森でクマと出会った。
『へくちっ!』・・・クシャミです、誰か私の事を心配しているのでしょうか。
それよりも、今は「寒い、やっぱり汗をかいたまま山登りは危険でしたね」
高度100mで気温が約1度下がる事は知っていても、逃亡者としては森を抜けるしか選択肢が有りませんでした。
偶然湧き水を見つけたから良かったですが、これで水が無ければ乾いて死んでましたね。
今は水が湧き出す石の隙間から少し離れ、落ちている木を集めて燃やし暖を取るユズキと棘吉。
身体を火に向け周囲の音に耳を澄ます、体力が戻れば直ぐに湧き水で火を消して逃げます。
「煙を上げたら直ぐに敵に見付かと思ってましたが」
(思ったより敵の層が薄い?仮にも侯爵の娘を殺そうっていうのに、猟師崩れが一人だけってのはどうなんだ?)
「そんなに心配しなくても良いんじゃ無い?」
「なんでさ?」
火に当たり暖をとるハリネズミ、本当になんでしょうか。
「キミが森を腐らせてから逃げ出した場所から、かなり距離を走ったからさ。
薄茶色のソニック!
そう呼ばれたボクの足でようやく併走できるくらいの速度だよ?
普通の生き物が森の中をそんな速度で走れるとは思わないからね」
異常だよ?音速のソニックだね。
「誰が音速のソニックですか!・・・私、一応普通のレディなのでそんな風に言われますと、喧嘩売っていらっしゃるのかと勘違いしてしまいますわよ?」一般人です、どこにでもいる追放系令嬢なんです!
「うっそだぁ!
キミが普通で標準な人間なら、平均的な人間が6人もいたら古竜だって鏖殺しちゃうよ?」
平均って何なんだい?
一々棘のある言い方をしますね、ハリネズミだからってそんな棘のある言い回しをしなくてもいいじゃないですか。
「いいです、私は平均、私は普通!
私はスプーンとフォーク以上の重さの物を持った事の無い、普通のご令嬢なのですわ!」
「・・・・」
「なんです?その疑いの視線は?」あと口は閉じれ!呆れ顔に見えますわよ?
「普通の女の子は逃走中のついでに、獣道にいた山犬を狩ったりしないよ?」
「あれは護身、身を守る為に仕方なく降り掛かった火の粉を払っただけです!」
真の護身とは危険に近づかない事ですが、いまはそうとも言えないでしょう?
なので筋肉質の野犬の群れ8匹、吠えて牙を剥く怖い犬を斧とショートソードで撃退しただけです。
「その割りには、丁寧に殺していたじゃん。頭を割って腹を裂いて首を飛ばしてさ」
確実に殺りに行ってたよね?
「だって!恐かったんですもの!」
犬は嫌い、吠えるし噛むし集団で襲って来るし!あと、[殺]ると書いて[と]るとか言わない!
「ぼくから見たらキミの方が恐いよ?笑いながら
『あははは!!!犬は犬らしく繋がれてろ犬畜生がぁ!』
とかめっちゃ笑いながら蹴り飛ばしてたじゃん!」
今度はどん引きしたような顔のハリネズミ、器用だ。
「失礼な、乙女だって必要なら犬も蹴りますわ、仕方なかったのです。
もう1度いますが、必要だったのです、おわかりですか」
そんな、私が悪人みたいな事を言わないで下さいません?
知らない誰かが聞いたら、私が凶暴だと思われてしまうじゃありませんか。
「棘吉だって死んだ山犬を貪っていましたよね?
私を乱暴な人間というのなら、アナタのそれは野粗と言う物ではないのでは?」
ハリネズミが犬の死体を喰べますか?
それも8匹も!マスコット動物感ゼロです。
口元『べろっ』とかしやがって!舌長いし中身恐いんだよお前!
「ボクは獣だからいいんだよ、それにキミが殺した生き物を貰う契約だからね。
鮮度は良かったんだけど、血抜きが今一だったね」歯ごたえはまぁまぁだったよ。
(コイツ悪魔のくせに美食家[グルメ]気取りですか、肉も骨も内臓もまとめて喰うくせに)
「ボクからしたら犬のネズミもブタも小鬼同じ肉だよ。
死ねばみんなボクの食料、大事に『いただきます』さ」
『全ての命に感謝して、いただきます』ですか。
肉に上下の貴賤無しというのは、心掛け的には良いのでしょうけれど。
「オ・・私は犬は食べません」あと猫も。
命に差別する私は傲慢なのでしょう、それでも犬を食べる位ならカラスか鳩を食べます。
多分それは命の選別では無くて、もっと根っこの部分の・・誇りの部分か何かです。
人としての誇りが、犬を食料として見られないんです。
「じゃぁ・・アレは食料になるの?」
「アレ?」
棘吉が顔を向けたその向こうに、赤銅色の塊がいた。
グォォォォ!!!!
「立上がった?なにアレ!熊?!」
「キツネワグマだよ!ほらキミの後の木を見て!」
太い木の幹3m以上の所に4つの深い溝が刻まれ、まるで巨大な熊が縄張りを主張しているような・・・って!
「その傷跡をみたら飢えた狼だって逃げ出すよ?アレ?知らなかったのかい?」
「知る訳ねぇだろ!」教えて貰ってないんだから!
(ヤバイ・・めっちゃこっち見てる!ってか縄張り荒らされて怒ってる?!)
「キミが犬猫を食べられないって言うから、熊肉を狙っているのかと思ってたんだけど違ったんだね!」
「ちゃうわアホ!」逃げるぞ!
熊から逃げる時は背中を見せて逃げるのはNG、獲物だと思って追いかけてくる。
熊は時速60㎞で走る上、ヒグマの体重は大体200㎏。
太い筋肉と丈夫な毛皮で覆われた化け物、山で出会えば普通に死ぬ猛獣です。
「おぉぉ・・落ち着け、私は敵では無いです」
獣は敵意に敏感です、犬猫だっていたずらしようとしたら逃げますから、逆に大きな獣なら襲ってくると思われる。
「そうなの?」
「そうなんです!」呷らないで下さい!
クマが首を傾げている間に逃げますよ。




