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佐藤と中村は、下山した後、駅前の居酒屋に立ち寄っていた。二人とも登山ザックを足元に置き、ビールのジョッキを片手にくつろいでいる。日帰り温泉に寄ってさっぱりした二人は、顔色もよく、リラックスした雰囲気に包まれていた。
「やっぱり、山っていいですね」と、中村が満足そうに笑う。「空気が澄んでいて、景色もきれいで、登った達成感もありますし。」
佐藤はうなずきながら、「そうですね。自然の中にいると、いろいろなことがリセットされる感じがします」と返す。中村の楽しげな表情を見ると、佐藤も自分が初めて登山を始めた頃のことを思い出し、ほほえましく感じた。
二人は、仕事の話や今日の山の感想を交わしながら、自然と笑顔がこぼれていた。中村は、ビールを一口飲みながら、「今度はもっと高い山にも挑戦したいです。佐藤さんがいると安心ですし」と言う。
佐藤は照れくさそうに頭をかきながら、「それは光栄ですね。けど、無理は禁物ですからね。少しずつ慣れていけば、もっと楽しめると思いますよ」と答えた。
中村はその言葉にうなずきながらも、心の中で佐藤の存在がますます大きくなっているのを感じていた。彼の冷静な判断や優しさ、そして山に対する情熱が、中村にとっては尊敬の対象であり、いつしか目標になっていた。楽しい会話が続く中、中村の中には自然と佐藤への好意が芽生え始めていた。
ふと、会話が途切れてしばしの沈黙が訪れた。中村はその静寂の中で、自分の気持ちを整理しようとしていた。佐藤への尊敬が、次第にそれ以上の感情に変わっていることに気づく。酔った勢いもあったのかもしれない。中村は、思わずそのままの気持ちを口にしてしまった。
「好きです…」
言葉が口をついて出た瞬間、二人の間に張り詰めた空気が流れる。中村は自分が何を言ったのかをすぐに自覚し、顔が赤くなるのを感じた。曖昧な告白だったが、その言葉には確かな感情が込められていた。佐藤は驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。




