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4話


 週明け、始業ギリギリに登校した航は、自分の席に座る海人を見つけて足が止まる。「おはよーマイハニー!」と、すがすがしいまでの笑顔を向けられて頬が引きつった。

 こっちはろくに眠れていないのに、と航はぶつける当てのない文句を内心でつぶやく。

「寝坊したの? やっぱり朝家まで迎えに行こうか?」

 机に頬杖をついて上目遣いで航を見上げている海人の、無駄に色気のある顔がいつも以上に腹立たしい。

 昨日、こいつにキスされたんだよな……。

 ぼうっと、そんなことを考えているうちに自然に少し厚みのある唇に目がいってしまい、慌てて逸らした。

「航? 顔赤いけど、もしかして体調悪い?」

 すぐ近くで聞こえた声に、胸の奥がぎゅっと絞られる。いつの間にか立ち上がっていた海人が、前髪をかき分けて露出した額に自分の額をくっつけた。

「きゃーっ!」

「尊死!」

 黄色い悲鳴で我に返った航はのけぞった。

「んー、熱はないかな?」

「な、なにすんだよ、さっさとどけ」

「航は照れ屋さんなんだから~」

 ふざけたことを言いながら自席に戻る海人の背中を、ありったけの恨みを込めて睨みつける。一人気にしていた自分が馬鹿みたいだと嘆息した。


 昼休憩の時間、天気がいいからと外階段の踊り場で航は真尋と昼食を取っていた。全はバスケ部の練習で、海人は用を済ませてから来るとかでいない。久しぶりに静かな空間に来た気がして、心が安らいだ。

 もう九月の最終週になり、あれほど厳しかった残暑もどこ吹く風。肌に張り付くようなもわっとした風は、いつの間にか涼し気な秋風へと成り変わり、シャツだけだと肌寒い。明日は忘れないように、カーディガンを着てこよう。

「なんか、悩みごと?」

 購買で買ったパンを黙々と食べていると、不意にそう声を掛けられる。隣の真尋がこちらを見上げて首をかしげていた。

「今日は特に上の空だなと思って。この前の話となんか関係あったりする?」

 この前の話し……と考えて、思い当たる節は一つだけ。

「んー……」と曖昧に返す航を見て、真尋は「あるんだね」と苦笑を浮かべた。やっぱり真尋には隠し事はできないなと思う。

「ちょっと、いろいろあって……処理しきれないというか」

 本当に言葉通りで、航の頭の中はほぼ混乱していると言ってもいい。昨日の海人の家で起きたアレコレは、航の心をひっかき回して夜もなかなか寝付けなかったくらいだ。

 それと同時に、真尋の言葉が頭の中をずっとぐるぐるしていた。

『こう……胸がぎゅうってなって苦しくなるっていうか……ドキドキして、相手に触りたいとか思うかな』

 真尋の言うそれと昨日の自分の感情が同じなら、それは自分が海人にときめいたということになる。

 そんなこと、おかしいだろ。相手はあの変態だぞ。

 もうずっとその押し問答がエンドレスに繰り返されていた。

「あー……そっかぁ……いろいろあったんだね」

「今まで感じたことのない気持ちで……、これがなんなのかよくわからない」

 自分の手に負えない事象に、航の口からはぽろぽろと言葉が零れ出てくる。

「誰だって初めてのことには戸惑うよね」

「真尋も、戸惑った?」

 誰かの実体験が知りたい。航は真尋をじっと見つめた。

「うーん、どうだろう。初めて誰かを好きになったの、もっと昔だったからなぁ……、戸惑うとか、そんな難しく考えなかった気がする。ただ直感で『あ、好きだな』って思った記憶があるくらいかな」

「そっか……」

 そういうこともあるんだ。人の感情というのは、本当にケースバイケースだなと思う。色恋沙汰に興味を持つタイミングも違えば、その感情をどう捉えるかも人それぞれなんだから、そもそも比べられるものじゃないのかもしれない。

 ヒントがもらえるかもしれない、と甘い考えでいた自分が馬鹿だった。

「あ、でも、そういう気持ちって結構シンプルなのかもって時々思うんだよ」

「シンプル?」

「うん、その航のよくわからない感情を、アリかナシかで判断してみてもいいかも」

 アリかナシ。オウム返しのように心の中でつぶやく。どういう意味か、真尋の説明を待った。

「その感情を、もう二度と味わいたくないって思えばナシで、また感じたいって思ったらアリ。航のその感情は、どっち?」

 ――あぁ……なんてこった。

 答えが出てしまった。

 真尋の言葉で、瞬時に頭の中で決着がついた。

「って、聞くまでもなかったね」

 火照る顔を両手で覆った航を、真尋は微笑まし気にふふと笑う。

「嘘だろ……」

 どうしよう。

 自分は、これからどうすれば良いんだ。

 今度は違う次元の悩みが沸き起こって頭の中がパニック状態に陥った。

「もしかして、航に初恋が訪れたのかな? いいねぇ、春だねぇ、微笑ましいねぇ。俺、応援するよ」

 百歩譲ってこれが初恋だとして……。

 初恋相手が同性でしかもあの変態って、ハードル高過ぎじゃないか?

 いや、そもそも自分の趣味が悪すぎて目も当てられない。

「って言っても、海人くんなら、気持ち伝えれば即OKだと思うけど」

「いや、アイツは俺のことなん……って、……え」

 あまりの衝撃に、顔を上げる。ぽかんとあほ面をしているであろう自分を、真尋はからかうでもなく至って真顔で「あれ、違った?」と聞いてきた。

「な、なんで」

 わかったんだ……。

 そんなにわかりやすかっただろうか。

「消去法で、ね。学校外っていう選択肢もあったけど、時期的にもそうかなーって。違う?」

「ちが……わない……」

 いたたまれなくなって、もう一度手の中に顔を埋める。するとそこへ、「おっまたせー」と渦中の人物がバタバタと足音を鳴らして現れた。

「なになに? なんの話してたの?」

 航と真尋の向かいに腰を下ろして、海人は弁当箱の包みを開く。

「んー? それは内緒」

「えー、俺だけぼっちじゃん。悲しいなーって、航どうかした? ……やっぱり体調悪いんじゃないの⁉ 保健室行く?」

 どうにか顔を見ようと、覗き込んでくるのを気配で感じるが無視を決め込む。正直今は顔を合わせたくない。だけど、このままでいるわけにもいかないし……。

「立てないなら俺がお姫様抱っこで連れて行ってあげるよ?」

「もううるさい、黙って早く食え」

 そう言うと静かになったので、航は顔を上げる。海人は弁当を食べながらこちらを見てニコニコしていた。

 航は動揺を隠すように、パックの麦茶を口に運んだ。

 海人の顔は、同性の航から見ても確かに整っているし、いつも笑顔で明るい雰囲気は人懐っこくて親しみやすさもある。だけど……、

「はぁ……俺、そのストローになりたい。んで、吸われたいし嚙まれたい」

「げほっ……ごほ……」

「ぶっ! ……くくくっ」

 変態なのが頂けない。

 航は咳込み、真尋は必死に笑いを堪えようとして、堪えきれていない。「ちょ、海人くん……笑わせないでよ」くくく、と腹を抱えている。

「真尋、俺は真剣なんだよ!」

 航は持っていたストローに目を落とし、まじまじと見た。ストローには噛み跡がつき、楕円形にひしゃげている。ストローになりたいとは、どういう頭をしているのか。

 しばらくぼうっと見つめていると、そのひしゃげたストローに目と鼻と口がつき「航ー! 俺のこと吸ってー! 噛んでー!」と手を振っている。その顔が海人の顔に見えた航は、まだ中身の残った麦茶のパックをビニール袋に放り投げた。

「あ、捨てちゃうの? 飲まないなら俺がもらうのに、もったいないなぁ」

「先に戻る」

 真尋の苦笑いを視界の端にとらえつつ、航はその場を後にした。


 自分の気持ちを自覚した航だったが、依然として悩みはなくならず悶々とするだけで時間だけが過ぎていく。

 恋愛経験のない航にとって、誰かを好きになるということ自体が未知の世界で、次の一手をどうすればいいのかすらわからない。いや、正確にはわかってはいるが、自分がそれをするイメージが全く浮かばない。

 なによりも、この前のキスが航の頭を悩ませていた。

 どうしてアイツはキスしたのか……。

 あれからすでに一週間。

 海人はといえば、相も変わらずにへらへらと航について回った。強いていえば、前よりもボディタッチが増えた気がしなくもないが、それは単に自分が意識し始めただけのような気もする。

 だけど、海人から告白されたわけでもない現状から見るに、アイツにとってはキスなんてあいさつ程度でしかなく、からかっただけ。自分のことなどただの被写体、作品の一部にしか思っていないのだろう。

 一人で考えれば考えるほど、自分は海人の恋愛対象ではないという結論に至って、落ち込む自分に嫌気が差す一週間だった。

「航、はい、あーん」

 目の前で、つまんだポテトをこちらによこす海人を、航は頬杖をついたままじっと見る。二人は放課後に駅前のモックに来ていた。大体、いつも航は飲み物だけで海人がハンバーガーセットを平らげるのに付き合っているだけだが。この時間が嫌いじゃない。自分に向けられる熱い視線と熱烈な興味こそ変態の域だが、それ以外は至って普通の男子高校生で話していて普通に楽しい。カメラと写真の話も好きだ。

 少し考えてから口を開けると、海人は顔を輝かせてポテトを放り込んだ。遠くの方で悲鳴のような声が聞こえたが、気にしない。二人が一緒にいるとどうしても人目を引いてしまう。それはもう仕方のないことだった。

 それに、こうして海人と一緒に過ごしているのは、自分の気持ちが一時の気の迷いじゃないかどうかを確かめる意味もあった。真尋との問答で、自分が海人にときめいたのは事実。だけど、もしかしたらなにかの間違いだという可能性も否めない。

 塩のきいたそれを飲み込むよりも先に、またポテトが口先にちょんとあたる。抗議の目を向けるも、海人はニコニコと笑顔を崩さないしポテトも引っ込めないので、仕方なくそれにもぱくっと食いついた。

「はぁ、かわいい。ひな鳥に餌付けしてる気分。このまま俺に懐いてくれないかなぁ。刷り込み効果があればいいのに」

 うっとりとした溜息と共に吐かれた変態発言は無視。次々に差し出されるポテトを何本か食べ終えて、「もういらない」と告げれば残念そうな顔をされた。

 この変態に対して好意を持ってしまっている時点でもう十分刷り込みされている、と思ったのはここだけの話。

「あ、そうだ。撮影、いつにする?」

 ビッグモックを平らげた海人が、指をペロリと舐めてから言った。こいつの何気ない仕草は、無駄に色っぽくていちいち目に毒だ。

 艶っぽく濡れた唇を見て、あぁ、こいつとキスしたんだよなと、余計なことを思い出してしまい心臓が早鐘を打つ。航は努めて平然を装い「ん?」と目線だけ向けた。

「俺が航を撮るの! 約束したでしょ」

「んー」

 したような、してないような。航は海人の家で泣いた日の記憶を手繰り寄せるが、あの時は酷く混乱していてはっきりと思い出せない。

「乗り気じゃない?」

「いや……、そういうわけじゃないけど……」

 三年というブランクが、航を不安にさせる。この前見せてもらった自分の写真は、確かにいい出来だった。でもそれは、海人の腕のおかげ。いざ撮られると思うと尻込みしてしまう。

 曖昧に言葉を濁していたら、「なら撮るよ。今度作戦会議しようね」と押し切られてしまった。


 作戦会議? なんだそれ。

 そう思いながらも、撮影に自信がなかった航はあえて自分からその話題に触れないでいたら、放課後もどこかに寄ることなくそそくさと帰るし、次の週末も音沙汰なし。

 どことなく物足りない。かと言って、自分から「モック寄らない?」なんて誘う勇気はない。それにそんなことをしたら、海人が調子に乗って騒ぎ立てるのが目に見えている。

「また告白?」

 昼休みに、誰かに呼ばれて戻ってきた海人に、全が聞く。海人は、頭をかきながら「いやーモテる男は辛いねぇ」と笑った。

 それを聞いた航は、みぞおちの辺りを手で押さえる。なんだかもやもやして気持ち悪い。海人が転校してきて早一ヶ月以上。バイでも航にご執心でもそれでもいいという生徒からの告白は定期的に訪れているようで、こうして呼び出されて告白されたり手紙をもらったりするのはそう珍しいことではないのに。

「またお断り?」

 それほど告白されているのに、海人は誰かと付き合っている様子がなかった。

「うーん、今はそういうのいいかなーって。それに、俺には航がいるからそんな暇ないし」

 急に抱きつかれてぎょっとする。海人の長い髪が頬に触れて、同時に爽やかな香りに包まれた。「ね、航」と耳に触れた口から発せられた声音が骨を震わせた瞬間、ぶわっと体中の血液が沸騰したみたいに熱が押し寄せ、変な声が出そうになった。

 無理……!

 どうにか堪えて、心の中だけで悲鳴を上げる。平然を装いながら海人の顔を手で押しのけて引き離した。顔が熱い。耳に海人の唇の柔らかな感触と熱と、声音が張り付いているみたいだった。

「恥ずかしがりやさんな航も好きだなぁ」

「え、なにお前ら、もしかしてヤッ――いだ!」

 思いっきり投げたペンケースが全の顔面を直撃した。

「お前とはもう口きかない」

「わーごめんってぇ~」

「今のは全が悪いね」

 真尋が呆れて肩をすくめる。

「デリカシーのない男はモテないよ?」

 そう言った海人にその場にいた全員の視線が向けられた。

「え? なに? 俺なんか変なこと言った?」

 こいつ、自覚ナシかよ。まぁ、こいつの場合モテてるのが厄介だよな。

 航含め他の二人もそれ以上なにも言うまいと視線を逸らした。

「あ、いたいたー!」

 甘い香りとやってきたのは、仁美だった。遠慮なく教室に入り、航たちの所までやってくる仁美に、周りの女子たちからの妬まし気な視線が集まる。慣れたもので、気にする様子もないその気概は大したものだなといつも感心する。

「はい、これおやつに召し上がれ~!」

 机に置かれたのは、透明な袋に入ったクッキー。海人以外の三人は凍り付いたように固まった。

「美味しそう! ありがとう仁美ん」

 海人は無邪気に喜んで、四つある内の一つに手を伸ばした。それを航たち三人は死んだ目で見ていた。仁美は料理が壊滅的に下手なのだ。それを知らずに夏休み前に食べた焼き菓子は最悪にまずかった。

「ほらほら、あんた達も遠慮なく食べなさい?」

「えっと……仁美ちゃん、確認なんだけど、これは誰が作ったのかな?」

 恐る恐る聞く真尋に、仁美は「もちろん私よ」と胸を張った。

 三人は互いに目配せをして冷や汗をたらす。

「って言っても、家庭科の調理実習だから、班の子と一緒にだけど」

「ま、まぁ、それなら……」

「大丈夫、か……?」

 それでも躊躇う三人。それに気づいていない海人がパパっと袋を開けて、「いっただきまーす」とクッキーを口に放り込んだ。

 ごくり。

 三人は、もぐもぐと咀嚼する毒見薬……もとい、海人を固唾をのんで見守った。

「うん、美味しいよ!」

「え」

「ホントか?」

「マジ?」

 口々に驚きの言葉が零れる。三人はほっとして袋に手を伸ばしてクッキーを頬張り、口々に「うん、美味しい」とつぶやいた。

 白と黒の市松模様や渦巻模様などが綺麗なそれはあっという間になくなった。

「仁美、ごちそうさま。美味しかったよ」

 食べ終えた航が仁美にそう言う。かすかな笑みをその整った顔に湛えて。ほんの少し細められた薄茶色の瞳に見つめられて恋に落ちない女子はいないとまで言われる航の、貴重なほほえみに仁美も笑顔で返した。

 ほう、と教室のあちこちから感嘆の溜息が零れた。

「むむ……」

「どうしたの、海人くん」

 真尋の声で振り向くと、海人が口を尖らせて不服そうな顔をしている。顎を引いて上目遣いに睨む先は、仁美だった。

「仁美んてなんか、航の特別って感じがして……ずるい」

「ぷぷ、海人くん私にやきもち?」

「なんてったって、航と会話できる唯一の女子だからね」

「そうそう、全校女子生徒の妬みの的だからなこいつ。いつか刺されんじゃね? って俺は思ってるよ」

「ちょっとやめてよ、縁起でもない」

 その場で笑いが起こる。確かに仁美は普通に話せる唯一の女子だが、それは仁美が自分をそういう対象として見ていないからというのと、距離の取り方も気を使ってくれているから。必要以上に近づいたり触れたりしないよう気を付けてくれているのを、航は気づいている。

 こんな面倒くさい自分にも、気さくに話しかけてくれる仁美には感謝の気持ちしかない。それに、女性というだけで発作が出るわけでもないという、かすかな希望でもあった。それになにより、数少ない友人は大事にしたいと常日頃思っている。

「海人くん安心してよ、航は私に恋愛感情なんてこれっぽっちもないから。――あっ、いけない、もうこんな時間! じゃぁ、またね」

 早口に言って仁美は去っていった。

「ってことだから、あいつのことは気にせず海人は頑張れ」肩にぽんと手を乗せる全を、海人はニヤニヤした顔で見返す。

「そういう全は告白しないの?」

「は? だ、誰にだよ」

「え、隠してたつもりだった? バレバレだから、ねぇ、真尋っち」

 真尋が「ん、あ、まぁ」と言葉を濁すのを見て、全は恥ずかしそうに「マジかぁ」と天井を仰いだ。

「全、お前好きな人がいたのか」

 素直に疑問を口にした航を、三人は信じられないといった顔で見た。


 その日の放課後、昇降口の下足入れを開けた途端、雪崩のようになにかが落ちて航の足元に散らばった。隣にいた海人の口から「うわー、すごい」と驚きの声が零れる。

 昼に仁美がくれたのと同じ、クッキーだった。

 うんざりして、数秒固まる航。と、そこに「あーやっぱり!」と慌てた様子の仁美が現れた。

「ごめん航。私が、航達にあげたって話を同じ班の子に報告したのがまずかったみたい」

 ごめんね、と再度謝りながら仁美は航の足元に落ちたそれを拾い、手に持っていた紙袋に詰め込んでいく。航と海人もそれを手伝った。

「はい。嫌かもだけど、持ち帰るだけ持ち帰ってあげて」

 こういう類のもの、特に食べ物はなにが入っているかわからないこともあり、大体学校のゴミ箱に捨てていたが、仕方なく紙袋を受け取る。

「……わかった。仁美の頼みじゃ断れないな」

 笑うと、仁美がじっと見つめてきた。「どうかした?」と首を傾げれば、仁美はハッとして紙袋から手を離す。

「う、ううん、なんでもない。じゃぁ、私は部活あるから」

「あぁ、頑張れよ」

「言われなくても、全のやつをみっちり扱いてやるんだから」

 息巻く仁美にじゃぁなと手を振って、海人と一緒に学校を後にした。

「……なぁ、全の好きな相手って、もしかして仁美?」

 昼休みのやり取りの流れから導いた答え合わせを、海人に投げる。本当は、本人に聞くのが道理なんだろうが、なんとなくそれは憚られた。

「あ、やっとわかった? とってもお似合いな二人だと思うけど……」

 含みを持たせた言い方に、「けど?」と一歩後ろを歩いていた海人を振り返る。海人も立ち止まり、こちらに視線をよこした。その顔は穏やかに頬んで、ううんと首を横に振る。

「上手くいくといいよね」

「……だな」

 人の恋愛に自分がとやかく言う立場にないので、航はそれ以上の深追いはやめておいた。それに、仁美がどう思っているかは知らないが、二人には仲良く笑っててほしい。例えそれが友達でも恋人でも、どんな形でも。それが航の今の気持ちだった。

「航は、仁美んのことホントに友達としか思ってないの?」

 一瞬なにを言っているのかわからず、海人をまじまじと見返す。それくらい、航にとって仁美は今も昔も友達だ。そうだけど、と返せば「ホントに? かわいいとか思ったこともない?」と問いただされた。

「ない」

 確かに、ない。

 聞かれて思い返してみる。容姿も整ってるし性格も明るくて周りから人気もある。だけど、仁美にそういう感情を抱いたことは一度たりともなかった。とそこまで考えて、自分の恋愛対象はそもそも男なのかもしれない、とふと頭をよぎる。あんなことがあったから、見てくれだけは文句なしの海人にある意味“妥協”してしまったのかも、という思考も少なからずあったのだ。

「ふーん。航が好きになる人って、どんな人なんだろう……」

 どこか一点を見つめながら独り言のようにつぶやく海人に、心の中で「お前だよ」と突っ込んだ。どうやら、もう認めざるを得ないらしい。降参だ。白旗を挙げる自分の姿が見える。

 認めてしまえばなんのその。もう開き直るしかない。

 なんだか胸がすっとした。

 それと同時に、やはり浮かぶあの疑問。

「なぁ……」と、海人を呼ぶ。

「うん? なに?」

 首をかしげて目線を合わせてきた海人に、航は口を開く。

 ――なんでキスしたんだよ。

 言おうとして言葉に詰まり、口が空回りする。

「……やっぱなんでもない」

 今一番聞きたいそれは、声にはならなかった。




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