1話 異能の街
この国は誰かが書いた脚本の通りに進んでいる。
誰も気づかない。例え気づいたとしても抗えない。
そんな絶対的な力に飲まれない者は、君かな──
『ようこそ。異能の街へ。記憶を無くした少年よ』
気がつくと俺は、家の近くの森の中にいた。
辺りは暗く何も見えない。
ただ風の吹く音が聞こえるだけだった。
俺は近くにある木を伝い歩いた。
すると少し遠くに灯りが見えた。俺はその灯りに向かって歩いた。
そこには1人の男がいた。外套で顔を隠しており素顔は見えなかった。男は俺に気づき、目を向ける。そして不思議なことを言った。
「少年。君は自分が誰か、覚えているか?」
俺は「当然、覚えているに決まっている」と口にしようとした。だが、何も覚えていなかった。家族のことも、友達のことも、一瞬で忘れてしまっていた。
俺の困惑した表情を見て男は言った。
「僕は君の名前と記憶を取り戻す方法を知っている。僕の手伝いをしてくれるなら、それを教えてあげよう」
嘘かもしれない。いや、嘘である可能性の方が高い。だが、俺が記憶を取り戻すには、この男を信じるしかなかった。
「教えてくれ! 俺の名前を! 俺の記憶を取り戻す方法を!」
男は怪しげに笑った。
「君の名は守凪零記。そして君が記憶を取り戻す方法は《異能の街》に向かうことだ」
男は振り返りながら続ける。
「そこに行けば全て分かる。地図は要らない。君はそこに行く方法を知っているのだから」
……何を言っているのか分からない。
「その街は曖昧な存在だ。君は……見つけられるかな?」
男はそう言うと去っていった。
結局、俺はどこに行けば良いのだろうか。記憶を失った俺が何を知っているというんだ。それに異能の街なんて聞いたこともない。
ただ、その場所を探すしかない。そう思い立ち上がる。すると自然と足が前に進んだ。まるで知っているかのように。あの男が言った通りに──
「……い……おい! 大丈夫か少年!?」
見知らぬ制服を着た男の声により目覚める。どうやら森を抜ける際に気を失っていたようだ。
「気がついたか少年」
そう言うと男は俺に手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます!」
俺はその手を取り立ち上がる。
「……1つだけ質問しても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「ここは……どこですか?」
男は「知らなかったのか」とでも言いたげにため息を吐く。
「ここは名も無き国。死に最も近い場所。この国を知る者はこう呼ぶ。異能の街と」
……ここが異能の街。俺の記憶を取り戻すための鍵となる場所……。
「少年、観光客なら手続きに行け。迷い込んだのなら元の場所まで送る」
「……いや、俺は自分の意思でここに来ました。観光客でも迷ったわけでもありません」
男は真剣な顔で俺に訊く。
「では、君はなぜここに来た?」
「……俺はここに来る数分前、全ての記憶を無くしました。なぜ失ったのか分からない」
……そうだ。今は何も分からない。
「それを取り戻せる方法はこの街にあると聞いたから、俺はここに来ました」
男は何も言わず、しばらくの間こちらを見ていた。
「その目……嘘ではないな。申し遅れたが、私は国軍特別執行部、第十二部隊を率いている者だ。君の記憶を取り戻す方法を知っている可能性があるとすれば……第一部隊隊長、《真宮遊理》だけだ」
「真宮さんはどんな方なのですか?」
男は顔を顰めた。
「我々の組織の大半は異能者だ。その中でも最強の異能を持つ男。それが真宮遊理だ。規則を守らない不真面目な性格に、何を考えているかも分からない。あまり関わりたくない相手だが、彼に死刑執行される人間は幸せだよ」
俺は記憶を取り戻すため、真宮遊理のいる第1部隊の施設に向かうことになった。
俺はまだ知らなかった。この国の闇を──
今この瞬間、歯車は回り始めた──