表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

死神の夜想曲

本編より数年前の話です

 この国には光と影がある。平和という光を守る為に犠牲となる者がいる。それでも運命は等しく残酷だ。残された者に哀しむ暇すら与えない。

 僕はまだ知らない。分からない。何が正解で、何が間違っているのか。その答えを考える時間すら僕にはない。そもそも考える権利すらないのかもしれない。

 国の秩序を保つ為に命を狩る。

 そう、僕は死神なのだから──


 今日は2ヶ月ぶりの休日のはずだった。

 僕たち死神に休みは少ない。だから今日は1人で酒でも飲みながら過ごそうと思っていた。

 しかし数日前、指令書が送られてきた。内容はある1人の女性の写真と「見定めるベシ」と書かれたものだった。どうやらお偉い方々は僕に休む暇を与えてくれないようだ。


 僕は裏に書かれた待機場所でその女性を待った。集合時間の少し前、写真の女性が来た。僕の学生時代の後輩だった。

「先輩、来てくれたんですね! お忙しいようなので来てもらえないと思ってました」

 彼女はそう言って笑った。

「今日は元々休みだったからね。じゃあ、行こうか」


 僕たちは普段あまり話す間柄ではなかった。だから大して親しいわけではない。それでも彼女は楽しそうに笑っていた。僕にはなぜ彼女が笑顔でいられるのか分からなかった。

「今からどこに行きましょうか?」

そう彼女が俺に訊く。

「水族館とかどうかな? 残念ながら大したイベントなんて無いけどね」

「安心してください! 先輩と一緒なら、私はどこでも楽しいですから」

彼女の笑顔は眩しかった。


 水族館なんて何年ぶりに来ただろうか。

 ただ魚が泳いでいるだけの光景が、こんなにも美しいことを、僕は忘れていた。


 僕たちは水族館を出て街を歩いていた。

「綺麗……でしたね」

「ああ、そうだな」

そのとき見覚えのある小さな看板が見えた。

「この近くに喫茶店がある。そこで少し休もう」


 僕たちが入ったのは時代遅れな古風な喫茶店だった。客も少ない。ただ、マスターの淹れるコーヒーが美味く、どこよりも静かで落ち着ける場所だった。

「先輩、ここって……」

「ああ、学生時代、僕たちがよく集まってた場所だ。問題児と呼ばれる僕たち6人が集まって騒いでたせいで、こんな静かな店が賑やかになってた時期があったな」

 そんな話をしている間にマスターが1杯のコーヒーを出した。

 彼女はそのコーヒーを一口飲み、笑顔で「美味しい」と言った。

「君はここに来たことは?」

「1度だけあります。いつも賑やかな先輩たちが、静かな喫茶店で飲むコーヒーの味を知りたかったから」

 そして彼女は苦笑いしながら続けた。

「あの頃のコーヒーの味は苦かったです」

 僕は彼女の言葉を聞き、少し冷めたコーヒーを飲んだ。今日のコーヒーは少し苦かった。

 くだらない学生時代の話を続け、気づけば夜になっていた。

「そろそろか……」

そう僕が呟くと、彼女は真剣な表情でこちらを見ていた。何も言わず、ただ真っ直ぐに。そんな彼女に僕は言った。

「月を見に行こう。」

たったそれだけ。彼女は軽く頷いて、僕の1歩後ろを歩く。


 涼しい風の吹く丘の上。今日は満月より少し欠けていた。

「月が綺麗ですね!」

僕は何も言えなかった。すると

「すみません、言ってみたかっただけです」

と彼女が言った。その笑顔は月の周りで光る星々より輝いて見えた。

 

 運命は等しく残酷だ。

「……時間だ雪坂(ゆきさか)白音(しおん)、君を処刑する」

何度も似たような経験をしてきた。

「何か言い残すことは?」

そして、また繰り返す。

真宮(さなみや)先輩、私の名前覚えてくれていたのですね」

曖昧な正義の為に奪う。

「水族館の綺麗な魚たち」

大切な人の明日を。

「学生時代は苦かったあの喫茶店のコーヒー」

大切な思い出を。

「そして何より、先輩と沢山話せたこと」

僕は……

「私にとって、今日が人生最高の日です!」

また、この手で命を奪う。

「先輩! 貴方が好きでした!」

それでも、哀しんで良いのだろうか。

 彼女は最期の瞬間まで笑顔だった。


 任務完了の報告のために通信機を手に取る。

「真宮だ。任務は完了した」

「〈お疲れ様でした、隊長。これで3年後の爆破テロの1件を未然に防げました。仕事の話はここまでです〉」

 通信の相手は副隊長であり、学生時代からの友人だ。だから思っていることを遠慮なく話せる間柄だった。

「……なあ、これで本当に良かったのか?」

「〈それは私も分かりません。ただ1つだけ言えることは、泣きたいときは泣いて良いのですよ、遊理(ゆうり)君〉」

……僕の頬を1滴の雨の雫が伝った。この街で僕にだけ雨が降っていた。それでも立ち止まってはいられない。


 この国には光と闇がある。僕は平和という光を守る為の闇だ。だが僕自信も、何も見えない暗闇の中で答えを探し続けている。

 それが僕たち、《死神》だ──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ