(19)
クライアントとの打ち合わせが終わり、佐藤と中村はビルを出た。まだ仕事の余韻が残る中、通りの風が心地よく吹き抜ける。中村が少しためらいながら口を開いた。
「さっきの方、エリックソン社にいたリーさんですよね。シンクラ社に移られたんですね。」
佐藤はその言葉に少し動じ、表情を隠すように曖昧に答えた。「ああ、そうみたいだね。」その短い返事が終わると、二人の間には一瞬の沈黙が流れた。中村はそれ以上追及せず、佐藤もその話題を深めることはなかった。
数日後、クレスト・テクノロジーズの社内が突然慌ただしくなった。何人かの社員が同時に退職することになり、その中にはリーダー格の有能なメンバーも含まれていた。社内でその話が広がると、残された社員たちの間に不安と動揺が広がっていった。
佐藤もその知らせを聞いた時、心の中で何かがざわつくのを感じた。退職理由については詳細は伏せられていたが、何かしらの不満や違和感があったのではないかという憶測が飛び交っていた。
さらに追い打ちをかけるように、長年の取引先であり、売上規模の大きいクライアントから契約満了の申し出があった。突然の終了に驚きを隠せない社員たちは、さらに動揺を深めていった。社内の空気が重く、どこか陰鬱なものに包まれていくのを佐藤も感じていた。
そんなある日、中村が佐藤のデスクに立ち寄り、静かな声でつぶやいた。「最近、会社の雰囲気が変ですよね…。何か、よくないことが起きているような気がして。」
佐藤は中村の言葉に頷きながらも、どう答えればいいのか分からず、視線をデスクの上に落とした。会社の未来が不透明になりつつあることに、佐藤自身も不安を感じていた。中村の言葉は、佐藤の中にわずかに押し込めていた不安を、現実のものとして突きつけていた。
「何が起きているんだろうな…」佐藤は小さなため息をつきながら、デスクの上に置かれた資料に視線を戻した。社運をかけたプロジェクトの失敗、そして人材の流出。何かが確実に変わろうとしている。それが、どのような未来をもたらすのかはまだ誰にも分からないが、佐藤はその変化に直面する覚悟を決めなければならないと感じていた。




