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シンクラ社の動きが落ち着いてきた頃、佐藤はリーから仕事に関することで連絡を受けた。彼女は、先日一緒に行ったバーで待っているという。佐藤は少し気になりながらも、そのバーに足を運んだ。
バーの扉を開けると、店内は薄暗く、落ち着いたジャズの音楽が流れていた。カウンターの隅に座るリーの姿が目に入ったが、普段の彼女とはまるで違う様子だった。リーは疲れた表情を浮かべ、前に置かれたグラスの中の酒をじっと見つめていた。
「リーさん、大丈夫ですか?」と佐藤が声をかけると、彼女は顔を上げ、苦笑いを浮かべた。「大丈夫じゃないわ。」彼女の声はかすかに震えていた。
佐藤はリーの隣に座り、バーテンダーにウィスキーを注文した。彼がグラスを持ち上げると、リーも自分のグラスを少し持ち上げ、無言で乾杯した。リーはすでに飲みすぎているようで、頬が赤く染まっていた。普段は自信に満ちた彼女の姿が、今はまるで別人のようだった。
「実は、仕事を辞めることになったの。」とリーはぽつりと言った。佐藤は驚きを隠せなかった。「リストラの対象ではなかったのに、結局は辞めざるを得なくなったの。多くの人が退職してしまったから、残ったメンバーへの負担が一気に増えて、もう限界だった。」
リーはため息をつき、グラスの中の氷が溶ける音に耳を傾けた。「最初は、シンクラ社でのキャリアが順調だと思っていたの。でも、人が減って、クライアントも次々と去っていく中で、仕事のプレッシャーがどんどん増して、ついには私も追い詰められてしまった。」
「でも、最近では仕事も落ち着いてきたわ。急に手が空いてしまって、あれだけ忙しかった日々が嘘みたいに感じるの。」リーの声は疲れ切っていた。「気が抜けてしまったみたいで、今まで頑張ってきたのに、どうしてこんなことになったのかしら。」
佐藤はリーの話を静かに聞いていた。彼女の肩が少し震えているのが見えた。「人の出入りが激しい会社だったから、誰が辞めても特に気にする人はいなかったわ。」リーは苦笑いを浮かべた。「退職を決めた私を見送ってくれる仲間もほとんどいない。だから、せめて一人だけでも送別会に来てほしかったの。」
その言葉に佐藤は胸が締め付けられるような気持ちになった。彼は静かに頷き、リーのためにもう一杯酒を頼んだ。リーの孤独感が痛いほど伝わってきたからだ。店の薄明かりの中で、二人はしばらく無言でグラスを傾け続けた。酒の香りが漂う空間で、言葉にならない感情が二人の間に流れていた。




