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2話


 日曜日、航は学校の最寄り駅に居た。黒のスキニーに白の長袖シャツを合わせた至ってシンプルな出で立ちにも関わらず、駅の改札を行き交う人の目を惹きつけていた。

 ちょうど昼時の駅前は人が多く、視線が煩わしい。

 こんなことならもう一本遅らせればよかった。

 極力周囲が視界に入らないようにスマホをいじって待っていると、自分ではない白いスニーカーのつま先が見えた。顔を上げると、私服姿の海人が息を弾ませて立っていた。

「ごめん、お待たせ」

「遅い」

 まだ待ち合わせの時間にはなっていなかったが、人の視線に晒されて不機嫌になっていた。完全なる八つ当たりだ。なのに海人は意に介さない様子で「ごめん許して」とにへらと目尻を下げた。

 オーバーサイズのカットソーにテーパードパンツをはき、肩からは厳ついカメラバッグをぶら下げている。航よりも背が高いため、立っているだけで様になるのが無性に癇に障った。

「むかつく」

 宝の持ち腐れだ。

「えぇっ、何が? 待たせたのが? 次からは待ち合わせの一時間前には来るようにするから許してぇ……」

 海人は涙目になって許しを請う。

「違う、その話じゃない」

「じゃぁどの話⁈」

 混乱する海人を置き去りに、航は歩き出す。すぐに海人が隣に並ぶ。

 LINEを交換したのが昨日。案の定その日の夜には大量のメッセージが送られてきて、『用もないのに送ってくるな』と返したら日曜日に撮影に行くけど見に来るかと誘われたのだった。

 特に用もなかったため、航は『行く』と返して今に至る。

「腹減った」と誰に言うでもなくつぶやいた。

「俺もペコペコ!」


 食べ盛りの男子高校生は質より量と相場が決まってる。こじゃれたイタリアンレストランやカフェなんかでは腹は満たされない。

 二人は暗黙の了解のようにモックに入り、セットメニューを注文した。ポテトをLサイズに変更するのを忘れずに。

 それでも足りなければ単品のバーガーかナゲットでも注文すればいい。そう思っていた航は、目の前で三つ目のバーガーを頬張る海人を見て口をあんぐりと開けた。

「めちゃくちゃ食うじゃん……」

 もちろんポテトもLサイズだ。その長身を動かすにはやはりそれ相応の燃料が必要となるらしい。

 にしても、その量をぺろりと食べる姿を見ているだけで胸焼けがした。

「航が少なすぎるんじゃない? 俺たち花のDKだよ」

「それだけ食べてよく太らないな」

「俺ね、燃費がアメ車並みに悪いんだよね」

「ほんとむかつく」

 食べても太らずにその体系を維持できるなんて、モデル向きとしか言えない。

「え、えぇぇ……」

 ショックを受ける海人を眺めながら、ふと自分がモデルのことばかり考えていることに気づく。ここ最近、モデルのことなんて頭に浮かぶことなどなかったのに……。きっと、海人があまりにもモデル向きなルックスなのがいけないんだと責任転嫁した。

「お前、モデルとか興味ないの」

「モデル? ないない! 俺は子どもの頃からカメラ一筋なんだよ。……誰かに撮ってもらうなんて絶対嫌だね」

「あっそ」

 やっぱりもったいないなと思ってしまう。

 もしもあんな事が起こらなければ、自分はきっと今でもモデルをやっていたはずで、あれほど好きだったことを手放さなければならなかった現実を航は恨んですらいた。だから理不尽なのはわかっていても、「できるのにやらない」海人のような人を見ているともどかしくて仕方がなかった。

「航」

 呼ばれて顔を上げると、「はい、あーん」とポテトを差し出された。お門違いな苛立ちを自分の中で鎮めることに集中していた航は、思わず口を開けてしまいポテトが口に侵入してきた。

 その瞬間「きゃっ」と甲高い悲鳴にも似た声が複数店内に響いた。ハッとして周りを見ると、女性客達の視線が集中していることに今更気づいて内心で頭を抱える。ただでさえ目立つ航に海人まで加わって完全に異空間と化していた。

 こいつと一緒にいるとろくなことがない。

 くわえてしまったポテトを吐き出すわけにもいかないため、仕方なしにそのまま咀嚼すれば、「はぁ……航が俺の手から食べてくれたなんて夢みたいだ」と海人が鼻息を荒くしていてぞっと身震いした。

「……」

「ほら、航、早く食べないと冷めちゃうよ」

 あーん、ともう一本つまんでよこしたポテトを航は「やめろ」と奪い取る。

「見られてるだろ」

 そう言って睨むと、海人が顔を近づけてきた。ふわりと柔らかな空気が頬を触り、いつもとは違う香水のような甘い香りが鼻先をかすめていく。そして海人が声を潜めて囁くように言った。

「じゃぁ見られてないところならしてもいいってこと?」

 何を言ってるんだこいつは。

 呆れた目を向けるも、海人は上目遣いで楽しそうにこちらを見つめていた。その挑発的な表情がやけに色っぽく見えて心臓が大きく収縮する。

「馬鹿か」

 馬鹿は自分だ。

 男相手に動揺してどうする。

 海人から、いつもと違う香りから逃げるように航は背もたれに身体を預けてバーガーにかぶりつく。熱い顔を見られないように。



「なぁ、まだ撮影行かないのか」

 昼食後、行きたいところがあるから付き合ってと、駅ビルを散策する海人に付き合わされていた。しかも、メンズの店に入っては「わ! これ航に似合うー!」と服をあてがわれるだけで、自分は服を買う気などないのが見て取れていい加減疲れてきた。

「んー……、もうちょっと日が傾くまで待ちたいんだよねー」

 ガラス張りの外を見ながらそうつぶやく海人。それなら待ち合わせの時間を遅くすれば済んだ話じゃないのか、と航は眉を寄せる。撮影を見たいと自分から願い出た手前、強くは出れないのが悔しい。

「なんかさぁ、デートみたいじゃない?」

「じゃない」

「つれない所もたまらないなぁ」

 あぁ言えばこう言う、口が達者なヤツ。全く持って自分とは相容れないなと思う。

「無理やり付き合わせちゃったお礼にフラペチーノごちそうするよ!」

 腕を掴まれて、少し先に見えるコーヒーチェーン店へと連れていかれる。腕を振り払うのも文句を言うのも諦めた。ここまで散々振り回されて疲れていた航はもうどうでもよくなっていた。完全に海人のペースに乗せられている。

「俺は、抹茶フラペチーノにするけど、航はなににする?」

「同じのでいい」

「えっ? 抹茶苦手じゃなかった?」

「昔の話な」

 と答えてから疑問が浮かぶ。

「って、俺その話お前にしたか?」

 確かに子どものころは抹茶味のものが苦手だったが、高校に入ってからはむしろ好きなくらいだったから、少なくとも真尋と全はそのことを知らないはずだ。

 ましてや、知り合ったばかりのこいつが知っているはずもない。

 誰かと勘違いでもしてるんだろうか。

 隣を見上げると、珍しく視線を逸らして「あー……、いや、なんとなく、苦手そうだなーって思って」と頭をかいていた。

「なんだそれ」

 適当すぎる答えに自然と笑いが零れた。

 それから抹茶フラペチーノを手に、海人と橋のある所へと向かった。駅から五分も経たないうちに着いたそこには、大きな河川が広がっていた。水の流れる川の両側には、サッカーや野球ができるグラウンドがいくつもあり、休日の今日はそこで試合をしているチームや散歩している人が大勢見えた。

 航は、少しオレンジ色を帯びた日差しを反射する川面に目を細めた。確かに、この時間まで待って正解かもしれない。もっと日が高いうちに来た事はないからわからないけれど、夕暮れに染まるこの景色を見てみたいと思った。

 そして、それを海人がどう撮るのだろうか、興味が沸く。

「この辺でいいかなー」

 海人はよっこらせと大きなカメラバッグを地面に置いて、ガサゴソとカメラを取り出す。本体とレンズを合体させたそれを覗き込んで、橋の方へとレンズを向けた。

 ――カシャリ。

 シャッターが切られた瞬間、体がぞくりと震える。

 耳に届いたその音でモデルをしていたころの記憶が蘇った。

 向けられるレンズと照明、鼓膜を震わせるシャッター音、フラッシュの眩しさ、身体に突き刺さるカメラマンの視線。そのすべてを身体が覚えていた。

 思い出したくなくて記憶に蓋をしていたのに、自分に向けられたわけでもない、たった一度のシャッター音で、すべてが引きずり出されて溢れてしまった。

「おぉ、いい感じだなー! 時間ばっちりだったと思わない? 航――?」

 カメラを構えたままの海人が振り返り、レンズに航の姿を捉え、そして固まった。

 レンズ越しに見える自分は、きっとひどく汚い顔をしているに違いない。涙が溢れ出て、頬を冷たく濡らしていた。こんな顔誰にも見られたくないのに、身体が動かなかった。

 ずっと押し留めていた自分の中の欲望を見て見ぬふりして、こんなところにのこのこ着いてきて。勝手に心乱されて。本当に自分は馬鹿なのか。

 悔しさや悲しさ、もどかしさ、色んな感情がごちゃ混ぜになっていく。

「――撮るよ」

 海人の声に、航は静かに目を閉じた。



 モデルの仕事は子どものころ、母親が勝手に応募したオーディションがきっかけだった。

 当時まだ六歳だった航に拒否権はなく、二次審査に出れば好きなおもちゃを買ってもらえるからという理由だけで頑張った結果、オーディションに合格してモデルの仕事が始まった。

 最初は乗り気じゃなかったけど、ご褒美につられて続けているうちにだんだんと楽しくなってきて、どんどん仕事も引き受けてなかなかに売れっ子モデルだったと自分でも思う。

 仕事は途切れることなく、断る程ひっきりなしにきて、撮影を優先して小学校も早退や遅刻する生活が中学に上がるまで続いた。

 そんな忙しい日々を送る中、航が中学に上がって初めての夏休みに「あの時」は訪れる。

 通いなれたスタジオで、顔見知りの大人たち。もう中学生になったんだから一人でも大丈夫だろう、と母親が付き添わなかったタイミングを見計らったかのように起きた性被害。

 これまで何度も担当してくれたスタイリストの女と二人、控室で撮影前の衣装合わせを行っていた時にそれは起きた。

 女の手が試着した服の上から航の身体を撫でるように移動していき、そのおかしな動きに航も少し違和感を抱くが、プロの人がやる仕事に口を挟んではいけないと口うるさく言い聞かされていたため何も言えずにいた。

 しかし、女の手は一向に止まることなく、腰骨からヒップライン、それから鼠径部へと移動する。自分以外、誰にも触られたことのない際どいところをさすられて思わず身体がびくつく。

 ――いくらなんでもおかしい。

 そう思った時には、遅くて。航の中心は熱を持って反応してしまい、その事実に身体が石みたいに固まってしまう。自分の身体に起こっていることが理解できなくて、まるで自分じゃないみたいで、怖くてたまらない。

 恐怖と羞恥のあまり混乱して涙が滲んできた。目を擦りながら、自分の口から出た言葉はごめんなさい。もしかして自分はすごくいけないことをしてるんじゃないか、と不安もよぎって謝罪の言葉が零れ落ちた。

 女は口元に妖艶な笑みを浮かべながら「大丈夫よ」と囁く。そして「楽にしてあげるから」と航のはいているズボンへと手を伸ばした。

 ――な、なに、これ。知らない。嫌だ、怖い、気持ち悪い。

 知らない、ということは得てして恐怖の対象となる。航は、未だかつて味わったことのない感覚に慄いた。

「や、やめろっ、い、いやだ!」

 ありったけの力をふり絞って、女を押しやった。後ずさった拍子にズボンに足を取られ体勢を崩し、後ろにあったパイプ椅子やテーブルと一緒に床に倒れ込んでしまう。ガッシャーンと騒々しい音が鼓膜を叩く。身体のあちこちが痛んだ。だけど、それよりも今は目の前の女が恐ろしくて目が離せなかった。

 女は四つん這いでこちらに手を伸ばす。

「航くん……好きよ。大好き」

 赤い唇が、言葉を紡ぐ。熱を帯びた視線が体にまとわりついて、それを振り払うように手を振って叫んだとほぼ同時、控室のドアが勢いよく開いてスタッフが現れた。

「――ちょっと大丈夫⁉ すごい音し……っ、な、何してるの!」

 騒音で駆け付けたスタッフによって、航は女から引き離されてその場は収束した。

 女は警察に連れていかれたが、裁判になった時の航への精神的負担を鑑みて後日示談が成立した。

 夏休みだったため、療養の時間があったのは幸いだった。七窪の心療内科でカウンセリングを受け、徐々に普段通りの生活が送れるようになってきた航は、いつからモデルに復帰しようかと考えてすらいた。

 しかし、夏休み明けに学校に登校して女子生徒と接した際にフラッシュバックが起こり発作が出てしまった。一時的なものかと思っていたが、そんなに甘いものではなかった。

 母親以外の女性と相対すると発作が出ることがわかり、極力女子を避けるようになる。とはいえ、もともと社交的ではなかった航に近づく女子のほとんどが航に好意を持っている女子ばかりだったため、避けることはそれほど難しくはなかった。冷たくあしらう内に、周りも遠ざかってくれたから。

 だけど、モデルの仕事ではそうはいかない。

 ヘアメイクやスタイリスト、アシスタントなど多くの人が関わる中で、女性を避けることは至難の業だった。よほどの大物でない限りスタッフを指名するわけにもいかない。

 それでもと、一度は撮影に挑戦してみたものの、スタジオに入る入口で身体が固まってしまった。

 モデルの仕事を諦めざるを得なかった。


 それからもう三年。まだ三年。

 モデルの仕事を失って、何をするでもなくただ惰性な毎日を送ってきた。女性へのトラウマが治らない俺に両親は男子校への進学を勧めてきたが、それは社会に出てから苦労すると七窪に止められて共学の高校を選んだ。

 ずっと、怯えていた。

 何もやる気がしなくて。

 でも、心の深いところではモデルへの渇望が粉々になって散らばっていた。ずっとそのままだった。触れることも怖くてできなかった。

 なのに、それが一瞬で……。

 自室のベッドの上、仰向けになった航は真っ赤に腫れた目元を腕で覆っていた。目尻からは溢れた涙の跡がくっきりと残っている。

 ――撮るよ。

 静かに放たれた海人の言葉とその直後に響いたシャッター音が、今も耳にこびりついている。

 あの瞬間、身体が喜びに打ち震えた。

 自分が求めて止まないものが、そこにあった。

 ずっと遠くに押しやって蓋をして目を背けてきた自分の中にある願望を、一瞬で目の前に突き付けられて怖くなって、その場から走り去った。

 そのあとLINEに届いたメッセージは『勝手に撮ってごめん』の一言だけ。

 突然ボロボロ涙を流し始めた自分を、海人はどう思っただろう。気持ち悪いヤツだと変に思われたかもしれない。

 明日からの学校を思うと気分が重かった。


「あ、航おっはよー。俺のミューズは今日もパーフェクトに美しいねぇ」

 登校するなり、航の席で海人が待ち構えていた。無言で席まで行った航は、連写音を鳴らす海人のスマホを手で覆って「どけ」と睨む。

「ここ座る?」とニコニコ顔で自分の膝を指す海人に、口からは盛大な溜息が零れ落ちた。

「はい、航の溜息吸い込み完了!」

「……変態」

「あぁ……その冷めた目で見つめられるとぞくぞくしちゃう!」

 驚くくらいいつも通りの海人に拍子抜けを食らいつつ、こちらも自然に接することができて少し救われた。

「さっさとどけよ」

「ちぇ、やっぱり駄目かぁ。航のためなら一日中椅子になれるんだけどなぁ」

 唇を尖らせながらしぶしぶ海人が席を立つ。変態発言はスルーして椅子に座った。

「ははは、相変わらず気持ち悪いこと言ってんなぁ」

 登校してきた全と真尋が机の前を通りかかる。

「えぇ、心外だなぁ。これは愛なんだよ、愛!」

 すぐ隣で海人が力説するのを、航は聞いていない振りをした。

 相手の椅子になりたいなんて、そんな気持ち悪い愛は断じてお断りだ。

「海人くんて、本当航命だよねぇ。そこまで好きになれる人がいるってちょっとうらやましいかも」

「真尋……それを向けられるこっちの身にもなってくれよ」

「あはは、ごめんごめん。でもさ、海人くんが来てから航も前より笑うようになったよね」

「え」

 予想していなかった事を言われて、思わず声が漏れる。そんなことはない、と反論するより先に、全まで「俺もそう思う」と同意を示した。クラスの中でも身近な存在である二人が言うのだから、きっとそうなんだろう。

 自分で気づいていない変化を指摘されるのはすごく恥ずかしくて、どう返事をすればいいのか言葉が出ないでいると、隣から猛烈な視線を感じた。

 海人が、わざわざしゃがんで目をキラキラさせてこちらを見つめている。その姿はさながらご主人様のご褒美を待つ忠犬のようだ。

「航が俺と一緒にいてよく笑うようになったってことはつまり、俺と一生一緒にいたいってことだよね?」

「違う」

「俺たち結婚する?」

「出たよ、海人の超ポジティブ思考! ぶっ飛びすぎ」

 がははと豪快に笑いながら、全は共に席へと去ってしまう。

「海人くん、残念だけど、今の日本で同性同士は結婚できないよ?」

「うん、だから海外に移住しようね」

「しねぇよ。予鈴なるからもう席戻れ」

「照れ屋さんなところも可愛いなんて、罪な男だよ航は。じゃぁまた後でねマイダーリン」

「あ」と、言わなければいけないことを思い出して、航はとっさに海人のシャツの裾を掴んだ。

「え?」

 振り向いた海人の黒い双眸に見下ろされて、航は視線を泳がせる。昨日、勝手に帰ったことを謝ろうと思ったのだが、言葉に詰まった。

「なぁに? やっぱり俺と結婚する?」

「誰がするかばーか」

 放課後一緒に帰る時に言えばいいや、と手を離した。

 一日の授業が終わり、帰る支度を済ませた航は教室のドアの所で立ち止まり振り返る。いつも金魚の糞のように後ろに張り付いてくる海人がいない。

「おい、帰らねえの?」

 廊下の窓から海人にそう声をかけると「あ……ごめん、今日はちょっと用事があって一緒に帰れないんだ。うわぁ、航がそんなに俺と帰るの楽しみにしててくれたなんて知らなかった! 嬉しくて死にそう! 今日は帰れないけど、その代わり明日の朝駅で待ってるから許してくれる? って聞いてないしー! 航愛してるよー!」

 叫ぶ海人の声を振り切るように速足で学校を後にした。

 用事って、なんだよ。

 せっかく謝ろうと思ってたのに。

 予定していたことがぱあになって、胸の内は穏やかじゃない。

 って、なんだこれ。

 これじゃぁ海人と帰るのを楽しみにしてたみたいじゃないか、と頭を抱えた。

 一緒に帰らないのは、海人が転校してきて以来今日が初めてだったから。

 一人で下校するのが久しぶり過ぎただけ。

 楽しみになんてするわけがない。

 浮かんできたそれを打ち消すように、言い訳を並べ立てた。



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