第36話 魂の領域
フィリスがティルの魂の世界に誘われた。
ティルはこれを見たフィリスが少しでも自分を卑下するのを止めることを祈って魂の領域に彼女を招いたのだ。
化け物と呼ばれるのは、名誉であると同時に力を嫌う者にとって汚名のようなものであり、フィリスが後者の人間であることは、会話してすぐに気がついていた。
「ようこそ、私の魂の内側へ」
「ここが魂の世界……」
フィリスが物珍しそうに辺りを見渡した。
上下左右が星空であり、地面や床という物が存在しなかった。
何もない場所に三人が立っていた。
その浮遊感は、これまでに味わったことのない感覚をフィリスに与えたのだった。
「まさか、人の力でこの領域に干渉する存在がいるとは思わなかったよ」
アルビオンがティルのレベルの高さに感心する。
人間が魂に干渉するなどできるはずもないと思っていたからだ。
アルビオンにとって上位存在の特権に手を掛けた技術は目を見張る物があった。
「アルビオンも来たんだ」
「これだけ雑に引き込まれれば、嫌でも巻き込まれるよ。技術は高いのに大雑把すぎない?」
「それだけは龍に言われたくないね。雑にブレスを吐くだけで、広範囲を殲滅してるじゃん」
「それを言われると、龍種としては耳が痛い。それで、ここに呼んだのはこんなことを話すためじゃないでしょ」
「まあね。二人とも着いてきて」
アルビオンとフィリスが顔を合わせると、ティルの後ろを追った。
景色が変わらず、進んでいる気がしないのは精神的にキツイものがあるとフィルスはこの時初めて知る。
フィリスが幻想的な光景をその目に焼き付けながら進んでいると、ティルが突然立ち止まった。
「着いたよ。ここが目的の場所」
「キレイ」
眼前に広がる眩く光輝く水晶のような超巨大な物体は見たものを虜にした。
「こ、これが人がすることなの!? あり得ない、あり得ないよ。だってこんなに残酷なことを人ができるわけ——」
アルビオンが気づいてしまった。
水晶の下に天に届くのではないかという程の量の屍の山に。
そしてその言葉には、魔導の神髄たる水晶のような塊に対しての言葉でもあった。
「君は一体どれほどの量の同胞を殺したというの」
「どういうこと? アルビオン教えて」
フィリスが無垢の瞳をアルビオンに向けた。
「見ないほうがいいよ」
ティルがフィリスに忠告した。
しかし、その警告を聞かないことはティルもわかっていた。
見られるのが嫌なのではなく。
フィリスの心にどういう影響があるかわからなくて出た言葉だった。
「あの水晶の下にある黒い点のような物が見える?」
「うん。あれがどうしたの?」
「その点一つ一つが死んだ人間だよ。正確にはティルに殺されたと付け加えるべきかな」
「あの点が全部?」
「そう。数なんてもはや数えられない。もし数えるなら最低でも億単位で数える必要がある」
それを聞いた瞬間、フィリスが青ざめて開いた口が塞がらない。
今のフィリスの目には、ティルが悪魔や魔王に見えた。
天に届くほどの屍の山を見て、フィリスは力の暴走による自身の罪がどれほどちっぽけなことなのか思い知る。
罪の意識はあるが、これを前にしてはそんなものは霞んで見えてしまう。
「私と比べればそんなものは罪とすら言えない。これを見てまだ罪悪感を覚えるならしっかり自分と向き合って、殺した人間の分も生きることそれが贖罪になるから」
「でも、それだけだと罰じゃない」
「それは違う。長い時を生きるのは拷問よりも苦痛に満ちてるの。特に人間の精神性は数百、数千年以上を生きることを想定されてないから、長く生きることは地獄でしかない。今のフィリスはアルビオンと同化してるから恐らく数億から無限を生きることになる。だから、それだけで十分な罰になると思うよ。友を、大切な者を作っても、ずっと見送る側になるのは結構堪えるらしいよ」
「……実感が湧かない」
フィリスが想像をしてみたが、いまいちティルの言っていることがわからなかず、小首を傾げる。
「今は、わからなくていいよ。いずれわかる時が来るから。だから、今だけは自由に生きればいい」
ティルがフィリスの頭を優しく撫でると、フィリスの口元が少し和らいだ。
「さて、せっかく魂の領域に来たんだし、力の制御が出来るようにしようか」
「現実世界だとダメなの?」
フィリスが屍の山をチラリと見て、怖いと感じて早く現実に戻りたいと言う思いがその言葉には込められていた。
「出来るけど、ここの方が効率はずっといいよ。何せ力の制限を受けないから、ティルが本来の力を使って指導できる。そうでしょ? 転生者、いや第一種危険指定オブジェクト、登録コード三二五八六、厄災のソロモン」
そう言うとアルビオンがティルに視線を向けた。
「はあ、そこまでお見通しか。世界へのアクセス権限が残ってるのは想定外だよ、ホント」
「ここが魂の領域ってことは生魂の境目、つまりボクたち境界の龍のテリトリーってことはわかってるよね?」
アルビオンがティルに脅しをかける。
世界の免疫機能であり、防衛装置である境界の龍が目の前の侵入者をただで見逃すことはない。
「一つ言っとくとちゃんと転生の許可はもらってるからね」
そう言うとティルが前髪を右手で上げて、額にある紋章をアルビオンに見せた。
すると、それを見たアルビオンから敵意が次第に消えていく。
「罪の刻印か。それがあるならもうボクが出る幕はない。……それはそれとして、フィリスへの指導を頼めるかい?」
「私は別に構わないけど、本人の意思次第だよ。てかさ、今のやり取り必要あった?」
アルビオンが無言で微笑を浮かべた。
それでティルはだいたいのことを悟る。
(『もし世界に敵対すれば境界の力で殲滅する』ってことでしょ。はあ、今の私じゃ勝てないしそんな力も残ってないってのに、ここまで釘を刺してくるなんて、どれだけ警戒されてるのやら……はぁぁ)
ティルが肩を落として溜め息を吐いていると、フィリスがティルの袖を優しく引いた。
「姉々、力の使い方を教えて。わたし、もう誰かを傷つけたくないから」
フィリスの紫紺の瞳には、強い覚悟が宿っていた。
その純粋さに満ちた目を見て断れるほど、ティルも落ちぶれてはいない。
「いいよ。存分に教えてあげる。現実とここは時間の流れが違うからゆっくり感覚を覚えるといい」
そう言うと早速、ティルが力の指導に当たるのだった。
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