第39話 冒険者になる
ルイトの門に着くと通行許可を待つ行商人が列を成しており、二時間ほど待ってやっとティル達の番がやって来る。
そこで通行料を払おうとティルがポケットに手を入れて、財布を出すふりをして指輪の異空間収納を起動してお金を取り出そうとした時、メメルが二人の分の通行料を支払った
「え!? いいの? 意外と高いのに」
「いいってこれくらい。女の子の前でくらいかっこつけさせておくれよ。それに道中で魔物からも守ってもらったから、そのお礼の意味も込めてね」
「ありがと」
「また会ったら何か買ってくれよな」
街の中でメメルと別れるとティル達は宿と冒険者ギルドを探しながら街の散策を始める。
子供だけで歩いていることもあり、二人は人さらいへの警戒をしながら街の雰囲気を楽しんでいた。
屋台のおばちゃんから冒険者ギルドの場所を聞くと、二人はギルドを目指して歩き出して目的地の手前で路地裏に入った。
「姉々、どうしたの?」
「女の子だけだと舐められて面倒ごとがこれからも増えそうだから、街では姿を変えることにする」
そう言うとティルが指を鳴らして魔法を使った。
その効果はDNAの塩基配列を書き換えて、性別と見た目を変えるというものだった。
魔力に包まれて肉体の再構築が行われる。
次第に魔力が霧散していき、そこには少年の姿になったティルがいた。
体からは女性の特徴がなくなり、代わりに男性の特徴が表れている。
生物学上でも男として認められる体になっていた。
「どう? 元の姿を知らないと俺だって気づかないだろ」
「……」
髪色と目の色以外の特徴がほとんど残っていないティルの姿を見て、フィリスの思考が停止した。
少しするとフィリスの代わりにアルビオンが口を開いた。
「性別変わるとかありなの?」
「ありでしょ。みんなやってるよ」
「へ~人間って性別が変更できるんだ」
『できないよ! 姉々が特別なだけ』
フィリスが珍しく感情的に突っ込みを入れた。
ティルは、アルビオンの急な反応に小首を傾げたが特に木にする様子はなかった。
「さて、これで女だけよりは多少マシになっただろ」
「ま、ボクらの見た目は子供だけどね」
「それは仕方ない。流石にそこまでの余力は今の俺にはないな」
「口調も完璧じゃん」
二人はギルドを目指して歩き始めた。
「それにしても男って新鮮。ずっと女だったから正直飽きてきてたんだよな~。たまには性別も変えてみるのも悪くない」
「それできるの、姉々くらいだよ」
フィリスが何処か呆れたような視線をティルに向けるのだった。
ギルドに着くと、早速扉を開けて中に入って行く。
二人には案の定と言うべきか、好奇な視線が向けられた。
そんなことは気にせずに受付まで歩いて行く。
「ようこそ、冒険者ギルドルイト支部へ」
「二人分、登録をしたいんだけど、ここであってるか?」
「はい、間違いありません。ですが、見たところお二人はまだ子供のようですが……」
「年齢制限があるのか? 確か、ないって聞いたけど」
「あ、いえ、申し訳ありません。冒険者になっても子供ですと生存率が低く、推奨していないのです」
「登録を頼む」
「わかりました。こちらの用紙に記入をお願いします」
受付嬢が二人分の紙を出して差し出した。
用意された羽ペンでティルが名前などの情報を入力していく。
フィリスは、文字を書くことができずティルが内容を読み上げて代筆して記入する。
「これでいいか?」
「はい、大丈夫です。ですがソロモンさんはえーとその……」
ティルの性別の違いに受付嬢が困っていた。
「あーなるほど」
ティルがカバンからフード付きのローブを出して、それを被ると魔法を解除して肉体を女性の体に再構築した。
「これでいい? たたでさえ子供だけなのに二人とも女の子だと色々面倒だから」
「幻影の魔法ですか!? その歳で使えるなんて凄いですね。……ンン、確認が取れました。もう大丈夫です。カードの発行を行うので少々お待ち下さい」
受付嬢が裏方に行くのを見届けて、ティルは男の姿に戻ってからフードを脱いだ。
問題なく登録が終わって二人は安堵の息を吐くと雑談をしながら受付嬢が戻ってくるのを待つ。
しばらくすると二枚の冒険者カードを持って受付嬢が戻ってきた。
「お待たせしました。こちらがお二人の冒険者カードとなります。知っているとは思いますが、冒険者カードは身分証明書としても使えるのでうまく使ってくださいね」
受付嬢からカードを受け取った。
「依頼を受ける時はあそこからここに持ってくればいいんですか?」
「もしくはこちらで斡旋することもできるので気軽に声を掛けてください。では、またのお越しをお待ちしております」
「わかりました。ありがとうございます」
ティルことソロモンが受付嬢に礼を言うと、フィリスに視線を向けた。
「まだ時間があるし、簡単な奴でも受けてみるか?」
「うん。試しに受けてみたい」
「わかった」
そのやり取りを聞いていた受付嬢が簡単な依頼を用意して、ティル達を待っていた。
「聞いての通りだ。なにか簡単な依頼はないか? 討伐系があれば嬉しいんだが――」
「そうですね。それでしたらこちらのフリークエストはどうでしょう? 違約金が発生しないので他の依頼と並行して進められますよ」
受付嬢がティルに常設依頼が書かれた紙を二枚差し出した。
依頼内容は、ホルンラビットと薬草の採取だった。
「ウサギと薬草か。どうする?」
「うん、わたしはそれでいいよ」
「わかった。――じゃあそれで頼む」
「かしこまりました」
受付嬢が慣れた手つきで依頼の手続きを進めていき、ティルとフィリスの二人が早速冒険者カードを提示して依頼の受注が終わった。
「よし! 早速行くか」
「はい」
フィリスが頷くと、早速二人はギルドを後にして近くの森に向かった。
森に到着すると薬草とホルンラビットを探しながら、森の中を歩き回る。
木々の隙間から指す木漏れ日は幻想的な光景を生み出し、見てるだけでも心が和らぐようだった。
湿度と気温も安定しており、過ごすのには快適すぎるくらいだ。
「さて、着いたはいいでけど、薬草どこだ? この辺の地理は全く知らんぞ」
「その姿のままなんだね……」
フィリスは人目がなくなったらティルが少女の姿に戻ると思っていた。
その予想が外れて心の声が漏れてしまう。
「いや〜新鮮過ぎてハマってしまった。筋力とかは変わらないけど、性別が違うだけでこんなにも見える世界が違うんだな」
「……アルビオンがどれくらいの間、女の子で居たのか聞いてる」
「転生前を含めると万年単位だな。世界を壊してからは時間がわからなくなったからもっとかも知れん」
「でも姉々は子供みたいだよ」
「ははは、それは仕方ない。仲間を失ってから俺の中の時は止まり、全てがあの頃で停滞しているからな。仲間の死を受け止められず、成長を止めて真理を探求した結果だ。仲間が蘇らない限り、俺は前へと進めないだろう。そういう弱い人間だ俺は——」
「じゃあ、わたしも同じ」
「フィリス、お前は違う。お前は自分の後悔を受け入れる努力をしている。まだ一歩を踏み出せていないが、前を見て歩もうとしている強い人間だ。停滞を選ばないだけ、俺とは大違いだ。だからこそ、その力の使い方は自分が正しいと思ったことに使え。それがどんな結末になってもフィリスなら前に進める」
ティルがフィリスに優しく笑いかけながら、彼女の頭をそっと撫でた。
「っと、そんなことを話してたら目当ての雑草もとい薬草があったぞ」
ティルが木の根元に自生した数本の薬草を見つけた。
「試しにフィリスが取ってみろ」
「うん」
フィリスが手を近づけた瞬間、薬草が枯れてしまった。
「やっぱり魔力が少ない存在と魔力がない存在は殺しちまうみたいだな。ま、それだけの力だ。むしろある程度の魔力持ちは殺さなくなるまで制御できるようになっただけ成長の証だな」
「可愛い動物に触りたい……」
「ドラゴンとかなら触れぞ」
「可愛くない。どっちかというとかっこいいだよ」
フィリスの力を限界まで抑えることはできたが、小動物の様な魔力が弱かったり、持たない存在に触れてしまうと殺してしまう程度の力は残っていた。
強大すぎる力が故に人間では抑えるのに限界があり、そのためティルが試行錯誤を重ねて、制御できる方法を模索中なのである。
そんな事情から採取はティルが全て行い、その間、フィリスは薬草の捜索と魔物の警戒を行って役割分担をして効率的に依頼を進めていく。
「――フィリス」
「うん、わかってる」
ティルが薬草を取る手を止めて、腰に下げた剣に手を置くと、フィリスも身の丈以上の大きさの大鎌を召喚する様に取り出した。
「ゴブリンが五匹か」
ティルが先制攻撃を仕掛けて、ゴブリンの首を刎ねて一匹仕留めた。
虚を突かれたゴブリンが驚きながらも即座に迎撃を行う。
フィリスがゴブリン二匹の攻撃を回避すると流れるような動きで大鎌を振って近くのゴブリンを真っ二つに両断して見せた。
そして鎌に付いた血を払うように鎌を振って、鎌が背中側に来る様な構えを取る。
「ナイスキルだ!」
ティルが攻撃を回避しながらフィリスの成り行きを見ており、ゴブリンを躊躇せずに殺したのを見届けるとフィリスに迷いがないことに安堵して目の前のゴブリンに集中する。
ゴブリンの攻撃をギリギリまで引き付けると、紙一重で回避して敵の心臓を貫いた。
そして剣を引き抜くと鮮血が飛び散り、返り血を浴びながら二匹目に狙いを移す。
腿のベルトに付けた投げナイフを二本掴むとノーモーションで投げつけて、敵の意識が逸れた瞬間にティルは一気に距離を詰めてゴブリンを袈裟斬りにする。
同じ頃、フィリスも鎌でゴブリンの首を刎ね飛ばしていた。
「これで全部か」
「みたいです。証明部位の剥ぎ取りを忘れないようにしないと」
「ちゃっちゃかやっちまうか」
ティルが手慣れた手つきでゴブリンの耳を剥ぎ取り用のナイフで削ぎ落す。
返り血が飛んでも表情一つ変えることはない。
剥ぎ取った物は小さな皮袋に入れ、町で買ったガーゼの様な物に包まれた防臭剤を袋に入れた。
「あとどれくらいだ?」
「薬草はあと三束だけど、ホルンラビットはこれからです」
フィリスが依頼書を広げて内容を確認した。
「すぐ達成できそうだな」
依頼達成の為に残りのホルンラビットと薬草を探して森の中を彷徨うのだった
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