第7話 元厄災、妹に技術を教える
当日からティルはアリサに魔法を教えていた。
最初は基礎を重点的に教えていた。
そしてその翌日、昨日の復習から始めた。
「まずは、詠唱と無詠唱の使い分けについての復習から。はい、アリサ、どういう時に使うんだっけ?」
「無詠唱は、自分が戦ってるときに使うの。詠唱をしてると戦いに追いつけなくて、状況に合わせた魔法を使えないから。逆に詠唱を使うときは、パーティーを組んで後方支援による火力支援をするときや、戦局を変えるときに使うの」
「じゃあ、この二つの効果の違いについて答えて」
「え、えーとね。詠唱をすると魔法の効果を上昇させたり、魔法の本来の能力を引き出せるの。でも、時間がかかるのが悪い点なの。でも、無詠唱だと時間をかけずに魔法を発動できるけど、魔法によっては効果が弱くなっちゃうのもあるの。あとは、えーとね、魔法の名前を言うのは、相手にその魔法の対策をさせるためなの」
「なんで対策させるの?」
「実は言った通りの魔法を使わずに、他の魔法を使えば効果的に相手を倒せるから」
「ちゃんと勉強してるね。偉いぞ」
ティルがアリサの頭を撫でた。
アリサも嬉しそうに笑っていた。
「基礎的なことは教えられてるみたいだし、今日から実際に魔法の練習を始めようか」
「待ってましたー」
アリサが嬉しそうに言う。
「とは言っても何から教えようかな……うーん……。よし! 取り敢えず生活魔法を見せて」
ティルがそう言うと少し大きめの鉄のたらいを、錬金術で作成した。
「部屋の中だし、この中にお願い」
「はーい」
「じゃあ、火属性からね。今回はちゃんと魔法名を言ってね」
「りょーかーい。じゃあ早速――ファイア」
魔法を使うと小さい炎が出現した。
しかし、薪などの燃え移るものがなくてすぐに消滅した。
そして他にも一通りの生活魔法を使った。
生活魔法は第一位階に分類されており、初級魔法よりも下の分類になる。
「なるほど。もう少し魔力消費を抑えられない? 基準としてはこれくらい」
ティルがお手本として火の生活魔法を使う。
ほぼ魔力を使わずに使用してた。
「すごい!! ほとんど魔力を感じない!」
「ま、こんな感じかな。やってみて」
「うん!」
アリサが何回もファイアを使う。
やればやるほど、魔力消費が減っていく。
コツを掴んでからは、成長が早かった。
しかし、ある程度やるとそれ以上は減らせなくなってしまう。
「これ以上は、減らせないよ~」
「う~ん、おかしいな。これくらいの魔法なら、もっと減らせるのに……」
ティルが顎に手を当てて、考え込む。
「ちょっと魔法陣を見せて」
「え? いいけど」
不思議そうにアリサが魔法陣を手のひらに描いた。
「やっぱり、こっちに問題があったか」
「どういうこと?」
「これだけ簡単な魔法なら、ここまでやらなくていいの。こんな感じで十分なんだよ」
ティルがこの世界の魔法文字を使って作った魔法陣を見せる。
自分の世界の魔法陣だと、比較にならないからだ。
「え!? ほとんど文字がない!! こんなんでいいの?」
「そうだよ。アリサが使ってる魔法は、無から火を生成してるけど、私の魔法は空気に極小の火で着火しただけだからそもそものコストが違うの。無から作るよりは、環境を利用することで消費量が抑えられるときがあるの」
「そうなんだ。先生はそんなの教えてくれなかったよ」
「多分、魔法陣を作る授業で教えるつもりだったんじゃない?」
「もうそれやったよ」
「あー……」
ティルは、かつての世界とこの世界での常識の違いをここで知ることになった。
こんなところにも違いがあるんだ。気をつけないと。私の世界は、ここよりも少しだけ文明が発展してたのかも。引きこもってた間のことはわからないけど……。この世界の魔法文字を学ぶのも面白そう。
新しい研究対象ができて、ティルが少しワクワクしていた。
「じゃあ、これからは、環境について考えたりして魔法陣を改良すると面白いと思うよ」
「でも、環境に合わせないほうが言いときもあるんだよね?」
「そうだね。環境は場所によって変わるから、高度な魔法や複雑な魔法陣を作るなら考慮にしないほうがおすすめだよ。例えば火山地帯でのみ使える魔法みたいに特化させるのも面白そうだと思わない?」
「すごく面白そう!!」
「じゃあ、各属性の生活魔法をファイアのレベルまで昇華させるのが今日の宿題にしようかな」
「頑張って作ってみるよ!!」
アリサが楽しそうに言う。
「じゃあこれが参考書ね」
ティルが自分の世界にいた時の知識を、この世界の言語に翻訳した分厚い本を渡す。
「三五ページに改良に使えそうなのが載ってるから、参考にするといいよ」
「わかった!!」
「よし! 少し休憩にしようか」
一◯分間の休憩を取る。
その間、アリサは早速、参考書に目を通していた。
その目はキラキラと輝いていた。
新しいことを覚えるのが楽しいみたいだ。
休憩時間が終わると魔力制御の練習を始める。
「じゃあ、魔力制御と操作の練習を始めようか。これをできるようになれば、魔力消費を抑えたり運用効率が上がるから頑張ろー」
「魔力量も増える?」
「多少は増えるけど、何回も魔力を使い切るほうが効率いいから、ラストにやるよ」
「はーい」
「目を瞑って、意識を体の内に集中させて」
「うん」
「今から私がアリサの魔力を制御するから、感覚で覚えてね。これは私が実際にいつもやってる制御方法だから効果は保証するよ」
ティルがアリサの背中に手を当てる。
「じゃあ、始めるね」
「お願いしまーす」
「最初は、少しだけ痛むよ」
そう言うとティルがアリサの魔力制御を始める。
制御を始めるとアリサが痛みで少しだけ顔を歪めた。
しかし、少しすると痛みがなくなった。
アリサは、体中の魔力の指向性が統一されて、体中を流れる感覚を覚える。
今までの制御方法との違いに驚いていた。
(これがお姉ちゃんのやり方。いつもは、暴走しないようにするだけだったのに、こうすると意識しなくても暴走しないのがわかる)
革新的な感覚に気持ちよさすら覚えていた。
「じゃあ、やってみて」
そう言うとティルが手を離す。
「うん! こうかな?」
何となくさっき感じたように、感覚任せに制御を始める。
(もっと流れを統一しないと)
アリサの集中力が上がり、呼吸が深くなっていく。
「暴走の心配はしなくていいよ。暴走しそうになったら、お姉ちゃんがしっかり制御してあげる。思い通りにやってみて」
その言葉を聞いて、アリサがほっとしていた。
アリサがいつもは魔力暴走しないように抑えていた枷を外して、魔力に指向性をもたせることに集中する。
抑制がなくなったことで、魔力が暴れるのを感じた。
完全ではないにしろ、魔力暴走が始まって体中に痛みが走る。
それでもアリサはやめなかった。
(お姉ちゃんが制御に入らないってことは、まだやれるってことだよね)
ティルを信頼して行けるところまで、行こうとする。
そしてやっと魔力に指向性を持たせて、血のように体中に循環させることができた。
「いいよ、その調子。そこから暴れる魔力を抑え込んで」
「うん」
だんだんと呼吸が早くなり、汗をかき始めた。
暴走する魔力を抑え込むのは簡単だった。
アリサは、いつもの感覚で魔力を抑え込む。
「よし、最後の工程に行ってみようか。そのまま指向性を統一して、一方向に循環するようにイメージして」
「わかった」
ティルに言われた通りのイメージをしたあと、そのイメージ通りに魔力を操作していく。
(あと少し、よし! あとは、体の中を巡るようにっと……。……で、できたー)
ティルがやった時と同じ感覚を覚えた。
これが完成だと、アリサは確信できた。
なぜなら魔力が今まで以上に安定し、自分の意志で自在に動かせたからだ。
「おめでとうアリサ! 完成だよ」
「やったー」
「これを無意識で常駐できるように練習して。そうすれば次の段階に入れる」
「うん! 早く習得するね! 次も楽しみだから」
嬉しそうにはしゃぐアリサを見て、ティルもなんだか嬉しくなってくる。
それからのアリサは、暇さえあればずっと練習していた。
そして三日が過ぎた。
三日間、欠かさずに練習したおかげで、アリサはすぐに魔力制御を習得した。
「完璧に習得したみたいだね」
「完璧!!」
アリサが親指を立てる。
「次は何やるの?」
アリサが早くやりたそうにしていた。
目を輝かせながら、ティルの言葉を待っていた。
「次のやつはもの凄く危ないから、絶対に私がいない時に練習しちゃダメだからね。いい? 絶対だよ!!」
ティルが強く念押しした。
いつにもまして真剣な顔のティルを見て、アリサも次に行うのがかなり危険なものだと悟った。
「わかった。約束するね。お姉ちゃんがいない時は、別の練習をするよ」
「約束だよ。じゃあ始めるけど準備はいい?」
「ばっちこいだよ」
「始めるね。かなり痛いから辛かったら言ってね。我慢する時は、これを強く握るといいよ」
「う、うん。わかった……」
ティルの言葉を聞いて、アリサの覚悟が揺らいだ。
ティルがアリサの背中に手を置くと、アリサが固唾を飲む。
そしてティルが魔力操作を始めた。
「あ、あああぁぁぁぁあああ!!」
アリサが悲鳴をあげた。
こうなることを予測して、ティルはあらかじめ部屋に防音の魔法を使っていた。
(体中が痛いよ!! これがお姉ちゃんが言ってた次の段階。魔力を常に暴走させた状態を保つこと……。普通の人がやることじゃないよ……!! これもお姉ちゃんが常にやってることなんだ)
アリサが痛みで顔を歪ませていた。
耐えるために必死に奥歯を噛みしめる。
痛みで勝手に涙が溢れ出てくる。
頭がどうにかなりそうだと感じた。
嫌な汗が止まらない。
そしてアリサは漏らしたのを感じる。
だが、彼女はそれどころではなかった。
常に押し寄せる痛みを必死に堪えるので精一杯だったからだ。
「お、お姉……ちゃん」
小さく呟くとティルはアリサから手を離す。
すると、痛みがすぐになくなった。
「はぁはぁ……はぁ……」
アリサの息が荒い。
呼吸を整えようと、深呼吸を始めた。
そして涙を拭う。
「どうだった? これが次に取得する技能だよ。慣れれば痛みは感じなくなるからそれまでは耐えて」
「すごく痛かった……。えーと、その、出ちゃった……」
「仕方ないよ。本来は、この年齢でやるものじゃないしね。終わったら、着替えて一緒にお風呂に行こうか」
「早く着替えたいな」
「多分――」
「わかってるの。着替えてもやっちゃいそうだからやめとく……。お姉ちゃん、続きをお願い」
「わかった」
魔力制御の練習を再開した。
そしてそれから二時間が経った。
その頃にはアリサの精神的疲労が限界に達して、床を掃除するティルによりかかっていた。
「お姉ちゃん、ごめんね。お部屋の床を汚しちゃって」
「もーアリサがそんなこと気にしないの。こうやって掃除すればキレイになるでしょ。それにいつもいっってるじゃん。妹のやつなんだから、汚くないよ」
「えへへ。お姉ちゃん大好き」
「ありがとう。私も大好きだよ。……さて、掃除も終わったし、お風呂に行こうか!」
「待ってましたー!!」
アリサの部屋で着替えを済ませると洗い物を持って浴場に向かった。
お互い汗を流して、二人で湯船に浸かって寛いでいた。
「お姉ちゃんは、あんなのを常にやってるの?」
「正確にはあれよりも辛いやつかな。あれでもまだ序の口だよ。私がやってるのはもっとキツイし、リスクが高いからね」
「アリサもできるようになるかな?」
「アリサならできるよ。時間をかけてゆっくり習得していこう。お風呂から出たら実技だよ」
「やったー! 痛くない!!」
アリサが嬉しそうに笑った。
先ほどまでが地獄だったかのように。
こうしてアリサはティルの指導のもと、修行を始めるのだった。
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