第3話 旧友との再会
ティルは、日課の剣の稽古を終えて街に来ていた。
いつも通り、模擬戦の結果はボロ負けだ。
魔法と剣技を合わせた一撃必殺は、流石に模擬戦で使うわけにもいかないし、何より今の体だと耐えられない。
全てを魔法に依存するティルにとって、一から何かをやるのは新鮮だった。
そんな気持ちに浸りながら、街を気分のままにぶらついていた。
「はぁー。今日も大変だったよ~」
ため息混じりに独り言を呟く。
まだ手が痺れているように感じる。
どうすれば更に上達するのか考えながら歩いていると、屋台の中年の女性に声を掛けられる。
「ティル様、一本どうだい?」
炭で焼くことで、香ばしい匂いが辺りに漂っていた。
稽古を終えた彼女の体はそれを素直に欲しがっている。
その証拠に今にも涎が垂れそうにしていた。
「いいの?」
「いいの、いいの。子供が遠慮なんかするもんじゃないわよ。うちのバカ息子といつも遊んでくれてるお礼も兼ねてね」
「やったね。じゃあ、タレ多めで!」
「はいよ。ちょっと待ってね」
ティルの嬉しそうな声に、中年の女性が満足げに串焼きを作り始める。
一度焼いた肉をタレに漬けて、そしてそのタレを炙るように焼き、さらにタレに漬けてティルに手渡した。
おまけがもう一本ついてくる。
「ほら持ってきな」
「ありがとう、おばさん」
「喜んでもらえて何よりよ。また、妹ちゃんを連れて一緒においで」
「うん。またねー」
元気よく去っていくティルを見て、若いっていいね~、と思う屋台のおばさんなのであった。
それからもしばらく市場をぶらついていると、様々な人から声を掛けられた。
「ティル様ー!」
「大声出してどうしたの?」
「前に教えていただいた肥料を使ったら、こんなにいい野菜が採れたんです!! ぜひ持ってて下さい!」
「ありがとう。ママ達も喜ぶよ」
いくつかの野菜が入った籠を農夫から受け取った。
それからも色々な人からお礼の品などを貰い、持ちきれなくなってしまう。
そして家に帰る頃には、時間もいい感じになっていた。
「ただいま~」
「お帰りなさいティル」
出迎えたのは、専属メイドのソフィアだった。
ソフィアは、ティルの手荷物を見て少しだけ苦笑いを浮かべた。
「これはまた、たくさん貰ってきたね」
「食べきれるかな?」
「みんなで食べれば大丈夫よ。早速、お昼から使いましょうか」
「やっぱ新鮮な内に食べるのが一番美味しいよね」
ティルが昼食を楽しみにしながら、食堂へ向かった。
当然だが、まだ昼食の準備が整っていない。
その間に窓の外を見ながら暇つぶしに、体中に魔力を高速で循環させて魔力回路を鍛えていた。
そして魔力を常に圧縮と膨張を繰り返す状態にすることで魔力の量を大幅に増やしていた。
その負荷を更に高めることで、体が爆散しないようについでに鍛える。
体の内に意識を向けて、瞑想するようにしているとあっという間に時間が過ぎて昼食の準備が出来ていた。
昼食は、ティルが貰ってきた食材がふんだんに使われており、どれも新鮮で美味しそうな料理が並んでいた。
「この料理の野菜って、さっき貰ったものなんだよ」
「いつも新鮮な物を貰っちゃって、なんだか申し訳わないわ」
「それだけママもパパもみんなに感謝されてるってことだよ」
「そう言われると、お仕事を頑張ってるかいがあるわね」
嬉しそうにミカエラが言う。
すると、アレスがまた自慢話を始めた。
そして家族で昼食を楽しく食べて、街でのことや稽古のことなど話題に尽きることはなかった。
楽しい昼食が済むとティアは、こっそり屋敷を抜け出していつもの森に来ていた。
少し開けた場所でティルは一人で稽古に勤しむ。
木に打ち込みを何回も数えるのが大変になるくらい行う。
「同じ所に当て続けるのって、こんなに大変なんだ。いつも魔法で補ってたから気づかなかった。……英雄と呼ばれた人ってやっぱり凄かったんだな~」
ティルがかつて戦った強者たちを思い出して感服していた。
それからも手の豆が潰れて、血が滲もうと愚直に日が暮れるまで鍛錬に励んでいた。
「今日はこれくらいにしようかな」
血塗れの手を見て、ティルが苦笑いを浮かべる。
「……あ! そうだった。あれを試さないと」
そう言うとティルが異空間収納から、漆黒の魔剣を取り出した。
「バルムンクを握るのも久しぶり~」
軽くバルムンクに魔力を流した瞬間、魔剣がティルを拒んだ。
そして眩い光を発した。
「!? これは……!! 魔力全部と寿命を数年から十数年持ってかれちゃったか~」
何が起きたのかは、すぐに察した。
光が収まると誰かに声を掛けられた。
「久しぶりね、ソロモン。最後に会った時より、随分可愛くなったわね」
「その……声は!? もしかしてクリーム?」
「あら、親友の声を忘れちゃったのかしら? それとも長く生きすぎて、耄碌しちゃったの?」
そこにはドレスアーマーを見に纏った明るいブラウン色の長髪をたなびかせた少女がいた。
胸がそこそこ大きく、髪はふわっとした感じだ。
「生クリーム、ほんとに久しぶりだね」
「せめてカスタードクリームの方がいいわ」
そのやり取りに互いが笑った。
「あはは。このやり取りも随分久しぶりだね」
「懐かしいわね。王族のわたしに、こんなこと言うのは貴方くらいよ」
重そうに持っている魔剣を少女が地面に突き刺した。
「……もしかしてバルムンクに、魔力と寿命を持ってかれた原因って――」
「わたしの肉体を再構築して復活するため。愛しの旦那は、復活出来なかったみたいだけど」
「勘弁してよ。これくらいならまだしも、ジークまでやられたら私ミイラになっちゃうよ~」
「材料があればできますの?」
「世界最高峰の魔導士を舐めないでよね。復活の方法は三つあるよ」
ティルが指を三本立てる。
「一つは今回みたいに魔力と寿命を消費する方法ね。それ以外は分からないわ」
「二つ目は、他人の肉体に魂を憑依させて復活させる方法」
「それは却下。愛しのジークをどこの馬の骨とも知らないオスに憑依なんて御免こうむるわ」
「オスって……せめて雄って言お」
ティルが苦笑いを浮かべた。
「今回と同じ方法……無理そうね」
「諦めてくれて助かるよ。……そして三つ目は材料を集めてそれを触媒にして復活させる方法」
「材料は?」
「ジークなら古龍の血と鱗は必須ね。あとは、こっちで揃えられるかな。最悪足りない分は、寿命とかで補えばいいか……。そういえばアンモニアはどうするの? 人のは嫌でしょ」
「それはわたしが用意するわ。ま、なるべくは使いたくないけど……」
「了解。その辺は使わなくてもいいように、時間がある時に調節してみる」
「お願いね」
二人は焚き火を囲みながら、さらに話に花を咲かせる。
「それにしても愛らしくなりましたわね」
「でしょ~」
ティルが立ち上がって、その場でくるりと回ってお辞儀した。
「ほんとに可愛いよ。それにおねしょとか両方お漏らししてる姿も年相応で可愛かったわよ」
「な!? ちょちょちょ! まさか見てたの!?」
ティルの顔が一気に赤く染まる。
「ええ。霊体だとやることがなかったもの。おかげで厄災と呼ばれたあなたの可愛い所が見れて嬉しい」
「いーやー! 忘れて! お願いだから忘れて!! 昔と体の勝手が違って仕方ないでしょ!?」
ティルが耳まで真っ赤に染めながら言う。
まるで子供が言い訳を言う様だった。
そんな親友の姿を見て、少女がクスクスと笑う。
「親友の可愛い姿が見れてわたしは満足よ」
「もー、忘れてって言ってるじゃん」
ティルがふくれっ面で言う。
その姿が可愛くて、少女は満足そうな顔をする。
「いいもの見れたし、わたしは材料を集めに行くわね。あと、これは返してもらうわ」
少女がそう言って去ろうとした時だ。
ティルが真剣な声音で、声を掛けたのわ。
「待って、クリームヒルト」
「どうしたの?」
クリームヒルトと呼ばれた少女が、振り返る。
そしてティルの目を見て驚いていた。
「あなた、その目……」
ティルの左目には、第八の厄災の紋章が。
そして右目には、第八の獣の紋章が刻まれていた。
「私、第八の厄災になったの。厄災の名は”人”。そして私の背負う原罪は”剪定”。かつて自分の世界を滅ぼし、未来を剪定した罪。それが第八の原罪の名前と意味」
「そう……。……あなた厄災になったのね。しかも罪の獣にまで……」
クリームヒルトは、複雑な心境だった。
親友にとっては、最強の証だ。
だが、厄災は人類が乗り越えなくてはならないものであり、罪の獣は人類が贖わなればならないもの。
親友が死の運命の上に立っているからこそ、純粋に喜べない。
そうならないことを祈るしかない。
とうのティルは、クリームヒルトの気持ちなんてお構い無しだ。
「もし私が自我を喰われたら、親友であるあなたが私を殺して」
「……世界最高峰の魔導士がそんなにやわだなんて思わなかったわ」
クリームヒルトが悲しい気持ちを押し殺して、平静に振る舞う。
「それを言われると耳が痛いな~」
「また近いうちに会いましょ」
「うん! これは私からの再会の餞別。持ってって」
クリームヒルトが指輪を受け取る。
「これは?」
「通信の魔法とステータスの魔法にメッセージを送る魔法、そして互いの位置を公開する事が出来る魔法が込めてある。もし何かあったら連絡して」
「たまには気が利くじゃない」
「一言余計だよ!」
「じゃあね。また会いに来るわ」
クリームヒルトは、それだけを言い残して去っていく。
「まったく~、クリームも変わらないな~昔と」
彼女の背中を見て、懐かしい思いを抱きながらティルも帰宅するのだった。