第5話 決着
ティルが胸の辺りを押さえながら立ち上がった。
「ゲホッゴホ……。あばら三本かな……」
全身に激痛を覚えながらも表情を変えない。
油断した。……それにしても結構な大物じゃない、あれ? 剣は……やっぱ折れてるかー。
ティルが嬉しそうに心の中で言った。
「君には私が強くなるための糧になってもらおうじゃないか」
それを言うと同時に身体強化魔法を使った。
飛び出そうとした時だった、セキがティルの元に慌てた様子で駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「問題ないよ。それよりもあれが市街に入るのだけは阻止するよ」
「お前は下がれ!」
ティルは、セキが止めると同時に魔物に向かって駆ける。
今は言葉よりも行動、とティルは即座に判断した。
セキがそんなティルを止めようと腕を掴もうとした。
だが、あと少し足りなかった。
セキの手が空を切る。
そしてセキも決意した。
ティルだけに任せず、自分もあの魔物と戦おうと。
ティルが熊と狼を合わせた様な魔物と戦闘を開始した。
戦いながら周囲の兵に指示を出した。
他の魔物を優先して殺して!! こっちは私が持つ! 手が空いた近くの部隊は援護を!!
すぐさまティルは、クマの魔物へと意識を戻す。
一撃もらえば終わり……ワクワクするね。こっちも背水スキルの力で全能力が大幅に上昇してるから、いい勝負ができそう。
まるで恋する乙女の様に魔物を見る。
先に仕掛けたのは、クマの魔物だ。
一気に距離を詰め、下から上に右腕を振る。
ティルは、敵の攻撃にギリギリの所で反応が追いつき、紙一重で回避した。
クマの魔物の爪が眼前をすごい勢いで通る。
避けられたのを認識した瞬間に、クマの魔物が左腕を今度は上から下へと振り下ろした。
これは横跳びで飛び込むように回避した。
「やっぱ身体能力は向こうが上か。動きを追うのも結構ギリギリかも。回復して背水スキルの上昇補正が減ると多分負ける……ってことは、ここからは回復なしの戦い。短期で決めないと体が持たない可能性がある」
今の状況を整理する為に口に出す。
そして次はティルから仕掛ける。
剣を勢いよく振るが、クマの魔物の硬い毛皮に逆に弾かれてしまう。
攻撃を終えると即座にバックステップで、後方に下がって敵の反撃を警戒する。
だが、クマの魔物は何もしてこない。
ほんの数秒が経った。
体感では一分以上が経ったのではないかと思う程、空気が張り詰めていた。
クマの魔物がのしかかる様に四足歩行になった。
ティルは直感した。
これこそがこの魔物の本来の戦い方なのだと。
固唾を飲み込み、意識を更に集中させる。
しかし、それは無駄だった。
瞬きをした瞬間、魔物が目の前に居た。
「!?」
攻撃を喰らう箇所に一点集中の魔力障壁を展開して、かろうじでやり過ごすと自身の目の前で爆発魔法を使って自分自身を後方に吹き飛ばした。
「正直、今のはやばかった。……あの図体でこの速度か……」
ティルは、設置型の魔法を使い始めた。
また対応できない攻撃をされないように対策をする。
さっそく魔物が罠を踏み、爆発が起きる。
魔物が怯んだ瞬間を見逃さず、すかさずティルが攻撃を仕掛ける。
首を狙って剣を振る。
その一撃に渾身の力を込めるが、与えられたのは軽い切り傷程度だった。
そして離脱と同時に魔法で氷の槍を形成して攻撃する。
「あと3分……」
ティルが小さく呟く。
敵の攻撃をくぐり抜けて、再び攻撃した。
今度は斬性強化などの付与付きだ。
「はぁぁぁああああ!!」
身体強化を瞬間的に限界まで行った。
ティルの魔力保護の許容量を超える強化は、自身の肉体に大きなダメージを与える。
体中が軋み、激痛を発するほどだ。
諸刃の一撃は、魔物の右腕を深々と斬り裂いた。
魔物が激痛の声を上げる。
その咆哮は、大気を震わせるほどだった。
「強靭な毛皮を纏ってるから痛みには慣れてないでしょ」
ティルが悪い笑みを浮かべる。
そして敵が怯んだあいだに攻撃を仕掛ける。
左手に魔力剣を形成して、二刀流の手数で削る。
左右の剣から放たれる斬撃は、同じ場所を何度も襲い防御を破る。
ティルの高揚感も絶頂へと上がりきった。
子供の様な純粋な笑みが本人も気づかない間に浮かべていた。
それは敵の攻撃を直撃しようと消えることはない。
むしろ悪化する程だった。
恋する乙女のように頬を赤く染める。
「2分……」
ティルが呟く。
二つの魔法を展開して、氷の槍を魔物に打ち込む。
そして魔物の攻撃を避けながら、魔法と同時に剣で攻撃した。
懐に入っているティルを追い出そうと、魔物が行動に移す。
前脚に力を込め、地面をひしゃげさせるほどの力で飛び起きた。
そしてある程度の所で体が止まり、そのまま胴を地面に叩きつけた。
叩きつけられるより数瞬早く、ティルが離脱する。
魔物の攻撃により石畳は木っ端微塵だ。
ティルが離れたのを確認した瞬間だった。
魔物が尻尾を勢いよく振り、それが直撃した。
「ガァッ!!」
ティルが吐血しながら宙を舞う。
肋を数本持ってかれたか……。
ティルはダメージ分析をしながら空中で体勢を立て直し、身体強化の倍率をさらに上げる。
そして建物の壁を足場にした。
壁に亀裂が入る程の力で跳躍して、魔物の元へと戻っていく。
「はあぁぁぁああ!!」
魔物とのすれ違いざまに一閃。
その攻撃は、硬い毛皮を貫いた。
鮮血が傷口から吹き出し、魔物が苦痛に表情を歪める。
「準備完了」
ティルがニヤリと笑う。
そして魔物の周辺がチカりと光った瞬間、爆発が起きた。
爆発魔法は、周辺の建物を吹き飛ばしていた。
爆煙に紛れてティルが跳躍した。
ティルの左手首から5つの魔力の爪が伸びている。
「これでチェックメイト!」
左腕を持ち上げて薙ぎ払おうとした時、5つの爪が伸びて一点で収束した。
そしてそれを体全体を使って勢いを出して薙ぎ払う。
さらに追撃で袈裟斬りに斬り裂いた。
攻撃を終えると地面に着地した。
それと同時に左腕全体の骨に亀裂が走り、筋肉が断裂して裂傷が無数にでき、そこから血が吹き出る。
「こりゃー左腕をもう使えないな」
だらりと垂れ下がる左腕を見て言った。
「魔力回路がオーバーヒートして、焼き切れかけてる……」
煙が晴れていく。
そこにあったのは、絶命した魔物……ではなかった。
大量の血を垂れ流し、切り傷からは骨や内臓が見えていた。
それでも魔物は、佇んでいた。
殺意の宿った目をティルへと向ける。
それはティルを完全に敵と認めた証でもあった。
「……うそー!? 魔穿爪で仕留められないの!! 流石にもうあれは使えないよ。それに魔法も二回撃てるかどうか……」
ティルが急いで魔力を練る。
さらに急速回復を同時に行う。
それでも十分な量まで回復しなかった。
迷ってる暇はない。
魔物が咆哮と同時に襲いかかってくる。
回避は無理だ。
身体強化にまわす魔力が残っていない。
ティルが咄嗟に剣を構えて、攻撃を受けきった。
しかし、身体強化の魔法を使っていないため、踏ん張りが効かなずに後方へ吹き飛ばされた。
壁に強く叩きつけられて血を吐きす。
「ガハッ!!」
体の状態を確認する暇はない。
もう既に魔物が目の前に居たからだ。
魔物は、攻撃の姿勢に入っている。
その時だ。
一か八か、ティルが魔物の懐に飛び込み、傷口に剣を刺す。
魔物が苦悶の声を上げる。
体を大きく揺さぶり、ティルを振り払おうとしていた。
「大人しくしッろ!!」
必死に食らいつくが、剣が抜けてしまった。
「きゃッ!?」
可愛い悲鳴と共に地面に転がったティル。
直感的にすぐに回避運動を取る。
それは正解だった。
先ほどまでいた場所に魔物の腕が振り下ろされていた。
石畳が容赦なく砕け散っている。
なんとか活路がないかと周囲を見渡す。
その時、セキが視界に入る。
「ふふ、これだ」
そう言うと即座に魔物から距離を取って詠唱を始める。
それは足りない魔力を補い、魔法性能を向上させるために。
「天地を穿つは、迸る瞬閃の雷――付与ライトニング・フレール!! 激情の刃に宿るは、揺らぎなき陽光――サーピネス!」
ティルがセキの剣に付与を施す。
効果は雷撃追加と雷撃強化、そして火属性追加と斬性強化である。
「私に詠唱を使わせたことは、褒めてあげる」
余裕の顔で言う。
魔物が距離を詰めてくれば、即座にティルが距離を取る。
そしていきなり剣に付与を施されたセキは戸惑いながらも、ティルの視線に気が付き、その意図を汲んだ。
(俺が決めろってことか……。お前が無理な相手を俺が……泣き言を言うな!! ティルが俺に賭けたんだ! ここでやらなきゃ男が廃る!!!)
セキが息を潜めて好機を狙う。
ティルが誘導するのを、屋根上からじっくりと。
少しづつ生傷増えていくティルを見て、セキは責任感に押し潰されそうになっていた。
そして焦燥感に駆られる心を理性で押し伏せる。
ここで決める!
ティルが一気に前に出る。
身体強化がない状態だ。
敵からは止まって見えていた。
魔物が大振りの攻撃をした瞬間に、ティルが残ってる魔力を使って一秒間の身体強化を行った。
瞬間的に移動速度が上昇し、魔物の対応が一瞬遅れた。
前に付けた傷跡に剣を突き刺す。
そしてエグるように捻じる。
「ガァァァアアア!!」
魔物が痛みで叫ぶ。
その隙を好機と見て、セキが魔物に飛びかかった。
そしてティルが付けた大きな傷跡に剣を突き刺す。
再び苦痛の声を上げて魔物が暴れる。
ティルの身体能力強化が切れて、彼女はそれに対象できなかった。
その結果、モロにいいものをもらい、吹き飛ばされて近くの建物に叩き付けられた。
意識が一瞬飛んだ。
だが、すぐに復帰した。
「セキ!! 魔力を解放して!!!」
ティルが全力で叫ぶ。
「どうやればいいんだ!! 俺は魔導士じゃない!」
「私の魔法に身を委ねて! 魔法が教えてくれる!!」
「身を委ねる……? どうすればいいだ……」
セキはとりあえず意識を剣に集中させた。
すると魔力の流れを感じた。
どうすればいいのか、その全てを直感で悟る。
魔力の流れに力を合わせるようにする。
「もうどうとにでもなれぇぇーー!! おーりゃぁぁぁあああ!!」
凄まじい雷撃が剣から放たれる。
絶叫しながら魔物がセキを振り落とそうとした。
セキは必死に剣を突き立て、振り落とされないように抗う。
それの光景をティルは眺めていた。
この魔法は生体電流を感知して、発生源まで神経を伝う。つまり脳を焼き切る魔法なのだよ。さあ、何分耐えれるかな? 脳を焼かれる痛みと体の自由が効かなくなる恐怖、存分に味わいたまえ。あれがいくら強くても、ジャイアントキリングを前提に作った魔法には勝てないだろう?
ほとんどの生物は、脳を焼かれれば死に至る。
その性質を利用し、格上狩りを前提にティルが制作したオリジナルの魔法。
その効果はすぐに現れた。
一〇秒で魔物が痙攣を始めた。
それでも攻撃の手は緩まない。
だが、三〇秒経過すると倒れ、白目を向いている。
それから五秒もしない内に絶命した。
「死んだ……のか?」
セキが恐る恐る魔物を剣でつつく。
反応がないことを確認して安堵の息を吐く。
そして慌ててティルの元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫か? って大丈夫じゃないよな」
「まーね。あばらが半分くらい折れてるかな、これは。それより戦線に復帰して。私はここで魔力を回復させるから」
「お前を置いて行けるわけねーだろ!!」
「街に魔物を入れないことを最優先して! これは命令だよ。貴族としてのね」
「……わかった……」
セキが不服そうに前線に戻る。
彼は気づいていた。
これはセキに負い目を感じさせないようにしたことを。
大義名分ができたからこそ、行かざるを得なくなったことも。
「ありゃりゃ。最後の一本もお釈迦になっちゃったか~」
折れた剣を見て、ティルが溜め息を吐く。
そうこうしているとリティが、避難誘導を終えて合流する。
ボロボロのティルを見て、リティが目を丸くして驚いていた。
「ティル様! どうしてこんな怪我を!! 衛生兵早く!!」
「あっはは。ちょっと苦戦しちゃって……」
ティルが倒した魔物に視線を送る。
「こ、これは災害級の……」
「これを街に入れるわけには行かなかった。避難が終わらないと死人が出る」
「一人でなんて無茶を!」
「大丈夫。セキにも協力してもらったから。何とか最小限の被害で食い止めたよ」
「そういう問題では――」
「今の戦況は――」
ティルがリティの言葉を遮って戦況を報告した。
「ここの指揮は、リティに任せる。私は回復に務めるよ。魔力もスッカラカンだしね」
「わかりました。言いたい事は山ほどありますが、部下を救っていただき、ありがとうございます! 現場は、私が引き継ぐのでお休みください」
「よろしくね。それと私に兵を割かなくていいよ。魔力が回復したら自分で回復魔法使うから」
「なら、せめてポーションは使ってくださいよ」
リティが部下に指示して回復ポーションと魔力回復ポーションをティルに渡した。
「行くぞ!」
リティが指示を出した瞬間、赤の信号弾が上がった。
赤色の信号弾は、対処不可を意味する。
「「赤の信号弾!!」」
ティルとリティの声が重なった。
ティルがリティに視線を送る。
「わかっています。第二、第三小隊は、救援に迎え! それ以外は私に着いてこい!」
部隊を分けた後、リティが前線部隊と合流した。
その後はティルに変わり、全体の指揮を行う。
「ふぅぅう。とりあえずこれで、何とかなりそうかな」
ティルは目の前に置かれたポーションを半分飲み切った。
そして魔力がある程度回復したら、後方から魔法で援護を行う。
もちろん、低位の魔力消費が少ない魔法でだ。
討ち漏らしが出そうなところを重点的に攻撃する。
リティが一瞬、後ろを向く。
互いに視線が交差するとティルが頷いた。
それで互いの意見が伝わったようだ。
それからしばらくして、体が動くようになると負傷兵が落とした剣を拾って、ティルも前線に合流した。
「ティル様!」
「大丈夫。身の程は弁えるよ」
「雑魚はお願いします」
「任された」
ティルが合流したことで兵の指揮も上がった。
だが、それから数分のことだ。
クマの魔物を打ち損じたのは。
追撃部隊を出せるほど余裕がなく、信号弾で別働隊に合図を出す。
それから少しして事態が悪化した。
よりによってクマの魔物がティルの屋敷に向かい、何かが破壊され、土煙が上がる。
一瞬、ティルは無視しようとしたが、索敵魔法で知ってる人物が二人引っかかり、顔色が変わった。
「リティ!」
ティルの焦った声音と表情でリティはすぐに事態を悟った。
「行ってください! ここは我々で引き受けます」
「お願い!!」
ティルが身体強化を使用して、全速力で屋敷に向かう。
お願い無事でいて!!
その頃、屋敷では忘れ物をしたと勝手に避難所から抜け出したティルの妹であるアリサがいた。
その後を追うようにソフィーも一緒にいる。
「早く避難所に戻るよ」
「お人形さんも一緒じゃないと嫌!」
「お人形さんも自分で避難するから大丈夫よ。ほら、早く逃げないと」
「一緒がいいの!」
駄々をこねるアリサにソフィーが困っていた。
遠くから微かに聞こえる戦闘音を聞いて、ソフィーは焦っていた。
いつここも戦場になるか分からないからだ。
もし戦場になれば、その中を逃げる自信がなかった。
だからこそ、やむを得ないと結論を出す。
「お人形さんを取って、早く逃げるよ」
「うん!!」
アリサが笑顔で頷いた。
ソフィーは、すぐにアリサを抱き上げて部屋に向かう。
部屋に着くとアリサは、お気に入りの人形を取りに行った。
そして目的を果たすと二人は屋敷の玄関口に向かう。
「外が安全か確認してくるからここで待っててね」
ソフィーがそう言って外に出て行った。
夕暮れ時の屋敷。
普段は騒がしいのに、不気味なほど静まり返っていた。
そして淡い陽光が不気味さをより濃いものとする。
アリサは、次第に一人でいるのが怖くなる。
今にも泣き出しそうなほどだ。
ソフィーの言いつけを破り、外へ出ていく。
「ソフィー姉……お姉ちゃん……」
か細い声で二人を呼ぶ。
だが、返事は返ってこない。
屋敷の敷地内を歩き始める。
歩いていれば、普段のように二人が笑いかけてくれると思って。
それから少しして事件は起きた。
クマの魔物が外壁とフェンスを破壊して現れた。
アリサは、外壁が破壊された瞬間、土煙が目に入らないように咄嗟に目を瞑った。
「きゃぁぁああ!!」
そしてアリサが咄嗟に瞑った目を開けると、クマの魔物が目の前で立っていた。
幼いながらも彼女は、死を悟った。
死についてあまり知らないアリサだったが、本能はそれを知っていた。
咄嗟に逃げようとしても恐怖で足が動かない。
パンツの中に温かいものが広がっていく。
そして地面に水溜まりを作る。
声が出ない。
どれほど助けを望んでも、恐怖で声が出なかった。
呼吸をしていいのかさえ、今の彼女には分からない。
「…………!!!!?」
心から助けを求める。
(助けて!! お姉ちゃん!!!)
振り上げられた腕を見て、終わりを悟った。
咄嗟に目を瞑り、無駄だとわかっていても腕を前に出して防御態勢を取る。
その時だ。
腕が振り下ろされた瞬間、アリサとクマの魔物の間に一人の少女が割り込んだのは。
そして少女は、アリサを庇うのだった。
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