった。でも凛には引退せざるを得ない理由があったんだわ)
今の話を聞くまでは『俳優業に飽きたから辞めた』等、軽い気持ちで引退を決断したと思っていた。
だが、そんな感じの理由で辞めたわけではなさそうなので、寧々の返答を固唾を飲んで待つ。
「お兄ちゃんが子役を辞めた理由はお母さんが亡くなったからなんだ」
「っ!」
想像もしてなかった発言が飛び出したため、心の中で驚く。
「お兄ちゃんは1番近くで応援してくれたお母さんが亡くなったから引退した。頑張る理由を見失ったから引退したんだ」
身近な人、それも母親となれば小学6年生の子供には何らかの影響を与える。
それが凛の場合は子役の引退だったのだろう。
「お兄ちゃんが子役として頑張ってた理由は幾つもあるけど、1番はお母さんが応援してたから。それを失ったお兄ちゃんは優秀主演男優賞を受賞した頃の演技ができなくなったの」
そう言って凛の苦悩を寧々が語る。
「お兄ちゃんだって引退はしたくなかったよ。だからお母さんが亡くなっても必死に演技の練習をした。でも、あの頃の演技ができなくなった。いくら練習を積み重ねても優秀主演男優賞を受賞した頃の演技に届かなくなった。だからお兄ちゃんは引退という決断をした」
当時のことを思い出しているのか、寧々の表情が徐々に暗くなる。
「もちろん、私はお兄ちゃんが子役として頑張るところを見るのが好きだったから引退を止めようとしたよ。でも、お兄ちゃんが過去の自分より劣った事実を知り、影で泣いているところを見たら何も言えなかった」
「そうだったんだ……」
先日、「どんなことがあっても私は引退しない」と凛に向けて言ったが、母親の死に加え頑張る理由を失い、過去の自分よりも劣ったことに気づいたとなれば引退の決断をしても仕方がない。
私も凛と同じ状況となれば引退を決断したかもしれないと思ってしまった。
「凛は生半可な気持ちで引退を決断したわけじゃなかったんだ」
「そうだよ。引退に至るまでものすごく悩み抜いた。だから私やお父さん、お婆ちゃんはお兄ちゃんの引退を引き止めることができなかった」
寧々の話を聞いて、先日の私を殴ってやりたいと思った。
どんな事情があったか聞いてから宣戦布告すべきだった。
「でもお兄ちゃんは復帰してくれた。ブランクがあるから過去の自分に演技力で追いつけないことは理解しつつも復帰を決断し、役者として戻ってきた。私はそのことがすごく嬉しいんだ。香帆ちゃんはどうかな?」
寧々が私に問いかける。
その表情は私の返答をすでに知っているようだった。
「そうね。すごく嬉しいわ。また私たちに演技を見せてくれるのだから」
私はそう言って笑顔を見せる。
その表情から私が凛に対しての怒りが消えたことを感じ取ったのだろう。
寧々が満面の笑みで「だよね!」と答えてくれた。
そのタイミングで「カットぉぉーっ!」との声が響き渡り、凛と真奈美の演技が終了した。
結局、話に夢中で2人の演技をしっかりと見ることはできなかったが、凛の演技ならこれから何度でも見れると思い後悔しないようにする。
「ちょっと凛に言いたいことがあるから凛のところに行ってくるわ。話してくれてありがとう」
「うんっ!どういたしまして!」
そう言って寧々が笑う。
私は可愛らしい笑顔に見送られ、凛のもとへ向かった。