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エピローグ


 晴れて両想いとなり、付き合うことになった二人だったが、海人の写真コンテストの応募と文化祭とが重なりあわただしい日々だけが過ぎていった。女子生徒に襲われた事件も、大事にはしたくないからと海人には黙っててもらうことにした。少し後に海人からあの女子生徒が三年生だったとだけ知らされて少しほっとした。あと数か月したらこの学校からいなくなると思うと心の安寧が違ってくる。

 幸いにも、慌ただしさに事件を思い出すこともなく、発作も落ち着いている。

 放課後も航は文化祭準備に駆り出され、海人は写真のデータ修正があるからとそそくさと帰ってしまって全く二人の時間が取れずにいた。

 甘くない。

 全然、甘くない。

 普通、思いが通じた恋人はもっといちゃいちゃするものじゃないのか。

 学校でも、休み時間はクラスの男子とわいわい騒ぐきりで、昼休みくらいしか一緒の時間がない。それだって、全と真尋と一緒で……。二人きりじゃない。思いが通じ合った時以来キスだってしていない。

 航の不満は募るばかりか、仕舞いには、

 ――こいつ、本当に俺のこと好きなのか? もしかして、モデルを拒んだからその場しのぎに嘘ついたとか……?

 と疑問が浮かんでくるほどだった。

 悶々とした日を過ごす間に、文化祭当日がやってきた。お化け屋敷のため、当日はお化け達が頑張ってくれるから、準備要員だった航にはほとんど出番がない。呼び込みに立ってほしいと遠まわしに言われたが、そんなことできるわけないので、大人しくお化け屋敷内のセットの点検係を申し出た。

 海人のお化け役のシフトも午前だから、午後は一緒に周れると思った航だったが、展示スペースの助っ人を頼まれたとかで振られてしまった。

「いやー疲れた疲れた」

「二人ともお化け役お疲れさま」

「すげー悲鳴聞こえてきた」

「だろー! 俺頑張った」

 午前のシフトを完了した面々は、手の空いているクラスメイトが買ってきてくれていた屋台飯を食べようと控室にやってきた所だ。

 真尋と全は部活の模擬店もあるため、昼飯を食べたらそちらに向かってしまう。

「海人くん、お昼一緒に食べれないの?」

 着替えとメイク落としを済ませ、焼きそばを一つとたこ焼きを一つ手に取り鞄に閉まう海人に真尋が声をかける。

「うん、もう行かなきゃなんだ。後で二人のとこ顔出せたら行くね」

 は? そんな時間あるならどうして自分と周らないんだ?

 瞬時に浮かんできた不満とも疑問ともつかない言葉は飲み込まれる。

「じゃぁねー」と手を振って海人は颯爽と消えてしまった。なんの言付けもなければ、なんの未練も感じられない。一緒にいたいと思っている自分とは真逆のその態度に超絶イライラする。

「さ、俺たちもちゃちゃっと食べて手伝い行かなきゃ」

「だな。航はこの後どーすんの?」

 全に問われて、航は思案する。校外も含めた人でごった返す中を一人で周るのはリスクしかないし……。かと言ってずっとここに居るのもな……。

 首をひねる航に、全が「バスケ部の手伝いに来る?」と言った。

「クレープ屋だから、裏で果物切ったり生地作ったりだし、仁美もいるし」

 自分の発作のことを慮ってくれて本当にありがたいと思う。だけど、完全アウェイの所に乗り込む勇気はなかったので「仁美にこき使われそうだからやめとく」と辞退した。

「確かに」

「あいつは人に指示するだけでな」

「やりそう」

 声を立ててみんなで笑った。

 二人を見送った航は、そのまま控室で時間をつぶすことに決めてワイヤレスイヤホンを耳につけ、スマホの音楽アプリを開く。

 好きなバンドの再生リストをタップすれば、聞きなれたサウンドに包まれた。そのあとは、SNSを見たり漫画を見たりして時間をつぶしていた。控室は、ちょうど午後からシフトの入っているクラスメイトがちらほらとやってきていた。普段、特に用事がない限り航に声をかける人は滅多にいないのだが、今日はなんだがいつも以上にちらちらと目を向けられていることに気づくもスマホに視線を落として無視していた。

「――しき、倉敷」

「ん、ごめん、なに?」

 耳からイヤホンを外して顔を上げる。クラスメイトの矢島と高岡だった。二人はお互いに目くばせをして気まずそうにしていた。

「手伝いいる?」

 お化け屋敷の人手が足りていないのかと思いそう聞くと、「そうじゃなくて……」と矢島が言葉を濁す。すると隣の高岡が口を開いた。

「めちゃくちゃかっこよかったよ! なあ!」

「う、うん! 倉敷ってあぁいうことするんだなって意外だったけど、すげえよかった」

 興奮気味にそうまくし立てられて、混乱する。全く話が見えない。

「えっと……、悪い、なんの話?」

 二人は顔を見合わせたあと、口をそろえて言った。

「「写真だよ!」」


 航は、人でごった返す校舎を早歩きで駆けていった。着ていたパーカーのフードを目深に被り、極力顔が見えないように俯いて。時々「あっ、今の航くんじゃない?」「ちょ、めっちゃイケメン!」という女子の声から逃げるように急いで目的地の展示スペースへと向かった。

 展示スペースは、美術部や手芸部、文学部などの作品を展示している。たどり着いたそこは、テーブルや衝立がいくつも置かれて、そこに作品が飾られていた。ちょうど昼時だったのもあり、中を見ている人はまばらだった。ざっと中を見渡して居るはずの海人を探したが見当たらない。

 航は早足で中を進み、それらしきものを目指して見て回った。

 それはすぐに見つかる。

 大きく引き伸ばされた航の写真がそこにあった。

 海沿いの街道で撮った写真だ。堤防の上にうずくまってこちらに顔だけ向けている人物は正真正銘自分なのに、まるで自分じゃないみたいだった。

 カメラを……、海人を見つめる自分は、こんな顔をしているのかとまざまざと見せつけられて、航は一瞬で顔に熱が集まった。

 ――いいね、すごく綺麗だ。

 あの時海人が放った声が耳に響く。確かに綺麗だ。けど、綺麗なのは景色だ。空と海と道と街路樹のコントラストが美しく、海人の写真らしく光に溢れている。その中心にうずくまる自分は、何かを訴えるような表情をしていてどこか物憂げな顔をしていた。景色の美しさと相容れていない気がするのに、写真は一つの作品としてしっかりとまとまっている。

 さすがだな、と思った。

 ふと、写真の下に張られた紙が目に入る。撮影者はKAIで、題名は……

「運命……」

 海人は、一体どういう意味でこの題名を付けたのだろうか。

 航は、この時の寂しさをふと思い出す。

 手を伸ばせば触れられるくらい近くにいるのに、手に入れられない苦しさに耐えられなくてうずくまった。海人は結局被写体としての自分が好きなだけだと、自分ばかりが海人を思っているのが辛かった。

 でも、今はあの時とは違う。

 海人の初恋は実は自分で、海人も自分を好きだと言ってくれた。

 この写真を見た瞬間、さっきまで心を占拠していた不安が消え去った。心を色濃く覆っていた影がすーっと薄れていき、陽が差してきた。

 写真の中、柔らかな雰囲気に包まれている自分は、すごく「大事なもの」に見えた。

 これが欲目でなければいいのにな、と願わずにはいられない。

「あ、見つかっちゃったかー」ふいに後ろから抱きつかれ、体勢を崩す。少し甘い香りが鼻先をかすめ、心臓がきゅうっと絞られる。

「お、お前……これ」

 突然現れた海人は抱きついたまま、振り返った航の頬に触れるだけのキスをした。

「っ⁉」

「大丈夫、誰も見てないって」と、きょろきょろと周りを見渡す航に言う。幸いにも、視界に入る範囲には人はいなかった。だけど衝立の向こうから聞こえてくる話し声に、航は気が気じゃない。

「離れろって」

 嘘だ。本当はずっと抱きしめていてほしい。そしてキスもしてほしい。その漆黒の瞳に自分だけを映してほしいと心が訴えている。

 それでも、周りの目が気になる航は首に絡まる腕を剥がして海人から離れた。

「これ、聞いてない」

「えー、だって俺に任せてくれるって言ったからさぁ」

「それは、コンテストの話だろ」

 睨みをきかせるが、海人は写真の貼られている衝立の上の方を指さし「見て見て」と言う。その顔はいたずらを思いついた小学生のそれだ。

 目を向けると、そこには

「誠南高校写真コンテスト……」

 と書いてあった。

「ね、約束は破ってないよ? どうですモデルさん、写真を見た感想は?」

 自信たっぷりな態度に、航はたまらず笑った。

「ふはっ、自信満々かよ。むかつくけど、すごくいい。さすがだよ」

「あー! いたいた!」

 騒がしい声と共に現れたのは、全と真尋だ。

「二人とも、模擬店の手伝いは?」

「いや、風の噂で航の写真が展示されてるって聞いて、いてもたってもいられなくて抜けてきた」

「俺も全に連れて来られたんだけど……うわー、すごい」

 写真を見て、二人は歓声をあげた。

 自分の目の前で知り合いに見られるのは、なんとも言えない気分になる。

「航、お前やっぱかっけーな」

「うん、男の俺らから見ても、かっこいいんだもん、そりゃ女子が放っておかないよね」

 さらに褒められたら、もうたまらなく恥ずかしい。

「でしょでしょ」

「もう、いいから」

「あ、航照れてるー!」

「真尋うるさい」

「いやー海人のおかげでいいもん見れたわー」

「全も黙れ」

 笑いが沸いて、航は恥ずかしさで赤くなった顔を隠すようにフードを引き寄せた。すると頃合いを見計らったようにぞろぞろと人が入ってきて、会場内は一気に騒がしくなった。

「なんか、氷の王子の写真があるんだって!」

「早く見たい見たい!」

「どこだろー」

 どうやら噂を聞きつけた女子生徒が来たようだった。航以外の三人は顔を見合わせて肩をすくめる。

「じゃ、俺たち戻るね」

「おう、また後でな」

 真尋と全は急ぎ足で会場を出ていった。すぐそこに迫る女子生徒たちと鉢合わせしたくなくて、どこに逃げようかと中を見回していると「こっち」と海人に手を引かれた。入口とは反対の衝立の裏へと進むと、そこに積まれていた椅子を二つ取り出して並べてそこに座った。

 なんでこんなとこ、と目で訴えるが海人は口に人差し指を当てて「しー」と口を象る。壁と衝立の間で狭い所に椅子もピッタリとくっついているから右側が全部海人と触れている。

 どうしよう、二人きりになるのは告白して以来初めてで、心臓がどくどくと早鐘を打ちはじめた。

「あった! これじゃん!」

「きゃー! 我らが誠南高校の至宝……!」

「尊いー」

「やば……色気に当てられた……鼻血出そう」

 口々に放たれる恥ずかしいセリフに、航は耳をふさぎたくなった。よほど渋い顔をしていたのだろう、隣で海人がくすくすと笑っている。

「ねぇねぇ、題名、運命だって!」

「私にも氷の王子との運命がほしいわー」

「ないない」

 ぎゃははは、と豪快な笑いが起こった。

 そういえば、題名の意味を聞き損ねたなと思っていると、体に海人がまとわりつくように腕が回された。ぎゅっと身体の密着度が増して、心臓がひっくり返るかと思った。そしたら次は、耳朶に柔らかな感触が。

「残念、航は俺の運命だから」

 くすくすと、笑いながら耳元で囁かれた甘い声と吐息に身体の芯が震える。それだけで腰が砕けそうになった。

 運命とは、そういう意味だったのか。込み上げる嬉しさに胸が苦しい。

「あの子たちにも、ほかの誰にも俺のミューズは渡さない」

 腕に力が込められて、頬に熱い視線を感じる。予感が、胸をくすぐった。

 おずおずと横を向けば、期待通り唇を優しく奪われた。

 何度も啄んで、角度を変えて深まるキス。

 その甘い痺れに、夢中になって応える。慣れないなりに、必死に息継ぎして舌を伸ばして。

 このまま全部食べられてしまいたい。理性が吹っ飛びそうになりそうになった時、衝立の向こうから聞こえる声に現実に引き戻され、力の入らない手で海人の胸を押し返した。

「か、海人、も、これ以上は……」

「やだ、もっと。足りない。全然足りない」

「んん……」

 ひとしきり味わって満足した海人は、へとへとになった航を腕にしっかりと抱きとめる。航はくったりと海人の首筋に頬を摺り寄せた。海人の匂いが心地よい。

「はぁ……幸せ……」

 噛みしめるように放たれたそれに、胸が熱くなった。まさしく今自分も感じていたのと同じ感情だったから。

 モデルを全然諦められない現実を受け止められたことも、こんな自分でももう一度モデルができたことも、全部海人のおかげで感謝しかない。さらに、その海人とこうして両想いになれたことは、信じられないくらい嬉しい出来事だった。

 初めて、誰かを好きになって、思いが通じて口づけを交わして。

 幸せ以外の何物でもない。

 あぁ、これが幸せなんだってきっぱりと断言できる。それくらい、幸福感に満たされた。

「俺も、幸せ」

 顔を上げて見つめて思いを伝えて。

 今度は自分から、唇を寄せてキスをした。


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