第37話 龍と少女の戦い方
あれから現実では三〇分、魂の領域では五日が経過していた。
ティルは最初に基礎的な魔力操作をフィリスに教え、その次に力の指向性や目指すべき形を示した。
そして現在、ティルとアルビオンの補助を受けて、フィリスが力を行使していた。
「で、できた」
フィリスの表情はあまり変わらないが、その声音はどこか嬉しそうなだった。
彼女の掌の上には一匹の紫色の蝶が止まっていた。
その蝶は触れた物の命を容赦なく吸い上げて殺す力を有し、吸い上げた命はフィリスの命と魔力に変換する能力があった。
もし吸い上げることが出来なかった場合でも命を刈り取る力が発動する。
「それが一つ目の力の形。宙を舞う胡蝶とフィリスの力の体現、その意味を込めて私はその蝶に”死蝶”の名を送る」
「安直すぎない?」
「こういうのはかっこよく安直の方がいいの」
「死蝶……うん、気に入った」
フィリスが蝶を見ながら、小さく頷いた。
「ね」
「解せぬ」
ティルは胸を張り、アルビオンは納得できないと表情に出ていた。
「それで次はどうする?」
「魔法をって言いたいところだけど、制御した力をより正確に制御できるようにするために、武器を使ってもらう。魔法はその次の段階だよ」
「なんで武器なの?」
「内に秘める気を感じてそれを活かすため。武の達人じゃないから偉そうなことは言えないけど、力を感じるにはちょうどいいかも、と剣を使い始めて思ったからじゃダメ? 魔力を操作しながら武器を振るうことで、まずは体に属性魔力を馴染ませることで、より自分の魔力を感じやすくする。ま、瞑想で済む人もいるからその辺はやりながら調整ってことで」
「いいと思う。ボクは人のやり方はわからないけど、強かった敵はみんな自分を知ってるように感じたからね。フィリスはどう思う?」
「わ、わたしは……二人の指示に従う。まだ、どうすればいいかわからない」
「わかった。新しい試みも兼ねて武器を振って、馴染ませてみようか。好きなのを選んで」
ティルが何も無いところから様々な武器を顕現させた。
この武器は魂の領域でのみ使うことができる実体を持たない練習用の武器だ。
フィリスはその中から様々な武器を手にとって振るう。
剣や魔導弓、魔導銃など様々な物を使って、しっくり来るものを探した。
「これにする」
そう言ってフィリスが鎌を選んだ。
軽く降ったりすると体に馴染むのか、まるで蝶が舞うように振るう。
「いいものを見つけたみたいだね。魂の領域だと自分が思った理想の動きができるから、ついでに練習するといいよ」
「頑張ってみる」
フィリスは自分がイメージする完璧な自分を再現するために、鎌を振り始めて練習を行う。
その間にティルがアルビオンを呼んだ。
「アルビオンちょっといい? 渡したい物がある」
「なになに?」
「これあげる。昔に作ったんだけど、全盛期の私でも魔力出力が足りなくて結局使い物ならなくなっちゃったから。魔力量が無限に等しくても、流石に常時境界の龍並みの出力は厳しかったみたい……。火力とロマンと私たちの技術の粋を注ぎ込んだ最高傑作にして欠陥品! アルビオンなら使いこなせるはずだよ。境界の龍とまでは行かないけど、こっちの世界でその使命を真っ当するのに役立つはず」
(この領域でなら私の異空間収納に接続できるはず……)
ティルは少し不安を覚えながらも異空間収納の魔法を使うと、その不安は杞憂に終わり、接続することに成功した。
そして大型の装備を取り出す。
それは龍を模して作られた黒と赤で彩られた兵器だった。
「これこそが対境界決戦兵器拡張魔導外骨格センチネル・ドラグニル」
「これはまたすごいものを……。人はこんな物を作ることができるんだ。まるで機械神や鍛冶神が作ったみたい! 着けてみてもいい?」
アルビオンが目を輝かせながら言う。
「いいよ。粒子換装による装着を前提にしてたけど、実体化してる時ならセンチネルに触れて魔力を流し込むだけで装着できる」
「わかった」
アルビオンが膨大な量の魔力を注ぎ込むとセンチネルが粒子化して、瞬時に装着された。
龍を模した翼に尻尾、そして腕と足があり、その姿は龍そのものと言ってもいい。
「確かにこれは人が使えるものじゃないね。それでこの兵器の武装は?」
「右腕には超高出力のマテリアルマナブレードの機能を持つ、魔導飽和砲を一門採用してる。これは長射程と超々高火力の魔導狙撃により一撃で敵を消し飛ばす事ができて、ブレードとして使用すれば、オリハルコンすら容易く蒸発させる超出力の物理魔力剣になる。そして左腕には対多数を想定した八連装魔導飽和砲を採用した。これは右の武装の様に一撃で都市を蒸発させる攻撃はできないけど、それに匹敵する攻撃を連射することで敵を瞬時に撃破して包囲を一点突破できるようにしてある。もちろん連装モードからブレードモードに切り替える事もできて、切り替えると銃身が変形して三本のマナブレードもしくはそれを収束させた剣を使える一品だよ。さらに飛翔から一秒以内に音を超えることができ、航行強襲形態に移行すると備え付けた魔導推進装置により超高速で飛行ができて、両腕の武装にも付いてる反動抑制様に備え付けた物がメインのスラスターとなって速度上昇に貢献するの!! さらにさらに左の連装砲には着脱可能なシールドも付属させてるから、ガード性能も高いよ! そして側頭部の龍角には魔力阻害と物理激減の効果があるから、並の魔法と物理攻撃は無効化できる。他にもサブアームを着けてあるけど、長くなるからこれは説明を端折るね。そして最後の目玉がこの武装の炉心で、起動時に生活魔法程度の魔力を注ぐだけで無限の魔力供給を得ることができるの。これを作るのにものすごく苦労したんだから」
ティルが目を輝かせてものすごい早口で説明し、アルビオンもその全てを食い入るように聞いていた。
ロマンの一言に二人は魅了されていたのだ。
そしてティルは当時のことを思い出して感傷に引っ立ていると、アルビオンがティルに話しかけた。
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
「存分に使ってよね。データも取れるから私としては積極的に使ってほしいくらいだよ」
「はは、善処する」
「え~」
「強力すぎるから普段使いはできないよ。雑魚に使ってたら地形やら環境がおかしくなりそうだから」
環境や地形への配慮を一切しないティルとは真逆で、アルビオンはしっかりとその辺を考慮して世界への影響を気にしていた。
世界を守る側と目的のためには手段を問わない側との価値観の違いが浮き彫りになった瞬間だった。
それからしばらくしてフィリスが、鎌の使い方に慣れてきて踊るように振り回していた。
「慣れてきたみたいだね」
「うん」
「じゃあ、始めようか。まず魔力を武器に満遍なく流し込んだら、その魔力を体に戻って循環するイメージで流し込んでみて」
「わかった」
フィリスが目を閉じて魔力を操作する。
禍々しい魔力が循環していくのを直で感じ、それが自分の力の一端だとフィリスが理解した。
「いいよ、その調子。次にその状態を維持したまま鎌を振るってみて。維持できなくなったらやり直しね」
「はい」
ティルに従ってフィリスが魔力制御の練習を行うが、なかなかコツが掴めずに悪戦苦闘していた。
こればかりは、感覚の世界なのでティルがどうこう言うことができなかった。
彼女が慣れるまでティルはアルビオンと戦ってみることにした。
「ねえ、アルビオン。剣の修業相手になってくれない? 今の私が境界の龍相手にどこまで通用するかやってみたい」
「いいよ。でも、魔法を使わなくていいの? ここなら体の制限を受けないはずだよ」
「魔法を使ったら意味ないよ。現実じゃ、魔法はあまり使えないし」
「なるほど。じゃあ、始めようか」
そう言うとアルビオンが盾剣を作り出して、飛びかかってきた。
盾から剣が伸びている武器を両腕に装備し、盾には境界の龍アルビオンの紋章が刻まれていた。
(速い!!)
ティルが即座に剣を抜いて応戦した。
子供の様な小柄の体躯からは考えられない程の力があり、ティルは剣を交えた瞬間にすぐに受け流しを選択した。
(危なかった。受け流してなかったら剣を折られてたか、吹き飛ばされてた)
改めて境界の龍の強さを認識する。
可愛らしい見た目に気を取られるとその力ですり潰されてしまう。
「さすが、境界の龍は伊達じゃない」
「力任せだと思った? 人型になっても、その状態での戦闘ができるように最適化されたみたい」
「境界の力、ズルすぎない!?」
アルビオンが達人レベルの動きでティルを追い詰めていく。
必死に喰らいつくが、技量が離れすぎていて全ての技をいなされてしまう。
「これならどう!!」
ティルが剣に魔力を流し込むと、剣同士を擦り合わせて炎を纏わせた。
「使わせてもらうよ。本家よりは威力と手数が落ちるけど!! ——炎熱爆炎陣!」
二刀流による炎を纏った剣舞でアルビオンを攻撃する。
しかし、アルビオンは的確にティルの剣戟を捌いていく。
最後の大振りを余裕で受け止めると、ティルの剣を弾いてできた隙に強力な攻撃を叩き込んでティルを両断した。
「負けたー」
ティルが悔しそうな声を上げると、即座に体が元に戻った。
魂の領域では、魂を砕かれない限り攻撃を受けても死ぬことはない。
その性質を利用して二人は実戦形式で戦闘を行っていた。
「強くて速いは反則!!」
「魔法戦ならボクに勝てるんじゃない?」
「現実で使えないので勝ってもなんか悔しいからやだ」
「負けず嫌いだね~」
「その顔ムカつく!」
アルビオンが必死にティルを煽ると簡単にティルは挑発に乗ってしまった。
それから何回もアルビオンと模擬戦を行うが、ダメージを与えることはできても勝つことはできなかった。
そして魂の領域内で数時間が経過した。
境界の加護を持つフィリスは直ぐに魔力の流れを最適化させて、最高の水準で循環させることができるようになった。
「あいかわらずぶっ飛んだ加護……私が習得するのに一二四年かかったのに……」
フィリスの成長速度を見て、ティルが悔しそうな表情を浮かべていた。
「ま、しゃーないか。切り替えて行こう」
ティルが自分に言い聞かせるように言った。
「フィリス、そろそろ最終段階へ行ってみようか」
「最終段階?」
「そう、魔法の習得だよ。これをマスターすれば魔法を通して、自分の存在をより深く理解し、その力を制御できるようになる……はず……」
最後の言葉をティルが聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
「具体的にどうやるの?」
アルビオンがティルに尋ねる。
「簡単だよ。この領域にいる間なら私の知識の一部をフィリスに流し込むことができるから勉強段階を省いて運用段階に移行して実戦形式で魔法を使ってもらう」
「なら、ティルが持つ魔法の理、その権能も使うってことでいいの?」
「その認識で構わないよ。習得速度を上げて時短を目指す。人里に行くにしてもこの状態だと危ないからね。それに個人的な事情で早く情報が集まる場所に行きたいから」
「そっか。なら魔法に関すること以外はボクも手伝うよ。細かいことは”魔法の神”である君に頼むよ。人の勝手はよくわからない」
「わかった。じゃあ始めるとしようか」
そう言うと元最強の二人によってフィリスの強化修行が始まった。
ティルが魔力の細かい運用方法と使い方を教え、アルビオンがそこに龍の力を加えた使い方を教えた。
感覚派二人による言語化されてない教え方にフィリスは頭痛を覚えながら必死に修行を行った。
また、誰かと触れ合うことができるようになることを夢見て。
そして使い方が身に沁み始めると、ティルが知識の一部継承を行って魔法の使い方や作り方などを教え込んだ。
そして現実世界で六時間、魂の領域で数ヶ月が経過した。
「さて、私が当初から考えてた大技をやってみようか」
「大技?」
フィリスが小首を傾げた。
「奥の手、必殺技と言ってもいい。フィリスには死を司る力と境界の力があるから、その二つを使ってアルビオンを”龍”の姿でこっちの世界に顕現させる」
「そんなことができるの?」
アルビオンが疑問を口にした。
「例外を除いて普通は境界の龍の召喚は不可能。だけど、今回はその例外の一つに該当する」
「もしかしてボクがフィリスの中に居て、この体が境界の龍になってるからか!」
「正解! おそらく本来の姿として現界することは、世界が許さない。だけど、世界が境界の龍に制限を掛けた姿……そうだなここでは制限封印体と呼ぶか。その制限封印体としてなら現界できる」
「そうか! フィリスの鎌に万物を殺す死の概念とボクの境界の権能の一つ、境界を切り裂く力を乗せることで次元を切り開いてボクの魂を呼び出せるのか!」
「ふふん! わかってるね~。それにより私なしでも自分の身を守ることができるし、人格を入れ替える必要がなくなる」
「でも、殺しはしたくない」
「わかってる。これは殺すための力じゃない。フィリスが自分自身と大切な物を守る力。力なき者は淘汰される。だから、力を付けて理不尽からフィリスが大切に思ったものを守ればいい。要は使い方だよ。聖剣だって使い手によっては殺すだけの魔剣に成り替わるのと同じ理屈さ」
「守るための力……わかったやってみる」
フィリスが鎌を構えるとティルが力の使い方と制御方法を教えながら指示を出す。
それに従ってフィリスは鎌を振るうが、何度も失敗に終わる。
理論通りにならないことを疑問に思いティルが悩んでいると、アルビオンを見てその原因を思いついた。
「そうか! そういうことか! アルビオン、一旦この領域から退去してフィリスの中に戻れる?」
「できるよ」
そういうとアルビオンが姿を消した。
それから再びフィリスが鎌を大きく振るった。
少ししても何も起きないから失敗かと思った二人だったが、宙にあった次元の裂け目から龍の手が出てきて次元の裂け目を力ずくで無理矢理こじ開ける様にして一匹の黒龍が姿を現した。
「や、やった!」
「成功みたいだね」
フィリスが小さくガッツポーズをしてティルが嬉しそうに頷いていた。
「アルビオン、その状態でブレスは吐ける?」
体の一部を次元の裂け目から出しているアルビオンにティルが質問をすると黒龍が行動でその答えを示した。
アルビオンが息を吸い込むと極大火力のブレスが放たれた。
そして爪を振るったりと可能な範囲の攻撃を披露した。
「出てこれる?」
アルビオンが頷くと次元の裂け目から問題なく出てきて、ブレスや一部の攻撃をして体を慣らす。
『問題ない。多少違和感はあるけど、昔みたいに戦える』
「念話なのは声帯が無いから?」
「癖で使ってた。龍の姿での会話はいつも念話だったから」
アルビオンが威厳がある声で話す。
『見た目も随分と違うけど、境界の力もちゃんと機能している』
「ならよかった」
結局の龍の姿での会話は念話で落ち着いたのだった。
そしてティルの指示であれこれ試してわかったことがあった。
それは一部攻撃はアルビオンとフィリスが動きを併せる方が攻撃力などの性能が上昇するということだった。
「よし、検証のために横なぎで攻撃して」
「わかりました」
『了解』
フィリスが鎌に魔力を流して薙ぎ払うのに合わせてアルビオンも前脚で薙ぎ払う。
境界の力と死属性の力が合わさって空間を引き裂くほどの威力が出た。
「すごい火力! じゃあ、アルビオンは次元の狭間から切り裂いてみて。威力に違いがあるか試してみる」
『わかったよー』
アルビオンが次元を切り裂いて元の場所に戻り、フィリスが再びアルビオンを顕現させた。
「そのままさっきと同じ攻撃をお願い」
フィリスが先程同様に鎌を両手で持って、引き裂くように横に薙ぐとアルビオンがそれに合わせて薙ぎ払いを行った。
「威力は多少上がるけど、誤差の範囲だね」
『なら、ボクも試したいことがある』
そういうとアルビオンが次元の裂け目から出てくると、翼を羽ばたかせて飛び上がり、自身の力を解放した。
膨大な魔力と龍気エネルギー、そして宿主であるフィリスの死属性の魔力が解き放たれて、周囲を吹き飛ばして破壊するほどの力を示した。
「こ、これはかっこいい必殺技だ!! 使い勝手悪そうだけど」
「街だと絶対に使えないね」
ティルとフィリスが感想を言った。
『なるほど……使ってわかったことがあるんだけど、フィリスが刈り取った命に比例して威力が変動するみたい』
「なるほど。命を消費することで力が増す力か……非好戦的なフィリスとは相性が悪い」
『詳しくはこれから詰めていこう』
こうして話し合いや戦闘スタイルの確認を経て、アルビオンが次元の裂け目から半身を出して、ブレスや物理攻撃、魔法などの援護を行いつつ、フィリスが独立して攻撃を行い、隙を見てアルビオンと同じ攻撃を行って敵に大きなダメージを与えるというスタイルで落ち着いたのだった。
そうしてそれからも修業は行われティルが領域内の時間を加速させ、アルビオンがその加速に成長加速を上乗せしたことで、フィリスが化け物の様な速度で能力が成長していったのだった
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