帰省 3
(なぜ俺はあの時、母さんが亡くなったからといって芸能界を引退したんだろ。母さんは子役になりたくてもなれなかったのに……)
そう思い、自責の念に苛まれる。
「凛、今になって後悔してるのかい?」
そんな俺の心を見透かしたかのように、婆ちゃんが言う。
「あぁ。どんな顔をして母さんに会えばいいのか分からないくらい後悔している」
知らなかったとはいえ、母さんが亡くなって芸能界を引退した俺は、子役になれなかった母さんの分まで頑張ることができなかった。
そのため、どんな顔をしてお墓参りすればいいのか分からない。
「そう言うと思ったよ」
しかし、婆ちゃんは笑みを見せながら呟く。
「なぜ今、この話をしたと思う?凛が芸能界の引退を決断した時じゃなくて」
「……さぁ?」
俺は婆ちゃんの質問に首を傾げる。
「それは凛に彩香の夢を背負ってほしくないからよ」
そう言って婆ちゃんは続ける。
「もし、私があの時この話をしてたら辞めなかっただろ?」
「あぁ」
「でも、頑張る理由は彩香の夢を聞いたから」
俺はコクリと頷く。
「だからあの時言ってくれれば俺は辞めずに芸能界を続けていた。なんで言ってくれなかったんだ?」
「それは彩香が凛や寧々の意思を尊重してたからだよ」
「……尊重?」
俺はそう言って首を傾げる。
「よく思い出して。凛は彩香から無理やり子役の道に進まされたの?」
「………違う。自分の意思で決めた」
「じゃあ、寧々は子役にならないって決断した時、彩香は怒った?」
「ううん、そんなことなかったよ」
俺と寧々は小さい頃から子役が活躍する映画やドラマをたくさん見てきた。
そんなある日、母さんから…
『こんな子供みたいに活躍したくない?』
と聞かれた。
その質問に俺は子役になりたいと即答し、寧々はならないことを伝えた。
そこまで言われて気づく。
「母さんは俺たちに叶えられなかった夢を託したかったが、無理強いはしてなかった。きっと俺が子役にならないと言っても怒らなかっただろう」
俺の発言に婆ちゃんが頷く。
「彩香は自分の夢を2人に託したかったけど、2人に強制はしなかった。だから、私は彩香のように凛の意思を尊重した。彩香が凛に自分の夢を託したことを知っていたが、辞めないよう説得はしなかった」
「そうだったのか……」
婆ちゃんは母さんの想いを引き継ぎ、俺の意思を尊重してくれた。
「じゃあ何故今になって話したんだ?」
「それは自分の意思で芸能界に復帰することを選択したからよ。今の凛なら彩香の夢を聞いて託されていたことを知っても、芸能活動に影響が出ないと思ったからね」
「……そうだな。母さんの夢を聞いても俺が芸能活動を頑張る理由は変わらない」
俺が頑張る理由は寧々が応援してくれるから。
それは母さんの話を聞いても変わらない。
「だが、やる気は出てきた」
母さんの託された想いや夢を聞き、闘志のようなものが沸々と湧いてくる。
「そう言うと思った」
そう言って婆ちゃんが笑う。
「教えてくれてありがとう、婆ちゃん」
俺は残っていた晩ご飯を急いでかきこむ。
そして勢いよく立ち上がる。
「婆ちゃん!指導の続きを頼む!」
「良い顔ね。ならさっきよりもビシビシ行くよ」
「臨むところだ!」
俺はそう答えて、指導を行う和室へ向かった。
夕食後、婆ちゃんから厳しい指導を受け、クタクタになった身体で風呂に入り、布団に潜り込む。
「もう限界……今すぐ寝れそう……」
そんなことを呟きながらスマホを確認すると、桃ちゃんからメッセージが届いていた。
『夜遅くにすみません。先日お話しした私のお家へ来ていただく件でメッセージをさせていただきました』
そんな固い文章とともに、桃ちゃんのお父さんと会える日時が送られていた。
「ふむふむ、ゴールデンウィーク最終日の夜なら桃ちゃんのお父さんに会えるのか」
俺はゴールデンウィークに入る前、桃ちゃんのお父さんと会うため、桃ちゃんの家に行く約束をした。
何でも、桃ちゃんのお父さんが俺に話したいことがあるらしい。
「ゴールデンウィーク最終日は婆ちゃん家から帰るだけだから夜は予定なんてない。OKと送っておくか」
そう思い、俺は桃ちゃんにゴールデンウィークの最終日なら会えることを伝える。
すると、すぐに返信が返ってきた。
そのため、俺は寝らずに桃ちゃんとやり取りを続け、ゴールデンウィーク最終日に桃ちゃんの使用人が婆ちゃんの家まで迎えに来てくれることとなった。
「桃ちゃんには申し訳ないがお言葉に甘えさせてもらおう」
桃ちゃんの家に行く日、俺が朝から婆ちゃんの家にいることを伝えたら「その場所まで迎えに行きます」と言ってくれた。
人口が500人程度しか住んでいない集落まで迎えに来てくれるよう手配してくれた桃ちゃんには感謝しかない。
「桃ちゃんには何かお礼をしないといけないが何がいいだろうか。お金持ちのお嬢様が気に入りそうな物なんて思いつかないぞ」
そんなことを思いながら、俺は明日からの演技指導に備えて眠りについた。