2話 失くした記憶の行方
俺は失った記憶を取り戻すため、真宮遊理のいる第一部隊の施設に向かっていた。
冷静に考えると、外套を羽織っていたあの男は普通ではなかった。俺はあの男の前で記憶を失った。大切だったはずの家族のことも、自分が何者だったのかさえ、何一つ思い出せない。そして、あの男はこの国の存在を知っていた。
最悪な可能性が頭をよぎった。
「すみません」
後ろから声が聞こえ、俺は振り向く。
足音は聞こえず、気配も感じなかった。
そこにいたのは青みがかった黒髪の女性だった。
「貴方が守凪零記さんで間違いないですか?」
俺は頷き「はい」と答える。すると彼女はまっすぐに俺を見ながら続ける。
「私は軍部特別執行部の第一部隊に所属している者です。真宮隊長の指示で貴方をお迎えにきました」
既に俺の名前を知っている。真宮遊理という男は本当に、俺の失った記憶を知っているのかもしれない。俺は焦ってしまった。
「早く、俺をその人のところへ案内してください!」
しかし彼女は、笑顔で軽く頷き「行きましょうか」と言い歩き出す。
二十分程歩き、俺は第一部隊の施設に到着した。
施設の中は多くの部屋があるものの、人の気配は全く感じなかった。
奥に進むと隊長室と書かれた部屋があり、彼女は扉を3回ノックし開ける。しかし、少し慌てるかのように強く扉を閉める。
「……ここで少し待っていてください!」
彼女は俺にそれだけ言うと、一人で部屋に入ってしまった。
俺は静かな廊下で待っていた。鳥のさえずりでも聞こえそうな程に静かだった。
待ち始めて二十秒程だろうか。突然、部屋の中からバンッという大きな音が聞こえてきた。その後すぐに扉が開いた。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
彼女は少しくたびれているように見えた。一体この短い時間に何があったのだろうか。少し気になったが、きっと些細なことだろう。
一歩進んだ先に記憶を取り戻す手がかりがある。扉の前で改めてそう感じだ。しかし、足が前へ進まなかった。まるで床に張り付いたかのように。
緊張や恐怖によるものなのか、今の俺にはわからなかった。
ただ、進まなければ何も変わらない。
俺は深呼吸をし、一歩踏み出す。
静かな部屋の中。山積みの書類が置かれた机。その向こうに、白い髪をした若い男が立っていた。
男はこちらに振り向くことなく、窓の外を眺めながら俺に問う。
「少年、君はこの窓の向こうに何が見える?」
俺は質問の意味がわからず立ち尽くす。
だが、ここに来る途中に見てきたものはある。
「俺には、人々の笑顔が見えます」
そう答えると男は静かに、ゆっくりと振り向く。
「なるほど、君はそう答えるか……面白い!」
男は笑っていた。
彼の目の色は透き通るような青だった。
この男が、真宮遊──
「失礼します!」
勢いよく扉が開く。
「本日より軍部特別執行部、第一部隊に配属されることになりました。如月実希と申します」
入ってきたのは俺とあまり歳の変わらないような少女だった。
男は「待ってました」と言わんばかりの笑みを浮かべながら
「さて、ここに隊長と副隊長、そして新人候補の二人が揃ったことだし、本題に入ろうか!」
と言った。
いや、待て。新人候補とは何だ!? 俺は隊員になるつもりは……なんて、口が裂けても言えなかった。