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サイン会 3

「えっ!桃ちゃんと美柑さん!?」

「おはようございます!夏目様!」

「おはー!」


 何故か先頭に桃ちゃんと妹の美柑さんがいた。


「当選したのでサイン会に来ちゃいました!サイン書いてください!」


 そう言って桃ちゃんが写真集を俺に渡す。


「まさか知り合いに会うとは思わなかったよ」

「私は夏目様のファンですから!サイン会に来るのは当然のことです!」


 そんな話をしながら慣れた手つきでサインを書く。


「そういえばマスクとかしてないけど大丈夫なのか?」


 桃ちゃんはモデル業界では有名なので変装した方がいいと思い声をかけたが「それなら大丈夫ですよ」と桃ちゃんが言う。


「今、私たちの周囲にいる人全員、雨宮財閥の関係者ばかりなので、スキャンダル等に発展しないよう釘は刺してますよ」

「………へ?全員?」

「はい。強いて言うなら関係者でないのは夏目様のマネージャーである矢上さんだけです。なのでここにいる人たちが私たちのスキャンダル写真を撮ったりすることはありません」

「………」


(恐るべし、雨宮財閥)


「って、それよりも夏目様との時間がなくなってしまいます!」

「あ、そうだった!あと何秒ありますか?」

「あと15秒です!」


 俺の質問に矢上さんがすぐ答えてくれる。


「あと15秒あるけど何を……」

「ツーショット写真です!」

「あ、はい」


 食い入るように返答した桃ちゃんが流れるように矢上さんへスマホを渡し、俺に近づいてくる。


「では撮りますよー!」

「はいっ!」


 俺も写真を撮るため桃ちゃんに近づくと…


「えいっ!」


 “ふにゅっ!”とバカみたいに柔らかい感触を右腕に感じる。


(#¥@&%っ!)


 突然のことで変な声を脳内で上げる。

 その瞬間、“パシャっ!”とシャッター音が鳴り響く。


「あははっ!リン様、超テンパってるよ!」

「ふふっ、可愛いですね」


 矢上さんから見せられた写真を見て2人が笑う。


「ちょっ!今のは……」

「夏目様!この写真、大切にしますね!」

「っ!」


 桃ちゃんが振り返りざま満面の笑みを見せる。


「あ、あぁ。で、できれば消してほしいけど……」

「ふふっ、ぜーったい消しませんよ」


 そう言って妖艶な笑みを浮かべる桃ちゃんに俺は見惚れてしまう。


「では私は時間になりましたので美柑に夏目様を譲ります。また一緒にツーショット写真を撮りましょうね!」

「あ、あぁ。またな、桃ちゃん」


 俺は見惚れていたことを悟られないよう、なんとか返答した。




 桃ちゃんが美柑さんの後ろで待機したのを確認し、美柑さんの方を向く。


「さ、さて次は美柑さんか」

「お願いしまーす!」


 元気よく美柑さんが俺に写真集を渡す。

 それを受け取り、俺はペンを走らせる。


「で、美柑さんは残り時間で何をしたいんだ?」

「んー、そうだね。ウチもお姉ちゃんみたいにリン様に抱きついたツーショット写真を撮ろうかなー」

「っ!」


 その言葉に走らせていたペンを落としそうになる。


(桃ちゃんに負けず劣らずの大きさを持つ巨乳をまた押し付けられるのかよ。俺、変な顔しない自信ないんだけど……)


 そう思い、どう乗り切ろうか考えていると…


「こほんっ!みーかーんー?」

「ひぃっ!っというのは冗談でー!」


 急に発言を撤回した。

 そのため声のした方を見てみると、桃ちゃんが逆らえない雰囲気を纏いつつ美柑さんを睨んでいた。


(鬼だ。鬼が美柑さんを睨んどる)


 触らぬ祟りにという言葉通り、見なかったことにする。


「な、ならウチはリン様に頭を撫でてもらうだけにするよ!」

「なっ!」

「はぁ!?」


 俺と桃ちゃんが声をあげて驚く。

 そんな俺たちを他所に、美柑さんが桃ちゃんのそばに行き、何かを耳打ちする。


「ほら、お姉ちゃん。当初の目的を忘れたの?」

「うぅ〜!し、仕方ありません。これも夏目様に変な女性がアプローチしないようにするためです。それくらいなら許しましょう」


 何やら話し合いは済んだようで渋々といった感じで桃ちゃんが引き下がる。


「ってなわけでリン様ー!時間が許す限りウチの頭撫でてー!できれば『毎日お疲れ様。美柑の頑張りは俺が見てるよ』ってイケボで囁きながら!」

「はぁ!?」


 無理難題すぎたので伸ばそうとした手が止まってしまう。


「リン様ー?時間ないよー?」

「……はぁ」


 せっかく来てくれたので可能であれば来た人たち全員の願いは叶えてあげたいと思っていた。

 そのため俺は意を決して美柑さんの頭に手を置き、優しく頭を撫でる。

 そして注文通りの言葉をできる限りイケボで囁く。


「毎日お疲れ様。美柑の頑張りは俺が見てるよ」

「ふぁぁ〜」


 すると美柑さんがだらしない表情となる。


「うぅー!はいっ!終了!もう時間になりました!だから夏目様から離れてください!」


 俺と美柑さんの間に手を入れ込み、桃ちゃんが無理やり引き剥がす。


「ちぇっ、もうちょっと味わいたかったのに」

「そ、それ以上はダメです!当初の目的は達成できましたから!」

「はーい」


 渋々といった形で美柑さんが俺から離れる。


「リン様ー!今日はありがとー!」

「夏目様、今日はありがとうございました」

「あ、あぁ。2人とも来てくれてありがとう」


 俺は2人に礼を言い、2人を見送る。

 すると突然2人が足を止め、矢上さんへ話しかける。


「あ、そうだ。矢上さん。ウチらと身体接触しただけでリン様の体力はすり減ってますので、11時からは身体接触は握手までという形にした方がいいと思いますよ」

「そうですね。夏目様は私たちの無理難題にお疲れのようです。このような難題を突きつけてくるファンは絶対現れますから、今後は握手までにした方がいいと思いますよ」

「そ、そうですね。凛さんと話して検討してみます」

「何卒、よろしくお願いしますね」


 そう言って今度こそ2人が会場から出ていく。


「凛さん、どうしますか?」

「……11時からは握手まででお願いします」

「わ、わかりました」


 桃ちゃんや美柑さんのような対応をあと718人もするのは無理なので桃ちゃんたちの提案に便乗させてもらう。


「2人とも優しいですね。俺の疲労を考えてを握手までという提案をしてくれたんですから。あとでお礼を言わないといけませんね」

「……そうですねー」


 俺の呟きに何故か棒読みで返答する矢上さんだった。

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