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第34話 変貌した少女

 レッドチャップが消し飛んだのに気が付くと、フィリスが呆然として立ち竦んでいた。


『危ないところだったね』


 フィリスの頭の中で鈴のような綺麗な女性の声がして、困惑したフィリスが周囲を見渡して不安そうな声で声の主を呼ぶ。


「だ、だれ?」

『君の目の前にいるじゃない』

「え?」


 フィリスが間抜けな声を漏らして巨龍の死骸に目を向ける。


『そうそう。その醜い屍だよ』


 その声は悲しそうで寂しそうな声だった。

 まるで誇りを無くして屍になったことを後悔しているように感じられた。


「い、生きてるの?」

『当たらずといえども遠からずってやつだよ。この体は不滅なの。たとえ生命活動を終えて死んだとしても生き続ける。だから、我の心臓は朽ちた今なおも鼓動を続けるんだ』

 

 フィリスが腐肉と骨の隙間から見える巨大な心臓を見て驚いた。

 腐ってもなおその鼓動を止めずに、生きようと藻掻いているように感じたからだ。


『この体では、我はもう役目を全うできない。普通なら転生しているはずなのに、ご覧のありさまだ』


 龍骸が皮肉を込めて言う。

 そして龍骸が問う。

 

『汝は生きたいか? 』


 今にも死に絶えそうなフィリスに龍骸が威厳のある声音で言った。


「生き、たい」


 それは心の底から漏れた本音だった。

 しかし、無情にも大量出血と致命傷により、フィリスが倒れて、その瞳から命の気配が消え、体は冷たくなっていく。

 意識が朦朧となっていく中で、フィリスは優しい光を見た。

 動かない体を動かすように、光に手を伸ばした。

 そこで意識が途切れて暗闇に閉ざされたのだった。


 龍骸がそれを見届けると、不滅たる龍の心臓が破裂して、長い銀髪で髪の先端に行くほど黒くなっている髪をした小柄な少女が地面に落ちた。

 その少女の側頭部には長い漆黒の龍角があり、翼と尻尾が生えていて体の所々に龍鱗が残っており、両手両足が龍化していた。

 少女はフィリスの元に近づくと手を伸ばして力を注ぎ込んだ。

 それを合図にする様に巨龍の死骸と腐って腐敗した血肉の海と化した体がフィリスの中に流れ込んでいく。

 そして最後に龍の少女が粒子になって散っていき、フィリスの体の中に吸い込まれていった。


 あれから三日が経ち、フィリスが目を覚ました。


「い、生きてる!?」


 慌てて起き上がるとフィリスは、自身の腹を摩った。

 内蔵が飛び出していないことに安堵の息を吐き、あれは全て夢だったのだと思った。

 しかし現実は無慈悲だった。

 切断された右腕が龍の腕に変貌していたのだ。


「え?」


 理解ができず、硬直していると頭の中で声が響いた。


『目が覚めたみたいだね』

「君は?」

『ボクは朽ちてたドラゴンだよ』


 それを聞くとフィリスが咄嗟に周囲を見渡したが、どこにも龍骸の姿が見当たらなかった。


「もしかして――」


 フィリスが生き返った理由を悟った。


「そのもしかしてだよ。君の死骸を触媒にしてボクの体を取り込んだんだ。だから、その器はボクの体であり、君の体だよ」

「ありがとう。わたしを、フィリスを生き返らせてくれて」

『君の願いを叶えただけ。その代わりにボクが体を必要としたときは、貸してもらうからね』

「うん! この体はわたしたち二人の物だから気にしないで使って」


 互いに了承すると、フィリスは立ち上がって孤児院を目指して歩き始めた。


「そういえば自己紹介がまだだったね。わたしはフィリス、これからよろしく」

『ボクは境界の龍、第七号機万能型広域殲滅支援生物兵器、機体名アルビオン。……長いからアルビオンでいいよ。これからよろしく』


 フィリスはその長い名前に一瞬首を傾げたが、気にせず話を進めた。


「アルビオンはこの体を使わないの?」

『今はいいかな。この体に魂を定着させて、適合する方を優先したいから』

「わかった。使いたいときは言ってね。」

『その時は遠慮しないで使うつもり』


 それから少ししてレッドチャップに襲われた場所に戻ると、落とした持ち物を見つけた。

 フィリスは荒らされた持ち物を漁り、汚れていない大きめの布を見つけた。

 そして破れた服を隠すように体に巻いた。


「これで隠せたかな?」


 フィリスが自分の身体を少し見渡して、ちゃんと隠せているかを確認した。


「うん、大丈夫そう」


 アルビオンの反応がないことに疑問を持つが、気にしないようにして帰路に着いた。

 それからしばらく歩くと孤児院に到着した。

 

「この腕どう説明しよう」


 変貌した自分の腕の説明を考えるが良い案が思いつくことはなかった。

 「うまく誤魔化せたらいいな」と諦めのため息を吐いて覚悟を決めると扉を開けた。

 扉を開けてすぐに見慣れた顔と見慣れた光景が視界に入り、フィリスは安心感を覚える。

 帰ってきたんだ、と改めて実感する。


「ただいま」

「だ、誰だ!! 化け物め! こっちに来るな!」


 エルクが先頭に立って、女の子や年下の子供を守ろうとした。

 それに触発されて、何人かの少年も前に出て他の子を庇う。

 中にはボクシングのような構えを取った子もいた。


「み、みんなどうしたの? わたしだよ!」

「お前みたいな化け物はここには居ない! おい、誰か先生を呼んできてくれ」

「どうしちゃったの!?」


 エルクは、レッドチャップの襲撃を生き延びて一皮むけていた。

 その決意に満ちた力強い瞳がフィリスを睨む。


「わたし! フィリスだよ!!」

 

 フィリスが必死に説得するが聞く耳を持ってもらえなかった。

 当たり前だ。

 変貌した彼女をフィリスとして認識する方が難しかったのだから。


「フィ、フィリスちゃん?」


 一緒に採取に言った少女が話しかけてきた。

 そして近づくのを止めるエルクを無理やり押しのけて、フィリスの元に向かった。

 

「やっぱりフィリスちゃんだ! 無事だったんだね! 見た目が変わってて気づかなかったよ」

「見た目が違う?」

「うん。すごく変わってるもん。ちょっと待ってて手鏡を持ってくるから」


 そう言って少女が手鏡を取りに奥に行ってしまった。

 エルクが警戒を少し緩めてフィリスに近づて行く。


「ほんとにフィリスなのか?」

「うん、そうだよ」

「無事だったんだな。良かった……そしてすまん。魔物かと思って警戒しちまった」

「そんなに姿が変わってるの?」


 近づいて彼女の気配を確認するとエルクが安堵の息を吐いた。


「ああ、ずいぶん見た目が変わってるぞ。正直、一目でフィリスだと気づく方が難しいくらいにはな」


 エルクがフィリスをまじまじと観察した。


「そんなに見られると恥ずかしいよ」

「え、ああ、ごめん」

「お待たせー」


 少女が手鏡を持ってきて、フィリスに手渡した。

 手鏡を受け取ると、フィリスが鏡を覗き込んだ。


「こ、これがわたし?」


 自分の変貌した姿にフィリスが戸惑いを隠せなかった。

 両耳がエルフの様に長くが尖った耳になっていて左の側頭部から龍角が伸び、目が龍眼になっており、髪の色も青から薄い白紫になっていたのだ。

 そして歩いているときは気が付かなかったが、左足が龍の足になっていた。

 変わり果てた自分の姿に唖然としているとアルビオンが話しかけてきた。


『たぶん、ボクの因子が強く出て、フィリスの体がボクよりになったんだ』

「そう、なんだ。うん、びっくりしたけど、生きてるだけいいや」


 フィリスが小さい声でアルビオンと話し、生きていることの方が重要だと言って、自分の姿の変貌はあまり気にしていなかった。


「よかった無事で! みんなでお祝いしないと」


 少女がフィリスの手を握って飛び跳ねて喜んだ瞬間、少女がいきなり倒れた。


「大丈夫!?」

「おい、大丈夫か!?」


 エルクとフィリスが少女を心配して声を荒げた。

 やってきた院長がフィリスに近づいく。


「先生、エミリがいきなり倒れて」

「君は?」

「わたしは――」


 簡単に説明すると院長は少し困惑していたが、無理やり疑問を飲み込んで納得するとエミリを寝室に運んだ。

 フィリスとエルクも一緒に向かったのだった。


「先生、エミリは無事」

「まだわからないわ」


 院長がエミリを看病しようとした時に、エルクがあることに気が付いた。


「なあ先生、エミリのやつ動いてないような気がするけど気のせいか?」


 それを聞くと院長が慌ててエミリの呼吸を見た。


「い、息をしてない!?」

 

 咄嗟に心臓に手を当てるが、何も感じなかった。

 心拍が停止していることに気がつくと、院長がエミリの心臓の位置に優しくそして強い衝撃を与えた。

 心臓マッサージはまだ存在していないが、強い衝撃で息を吹き返した前例が過去に数は少ないが存在し、心拍が停止した者には衝撃を与えると、運がいいと生き返ると知られていた。

 そのためそれを実践したがエミリが生き返ることはなかった。


「そんな……」

「エミリは無事なのか?」


 院長が首を横に振った。


「そん、な」


 フィリスが泣きながら床に崩れ落ちるように座り込んだ。


「せっかく皆とまた過ごせる思ったのに」

「フィリス……」


 この時はまだ誰もその死因に気がつくことはなかった。


「二人ともこのことは黙っていて。先生がみんな話すから……」

「「はい」」

「いい子たちね。さ、フィリスも疲れているから今日はゆっくり休みなさい」


 二人が部屋から出ていくと、院長がエミリの手を握って一人で謝りながら泣いていた。

 彼女はエミリが餓死したのだと考えていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。もっとしっかり食べさせてあげられてたら……」


 後悔に苛まれて一晩中泣き崩れていたのだった。

 

 翌日、簡単な葬儀が行われた。

 参列した子供たちはエミリとの別れを悲しんで涙を流した。

 そしてそれからもしばらくの間、不審死が流行した。

 それは村人も含めてだ。

 フィリスに触れた者全員が例外なく即死していた。

 そして時が立つにつれて、力が成長していって今では近づくだけで生き物を殺してしまうほどだ。

 半年ほど経つ頃には、フィリスは村人たちによって隔離されていた。

 村では即席の牢屋が作られ、子供では簡単に抜け出すことができなかった。

 龍の力を使えば出れると察しっていたが、村人に嫌われたくない一心でフィリスは使わなかった。

 牢の環境は酷く、子供でも抜けられないほどの小さな窓が高い位置に空いており、当然トイレと言えるものない。

 寝床も藁と布一枚だけだ。

 水も桶一杯分しか与えられず、それ以外には何もない部屋だった。

 そして食事も一日に一回、酷い時は数日に一回の時もあった。


「ね、ねえ、レイル」

「近づくな化け物! この悪魔め! お前のせいでアイツらが死んだんだ! 皆死んだんだよ! 次はオレを殺すつもりなのか!?」


 その瞳には殺意と恐怖が入り混じっていた。

 食事を牢の前に置くと、孤児院の仲間であったレイルが侮蔑の目を向けてフィリスに石を投げつけた。


「きゃ!」


 体の一部が龍になったフィリスに取って、もはや石程度では痛みを感じなくなった。

 それでも人の肌の部分は、青痣などが酷く、それは全て村人からの報復の跡だった。


「なんで、なんで……」

『ボクのせいだ。ごめんね』

「ううん。生きたいって望んだのはわたしだからアルビオンは悪くないよ」


 フィリスは選択の後悔と正しさの間で板挟みになっていた。

 そしてかつての仲間に石を投げられ、拒絶されて心が壊れ始めた。

 今回、それはついに限界に来て、フィリスは何かが砕ける音が聞こえた気がした。

 それと同時に彼女の顔からは表情が次第に消えていった。

 微かな感情だけを残して。


「誰か……」


 アルビオン以外に話し相手はおらず、誰かと話したいと思いながらこの日を終えるのだった。

 

 

 さらに時が進み、フィリスの処遇が決まった。

 村人全員の意見が一致して、彼女は忌み子として処刑することが決まった。

 そこには家族や友人を殺された恨みが込められていた。

 そして会議の翌日、エルクが一人でフィリスの元にやってきた。


「無事か? 来るのが遅くなってわりー」

「エ、エルク……」

「鍵を盗むのに時間がかかった。この計画がバレないようにするために、お前には関われなかった。すまない……。こんなに痩せちまって」


 以前より痩せたフィリスの姿を見てエルクが心を痛めた。


「み、見ないで……」


 まだ少し残った周知の感情がその言葉に含まれていた。

 糞尿が混じった臭いが部屋に充満し、いつしか生きる気力が無くなり下着を汚すようになっていた。

 動く気力もなくなり、次第に掃除に来る者もいなくなっていた。

 そんな環境に晒され、フィリスは痩せこけ虚ろな目をしていた。

 

 エルクにそんな自分を見られてフィリスがほんの少し顔を赤くした。


「逃げるぞ。今日の夜、フィリスの処刑が決まった。その準備をしてる今なら逃げられる」

 

「もう、いいよ。もう……」

「いや、俺はお前を逃がす。あの時、俺は何もできなかった。だから今回こそはお前を守りたいんだ。それに生きていれば、必ずお前を受け入れてくれるやつが現れる。だから、死のうとするなよ」


 その目は子供ながらに漢の目をしていた。

 命を賭けた戦士の目だ。

 もし脱獄させたとバレたら命はないと悟っていたが、エルクはあの時の二の舞にはしないと覚悟を持ってここへ来た。


「よし開いた。行くぞ着いてこい」

「う、うん」


 フィリスと一定の距離を置きながらエルク達が歩いていた。

 エルクが外の様子を見て、誰もいないことを確認すると牢屋の建物の扉を開けて、フィリスに合図を出した。

 村人がいるとエルクが上手く注意を逸らして、フィリスの逃げる隙を作った。

 順調に出口に向かっていたが、ついにフィリスが見つかってしまった。

 

「悪魔が逃げたぞ!! こっちだ!!!」


 フィリスを見つけた村人が叫ぶと、フィリスが全力で走り始めた。

 そしてエルクが先行すると村人に言って、フィリスを追う。


「フィリス、俺はここまでだ。上手く逃げ切ってくれ」

「エルクは大丈夫なの?」

「ま、成るようになれだ。俺はせめて追手を減らせるように頑張るとするさ。また、いつか会える日が来たら酒で飲もうぜ。その時はお互い大人だ」


 エルクが満面の笑みで親指を立てた。

 

「あ、ありがとう」


 フィリスがエルクにお礼を言って、森の中に走って行った。

 それからすぐに村人が合流した。


「化け物はどこだ?」

「ごめんなさい。森に入られて、見失った」

「そうか。追跡してくれただけでも良かったぜ。よくやった」

「俺は向こう方面を探しに行く」


 エルクが探しに行く方面に指を指した。


「俺達も着いてく。ここは二手に別れよう」

 

 それから日がくれるまでフィリスは森を走り続けた。

 とにかく森の奥を目指して無我夢中で走った。

 そして一人の少女に勢いよくぶつかるのだった。

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これからもよろしくお願いします。

いつも読んで下さり有難うございます。

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更新は毎週木曜日もしくは土曜日の予定です。

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